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『争奪MISSION ⑵─北の孤島へ潜入─』

 ──翌日 午後十時。


 闇夜の海を、一隻の電動ボートが静かに進んでいた。

 小さなエンジン音は波音に紛れ、ほとんど聞こえない。


 昼間、北海道へ到着した相津たちは、ジョージとレオと合流し、現地で状況を整理していた。


 その後、相津は全員に特殊な携帯用小型ライトを配布した。


「おそらく、GPS付きのカプセルは島内で破壊され、中のチップだけ取り出されているだろう」


 相津はライトを軽く持ち上げた。


「本物を見分けるために、これが重要になる」


「本物のチップにこの光を当てると、『Defense』の文字が浮かび上がる」


「何も出なければ偽物だ」


 全員が小さく頷いた。


 アリスはライトを見つめながら、ヴァルハラの話を思い返していた。


 その時、ボートを操縦していた心春が声を上げた。


「あっ、あっちに同じようなボートがあります!」


 心春が指差した方向を見ると、海の上に黒い影が浮かんでいた。


「ちっ……『カルテル・ネグロ』の連中か……」


 柏木が不機嫌そうに舌打ちする。


「まあ、実行犯は捕まってもGPSは生きていたからな」


「他の連中が辿ってきたんだろう」


 相津は静かに海を見つめた。


「すごい人気ですね!データチップ!」


 心春が素直に感心したように言う。


「いやいや、心春ちゃん。

 人気なチョコチップじゃないんだから……」


 柏木が苦笑した。


「実際、他国から見れば喉から手が出るほど欲しい代物なんだろうさ」


 柏木と相津は、遠くの黒い影を観察していた。


 すると、さっきまで大人しかった翔が突然騒ぎ始めた。


「やっぱり僕は帰る!」


「他にも敵が来てるような危険な場所なんて絶対嫌だ!」


 レオが肩をすくめた。


「ここまで来たんだ。もう諦めな」


「それに外部との通信が遮断されてるんだ」


「翔が島へ入らなきゃ、オペレーターがいなくなるだろ」


「いやだー!」


「そんなの心春ちゃんか柏木さんがやればいいじゃないか!」


 ジタバタ暴れる翔を見て、相津が小さくため息をついた。


「はぁ……ジョージ」


「了解」


 ガシッ。


「ふぎゅっ!?」


 ジョージは迷いなく翔を羽交い締めにした。


「離せぇぇぇぇぇ!!」


 翔の悲鳴は虚しくも波音に消されていった。


 しばらくして島の岩肌へ近づいた時だった。


「……ん?」


 ジョージが目を細めた。


「あそこ見ろ」


 岩場の陰に、一隻のゴムボートが打ち上げられていた。


「おいおい……この絶壁を登って侵入したってことか?」


 柏木が驚きの声を上げる。


「問題はそこじゃない」


 相津は表情を険しくした。


「『カルテル・ネグロ』と『ヴァルハラ』以外にも勢力がいる可能性があるってことだ」


「どれだけいるかも分からない……」


 一瞬、空気が重くなった。


 その時、心春が前方を指差した。


「あっ!あそこ洞窟があります!」


「中に入れそうですよ!」


 洞窟の入口は海面近くにぽっかりと口を開けていた。


 心春は慎重にボートを中へ進めていく。


 洞窟の奥はそのまま島内部へと続く天然の抜け道になっていた。


「ラッキーだな……」


 柏木が呟く。


 一行はボートを停泊させると、ここを仮の拠点とした。


 冷たい風が洞窟の奥から静かに吹き込んでいた。




 ──一方その頃。


 セリーナは島内でひときわ目立つ建物の上層階にいた。


 大きな窓の向こうには、月明かりに照らされた海が広がっている。


「どうしたのですか?セリーナ」


 背後から黒いスーツ姿の日本人男性が声をかけた。


「あら?」


 セリーナは振り返り、微笑む。


「『ヴァルハラ』日本支部の責任者様が、私なんかに何か用かしら?笠井さん」


「ふふふ、心にもないことを」


 笠井と呼ばれた男は笑みを浮かべた。


「ボス直々に雇われたあなたから見れば、私は組織の駒の一人に過ぎませんよ」


 そう言いながらグラスにワインを注ぎ、セリーナへ差し出した。


 セリーナは受け取ると、一口だけ口に含み、窓の外へ目を向けた。


「分かっているとは思うけど、もうネズミが入り込んでいるわよ」


「ええ」


 笠井も自分のグラスにワインを注ぐ。


「ハエは叩き落としましたが、ネズミはしつこいですからね」


「ですが、そのために餌を撒いたのです」


「きっと食いついてくれますよ」


 笠井は自信ありげに笑った。


 セリーナはしばらく黙ったまま海を眺めていた。


「確かにそうね……」


「本物のチップの場所は私たちしか知らない」


「あなたの作戦は、かなり完成度が高いわ」


 笠井の口元が少しだけ緩む。


 だが次の瞬間、セリーナは静かに続けた。


「でもね──」


「人って"完璧"と思った瞬間から、足元を見なくなるものよ」


 セリーナは笠井へ視線を向けた。


「用心の積み重ねが、結果として"完璧"になる」


「だから常に疑いなさい」


「誰も信用してはいけないわ」


 静かな声だった。

 だが、その言葉は妙に重かった。


 セリーナは残ったワインを飲み干し、グラスを机へ置く。


「それじゃあ私は失礼するわ」


「おやすみなさい」


 ヒールの音を響かせながら部屋を出ていく。

 扉が閉まると、笠井は鼻で笑った。


「ふん……"魔女"め」


 窓の外では、月明かりに照らされた波が静かに揺れていた。


 まるで嵐の前の静けさのように──。

 


 

  ──孤島の洞窟内。


 心春はボートを停泊させると、腕時計に目を向けた。

 時刻は午後十一時を回っていた。


「よし!固定できたぞ!」


 ジョージが岩肌へロープを巻き付け、ボートをしっかりと固定した。


「心春ちゃん、お疲れさん」


 柏木は労いの言葉をかけると荷物を手に取り、洞窟の地面へ上陸した。


 他のメンバーたちも次々と後に続く。


 その中で相津は、アリスへ小声で声をかけた。


「アリス、“アレ”は持ってきているか?」


「一応持ってきてはいるけど……まだ一度も実戦で試したことはないわよ」


「テストは十分しただろ。

 もしかしたら必要になるかもしれない……」


 相津はそう言うと、そのままボートを降りていった。


 各々が背伸びをしたり、水分を取ったりして束の間の休憩をしていると、相津が全員へ向き直った。


「みんな聞いてくれ」


 空気が一瞬で引き締まる。


「ここを一時的な拠点として行動を開始する」


「まずは情報収集とチップの回収だ。潜入は俺、アリス、レオの三人で行く」


「「了解」」


 アリスとレオは立ち上がると、肩や首を回しながら軽く体をほぐした。


「残る四人はここでバックアップを頼む」


「この洞窟内も島内だから通信は使える。

 翔、お前を中心にオペレーターを任せる」


「了解……」


 翔はノートパソコンを抱えて頷いた。


「ジョージ、お前は護衛役だ。

 万が一敵に見つかった場合は、拠点を捨ててでもみんなを守れ」


「おう、任せろ!」


「柏木。おそらく今回は一筋縄じゃいかない。

 長期戦になる可能性もあるだろう」


「四人でローテーションを組んでくれ。

 一人がオペレーター、一人が休憩、残り二人が海側と陸側の見張りだ」


「全員、コンディションを落とさないように頼む」


 柏木はニッと笑うと、相津の肩を叩いた。


「任せろ」


 相津は最後に心春へ目を向けた。


「心春」


「はい!」


「みんなを元気づけてやってくれ」


「……それはお前にしかできないことだ」


 一瞬だけ、心春は目を丸くした。

 そして次の瞬間、顔いっぱいに笑顔を浮かべた。


「はい!おまかせください!」


 その明るい声に、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。




 ──翌日 午前五時。


 相津は五階のオフィスフロアにある窓際へ立ち、差し込む朝日を静かに眺めていた。


 深夜のうちに、相津、アリス、レオの三人は島内でひときわ目立つ建物へ潜入していた。


 予想通り、ここが敵本拠地だった。


 七階建ての巨大な建物。

 断崖絶壁のきわに建設されているため見晴らしは良く、明るいうちは外部から近付けば一目で見つかってしまう。


 三人は別行動を取り、それぞれ情報収集を進めていた。


 潜入してからしばらくすると、建物の構造はおおよそ把握できた。


 一階はメインホール、受付、応接室、休憩室などがある共有フロア。


 二階から五階はオフィス兼研究施設。


 六階には個室が多数並び、最上階にはおそらく責任者クラスが使うであろう広い部屋が存在していた。


「屋上にはヘリポートまであるのか……」


 相津は図面から目を離すと、インカムを耳へ装着した。


「こちら相津。先ほど送った情報に追加だ」


「屋上にヘリポートがある」


 小声で伝えると、柏木がすぐに応答した。


〈了解。翔が起きたら伝えておくよ〉


「交代中か。

 ああ、頼む。今はゆっくり寝かせてやれ」


 相津は窓の外へ目を向けた。


「柏木、それとここに来るまで何人か別勢力の連中を確認した」


〈どうして分かったんだ?〉


「《アイズ》だ」


「変装用のカツラやフェイスマスクを使っていれば、《アイズ》なら簡単に識別できる」


〈便利な能力だな……〉


「しばらく俺がそいつらをマークしてみる」


〈アリスたちにも共有するか?〉


「そうだな──」


 その瞬間。


 ブツッと通信へ強引に別の声が割り込んできた。

 それはレオからの強制通話だった。


〈こちらレオ〉


〈『カルテル・ネグロ』の連中がチップを盗み出したが、敵に見つかってしまった〉


〈外に出るまで様子を見るつもりだったが、先に捕まえられるわけにはいかない〉


〈私が介入してチップを奪ってくる〉


 プツッ。


〈おい、待てレオ!レオ!〉


 柏木が呼びかけるが返事はない。

 おそらくインカムを外したのだろう。


 相津は小さくため息をついた。


「柏木、レオは何階にいる?」


〈確か……二階だ〉


 相津は少し考えたあと、冷静に言った。


「レオが奪えたにしろ、失敗したにしろ、必ず結果報告は入るはずだ」


「通信が来たら、一度拠点へ戻るよう伝えてくれ」


〈お前は?〉


「俺は別勢力の動きを追う」


 そう言うと相津は通信を切り、インカムを耳から外した。


 そして静かに部屋を後にした──。



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