『争奪MISSION ⑴─騙し騙され盗み合い─』
──郊外・防衛省関連施設。
深夜の施設は、監視灯だけが淡く点滅していた。
白衣を着た男が一人、端末の前でキーボードを叩く。
カタカタカタカタ……タン。
『ロック解除コードを認証しました』
機械音声が無機質に響いた。
男は小さく息を吐き、端末から小型のデータチップを取り出す。
「これで完了だ……」
次の瞬間、彼は慎重にポケットから野球ボール大の耐衝撃カプセルを取り出した。
チップを中に収めると、施設の外へ出ていった。
──施設外。
「うまくいったか?」
暗がりに立つ男が声をかけた。
白衣の男はカプセルを見せる。
「ああ。暗号化データチップはここにある」
「耐衝撃カプセルだ。よほどのことがない限り壊れはしない」
男は満足そうに頷き、それを受け取った。
「ふふ……よくやった。ボスも喜ぶだろう」
カプセルをポケットに収めると、男は背を向けた。
その瞬間だった。
──ドンッ。
「きゃっ」
女がぶつかった。
銀髪。
夜の街灯に照らされ、異様なほど目を引く容姿だった。
男は一瞬苛立ちかけたが──すぐにその顔を見て表情を変える。
「……悪い、大丈夫か?」
銀髪の女はふらつきながら立ち上がる。
「すみません……少し飲み過ぎてしまって……」
「夜風に当たっていたんです」
男は女の全身を眺め、口元を緩めた。
「そりゃ危ねぇな。
こんな時間にフラついてたら襲われるぞ」
女は申し訳なさそうに笑いながら、男の服に触れた。
「あっ……私のせいで、汚してしまいましたね」
距離が近い。
息が触れるほどの距離。
男は完全に鼻の下が伸びていた。
「気にすんなよ、送ってやろうか?車あるぜ」
女は少し首を振り、指先で高層マンションを示した。
「あそこに住んでいるので、大丈夫です」
ふわりと笑い、そのまま歩き去る。
「おい」
白衣の男が鋭く睨む。
「わかってるよ。ちょっとした冗談だろ」
男はポケットに手を入れ──
「……は?」
ポケットは空だった。
「ない……?どこだ……?」
白衣の男の顔が強張る。
「まさか……さっきの女か?」
その頃。
離れたビルの屋上。
銀髪の女は、電話を耳に当てながら小さく笑っていた。
「うふふ……ほんと、馬鹿ばっかり」
〈どうした、セリーナ〉
通信の向こうから声がする。
「何でもないわ。予定通りよ」
女──セリーナは、指先でカプセルを軽く弾いた。中のチップが微かに揺れる。
〈チップは確保したか〉
「ええ。でもカプセルは厄介ね、私じゃ開けられないわ」
〈GPSは?〉
「当然付いてるでしょうね」
セリーナはカプセルを夜空に向けて見上げる。
〈なら予定変更だ。北の孤島へ向かえ〉
〈ここのアジトなら通信は遮断できる。
島の外には何も漏れない〉
〈ついでに、ハエのように群がってきた連中もまとめて処理できる〉
セリーナは微笑む。
「……面倒な場所ね」
〈君なら問題ないだろう、“白銀の魔女”〉
〈もちろん、報酬は上乗せさせてもらうよ〉
セリーナは軽く笑いながら、電話を切る。
カプセルを手の中で転がしながら、セリーナは静かに呟いた。
「うふふ……楽しみね」
夜風が銀髪を揺らす。
その表情は、美しさと同時に、どこか“危険そのもの”だった。
──九月下旬 【Zero】オフィス。
ようやく暑さも少しおさまってきた頃。
柏木は慌ただしく、電話をしていた。
「ええ……はい、承知致しました。
これから伺います」
隣で聞いていた相津は新聞を机において問いかけた。
「なんかあったのか?」
「ああ……昨夜、防衛省の施設から軍事機密情報が入ったデータチップが盗まれたらしい……」
「これから詳しい話を聞きにいってくる」
「相津、すまねぇが、みんなを集めといてくれ」
そう言い残し、柏木は本庁舎へと向かった。
──二日後 【Zero】オフィス。
相津と柏木は作戦指令室へきていた。
柏木が長官から正式に依頼を受けたあと、みんなに内容を説明した。
防衛省からデータチップを盗み出したのは『カルテル・ネグロ』という南米系犯罪シンジケートと繋がりがある組織だった。
防衛省は即座に実行犯を捕まえたが、そいつらも何者かにチップを盗まれたらしい。
尋問の結果、チップを保管している耐衝撃カプセルにはGPSが付いていて、これで居場所は特定できるため、ジョージとレオを向かわせた。
しかし、昨夜、北海道にある海上で突如、GPSの反応が消えたのだった──。
「どうだ、翔?場所は分かりそうか?」
相津がモニターを見ながら翔に尋ねた。
「うん……なんとかなりそう」
翔の指が高速でキーボードを叩いていく。
「ただいま戻りました」
アリスと心春が作戦指令室に入ってきた。
「とりあえず、北海道行きの準備は出来たわよ。そっちはどう?」
アリスが椅子に座るとモニターを見た。
「ああ、こっちもあと少しだ。
翔が頑張ってくれたおかげだな」
柏木はそう言って、翔を労った。
「生意気小僧もたまにはやるじゃん!」
「うるさい!もっとこの僕を敬って──」
いつものやり取りが始まりそうだったので相津が翔の口を手でふさいで顔を戻した。
「──特定できたよ」
タンッ
翔はキーボードを叩くと大きなモニターに映像を移して説明した。
「この孤島がGPS反応が消えた最終地点。
おそらく敵のアジトだと思う……」
「完全に海に囲まれた孤島か……。
空か海から行くしかねーな」
柏木がモニターを見て呟いた。
「空からの侵入は難しいと思うよ」
「基本、森になっていて、着陸できるところは開発された敵の建物周りしかない」
「敵地のど真ん中に着陸するようなものだよ」
翔はモニターを切り替えると続けて説明した。
「あと厄介なのが、これ。
この島全体が完全に電波を遮断しているんだ」
「おそらく、通信妨害装置を設置している」
翔がそう言うと心春が不思議そうに言った。
「ふぇ?じゃあ敵さんもお互いに連絡が取れないじゃないですか……?」
「……少し複雑で、あくまでも島内と島外を遮断しているだけなんだよ」
心春が首を傾げると翔が説明した。
「お互いに島の中なら通信が可能なのさ。
また少しでも島の外に出れば、外部との通信もできる」
「簡単に言うと、島を取り囲む"電波妨害バリア"みたいなものが発動しているんだよ」
(さすが翔くん、最後はとてもゲームっぽい)
心春が納得すると相津が質問した。
「相手の正体は分かりそうか?」
翔は孤島に一際目立つ高い建物を映した。
建物の外壁には何かマークが付いていた。
「ごめん、北欧系の組織ということは分かったんだけど、特定までは出来なかった……」
「そうか──」
相津が言いかけたところにアリスが口を挟んだ。
「ヴァルハラ……」
「このマークは北欧系軍事企業連合『ヴァルハラ』よ」
みんながアリスを見た。
「なんで知っているんだ?」
柏木が問いかけるとアリスが答えた。
「昔、泥棒の仕事で、ここの依頼を受けたことがあるのよ───」
──北海道の海上 ジョージ&レオ組。
「はぁ……なんで私がこんな筋肉ダルマと二人で小舟にいなきゃいけないんだ……」
レオは深いため息をついた。
「うるせー!俺だってお前みたいなナンパ野郎と二人は御免だ!」
ジョージは双眼鏡で島の方を見張っていた。
海の上は静かだった。
波の音と小舟のエンジン音だけが響いている。
「……ん?」
ジョージが眉をひそめた。
「おい、なんかボートが島に近づいてるぞ」
その言葉にレオも双眼鏡を覗いた。
「あー……なんかいるね」
一隻の小型ボートが何も警戒する様子もなく、まっすぐ島へ向かっていた。
「なんだありゃ?」
「知らないけど、あんな正面から行っちゃって……」
レオが呆れたように肩をすくめた。
「あれは駄目だね……」
次の瞬間だった。
ボォォォン!!
島の付近で激しい爆発が起こり、小型ボートが火を噴きながら粉々に吹き飛んだ。
「うわぁ……」
ジョージが思わず顔をしかめる。
「えげつねぇ……」
「当然だろ」
レオは双眼鏡を下ろした。
「電波が使えないからって、侵入対策まで甘いわけじゃない」
「これだけ見通しのいい海だ。
正面から近付けば見つかるに決まってる」
「闇夜に乗じるか、別ルートを探すしかないね」
ブゥゥゥ。
その時、レオのスマホが震えた。
「もしもーし」
〈こちらの準備もだいたい整った〉
電話の相手は相津だった。
〈情報もある程度集まった。
明日、俺たちも全員で北海道へ向かう〉
すると電話の向こうから翔の叫び声が聞こえてきた。
〈いやだぁー!!何で僕まで敵地に行かなきゃいけないんだよー!!僕は絶対ここにいるー!!〉
「……なんか翔の断末魔みたいな声が聞こえるけど?」
一瞬、沈黙。
〈……気のせいだ。
詳しい合流場所はあとで送る〉
ブツッ。
一方的に電話は切れた。
「……絶対気のせいじゃないでしょ」
レオは呆れたように呟いた。
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