『追憶file.柏木孝治⑼─"相棒"─』
──一ヶ月後 二月中旬。
二月一日付けの人事で、柏木は公安第一課課長へ任命されていた。
そして今日。
公安第一課へ、新たなメンバーが加わることになっていた。
朝礼が終わるタイミングで、柏木が前へ出る。
「全員注目!」
課員たちの視線が集まる。
「一昨日話した、一課の追加メンバーだが、本日より正式配属となった」
「紹介する。入ってくれ──」
ガチャ。
扉が開いた。
入ってきたのは、一人の青年だった。
無造作な黒髪。
鋭い目つき。
どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
「相津真一だ。今日からここで世話になる」
「よろしく」
あまりにも簡潔すぎる自己紹介だった。
課員たちがざわつく。
「誰だあいつ……」
「推薦って言ってなかったか?」
「めちゃくちゃ怖そうなんだけど……」
柏木は慌ててフォローに入った。
「相津君は上層部推薦の特別採用だ!」
「ちょっと世間知らずなところもあるから、みんな色々教えてやってくれ!」
しかし──
ザワザワザワ……
むしろ空気は悪化した。
(おぃぃぃ!!)
(お前のせいで俺まで変な目で見られてるじゃねーかバカヤロウ!!)
柏木が心の中で叫ぶ。
(ああ?んな仲良しこよしやってられるかよ)
相津も涼しい顔で心の中で返していた。
──千石の提案はこうだった。
アイズを警察官にする。
そのメリットは大きかった。
警察内部の資料を正式に閲覧できること。
そして柏木との連携が格段に取りやすくなること。
さらにアイズは既に【SENSE】側へ顔が割れていた。
今後、向こうから接触してくる可能性は十分にある。
つまり──囮でもあった。
警察官になれば、相手も容易には手を出しづらくなる。
少なくとも、今までよりは安全だった。
「私はあと二、三年以内に警察庁長官へ登り詰める」
千石は真っ直ぐ二人を見た。
「その時、君たちのために私直属の新部署を設立するつもりだ」
「当然、私からの任務も受けてもらう」
「だが、それ以外の時間で何を調べようが構わない」
「好きにするといい」
二人は顔を見合わせた。
そして頷く。
千石は満足そうに微笑んだ。
「来月の人事で柏木君を公安第一課課長へ任命する」
「その後、アイズ君を新たな警察官として第一課へ配属させる」
「もう分かるね?」
「私が長官になるまでに、君たちは周囲を納得させるだけの実績を作れ」
「そうすれば新部署設立の件──私が必ず約束しよう」
柏木とアイズは笑った。
進むべき道が見えた。
やるべきことも明確になった。
もう迷いはなかった。
そして千石は最後に言った。
「それと、もう一つ」
「アイズ君」
一拍置く。
「君は今日から──」
「『相津真一』として生きなさい──」
公安第一課の課員たちのざわつきを余所に、相津はさっさと席へ着き、荷物整理を始めた。
柏木もパンパンと手を叩き、課員たちを業務へ促した。
(しっかし『アイズ』だからって『相津』は安直すぎねーか?
ダジャレになってるじゃねぇか……)
柏木が一人でぼやいていると、さっそく相津が声をかけてきた。
「柏木課長、長引いてるこの事件、さっさと解決しに行くぞ。俺にかかれば楽勝だ」
その言葉を聞いて、柏木は思わず笑ってしまった。
(でも千石さんと山崎さんには、本当に感謝だな……)
柏木は立ち上がる。
「ああ、行こうか」
「ここからが再出発だ!」
──二年後。
柏木は歴代の公安の中でも最高の責任者として上層部から評価を得ていた。
また相津も警察庁の“天才”と呼ばれ、周りから敬われる存在となっていた。
そして四月。
千石が警察庁長官へ就任した。
同時に、長官直轄の新たな組織が発足する。
『特殊警備部隊公安第零課』
通称【Zero】。
たった二人から始まった組織は、やがて仲間を増やし、警察にとって欠かせない存在へと成長していく。
その未来を、この時の彼らはまだ知らない──
◆
──現在 BAR Velvet──
「──という訳で、俺は山崎さんのおかげで今があるってことさ」
京香は静かに息を吐いた。
「沙織さん……とっても素敵な女性だったんですね」
山崎はグラスを揺らして笑った。
「ほっほっほ。
今でも鮮明に思い出せるよ。
いつも元気で明るくて、太陽みたいな女性だった」
「でも、僕の体型や健康診断にまで口出ししてきたのは勘弁してほしかったかな」
「あっはっは、それ沙織らしいですね」
柏木は懐かしそうに笑った。
「京香ちゃん、『素敵』っていうのは少し違うかな」
「ガサツだし、家事は苦手だし、家ではダラシないし」
「性格も男勝りなのに、変なところだけロマンチストでさ」
一瞬、柏木は言葉を止める。
そして静かに笑った。
「……でも俺にとっては、最高の女だったよ」
店内が静かな空気に包まれた。
その時──
カランカラン。
ドアベルが鳴った。
入ってきたのは相津だった。
「いらっしゃいませ。って相津君じゃないの」
京香は柏木の話を聞いたあとに相津が来たのでタイミングに少し驚いた。
「あれ?お前も飲みにきたのか相津?」
柏木が声をかけると相津が首を振った。
「ちげぇよ。
こないだの夏祭りのときの酒代を支払いに来たんだよ」
「あれを経費で落とすわけにいかねーだろ?」
柏木は「そりゃそうだ」と言って、酒を一口飲んだ。
相津は京香にお金を渡すと柏木の横で飲んでいるマスターを見つけた。
「あれ?
珍しくマスターも飲んでるじゃないですか」
「ほっほっほ、今日はお客さんも柏木君以外帰っちゃったからね、少し沙織君のことを話していたんだよ」
相津は少しバツの悪い顔をすると目を逸らした。
京香がお釣りを返すと相津に言った。
「そんな変な顔しないでよ相津君」
「私も初めて沙織さんの話を聞いたけど、とっても素敵な人だったよ」
「それに相津君の昔の話も聞けたしさ」
京香が相津にウインクすると、相津は店内の空気がよく分からず退散しようとした。
すると柏木が相津の肩に腕を回して捕まえた。
「まあせっかく来たんだし、お前も飲んでいけよ!」
「いいね!そうしなよ相津君!」
「ほっほっほっ、懐かしいね〜。
少し前までは二人でよく来てたのに、今は【Zero】の人数も増えたからね」
相津が柏木の腕を振り解きながら答えた。
「いや、俺は今日は遠慮しておこうかな……」
相津が断ろうとした矢先、白州がカウンターにグラスを持って現れた。
「お待たせしました、こちら山崎のロックでございます」
「いや注文してないから!」
結局、相津は柏木と京香に引きずられるようにカウンターへ座らされた。
「だから俺は帰るって言ってんだろ!」
「まあまあ、たまには付き合えよ相棒!」
「そうそう!」
「ほっほっほっ」
賑やかな笑い声が店内に響く。
柏木はふと窓の外へ目を向けた。
夜空には静かに月が浮かんでいた。
なぜだろう。
ほんの少しだけ、優しい風が吹いた気がした。
──最愛の"妻"を亡くした男は、最高の"相棒"に出会い、今を『勇敢』に生き抜いていた──




