『FIRST MISSION ⑵─作戦開始─』
──指令から五日後 午前十時。
ブルルル……。
相津のスマートフォンが震えた。
「もしもし」
〈こちらオペレーター。
アリスとレオから連絡が入ったよ〉
〈情報が確定したから、十五時頃に一度戻るってさ〉
「分かった。俺も戻るが十九時頃になる。
他のメンバーを集めておいてくれ」
〈オッケー。十九時集合で流しとくよ〉
相津が外で調査をしている間の連絡管理は、基本的に翔の担当だった。
「さて……どんな土産を持って帰ってくるかな」
不謹慎だとは思いつつも、二人が持ち帰る情報に相津は胸を躍らせていた。
──同日 午後三時 【Zero】オフィス。
「「ただいまー!」」
アリスとレオがオフィスへ戻ってきた。
「お帰りなさい、アリスさん!レオさん!
お疲れさまです!」
心春は笑顔で迎えると、二人の飲み物を用意するため冷蔵庫へ向かった。
「二人とも、ご苦労さん」
柏木が労いの言葉を掛ける。
「あー、今回は疲れたわぁ」
「まったくだよ。
九頭龍会って男しかいないんだもん」
「あんなむさ苦しい場所にこれ以上いたら、どうにかなっちゃうところだったよ!」
「いや、アンタと一緒にしないでくれるかしら……」
「はい、お疲れさまです。冷たいお茶どうぞ」
心春は苦笑しながら二人へグラスを手渡した。
「アンタたちも毎回、書類手続き大変よね」
「でも、もうほとんど終わりました。
今日で全部片付くと思いますよ」
「ところで真一は?」
「あいつなら昨日から調査で外だ」
柏木は書類へ判子を押しながら答える。
「真一が動いてるってことは、もう詰めの段階だね。今日の報告で調査も終わりかな」
レオがお茶を口にした、その時だった。
「──がーっはっはっは!」
休憩室の方から豪快な笑い声が響く。
「……あれ?
野生のゴリラみたいな鳴き声が聞こえるんですけど」
「奇遇だね。
私にもソファでくつろいでるゴリラの声が聞こえるよ」
二人は何事もないような顔で、そのまま休憩室へ入っていった。
(ジョージ……お前ってやつは)
(間が良いのか悪いのか……)
柏木と心春は顔を見合わせ、苦笑する。
──ドッカァァァン!!
休憩室から、盛大な物音が響き渡った。
心春がそっと様子をうかがうと、アリスとレオは見たこともないほど恐ろしい笑顔を浮かべていた。
そして十分後。
ジョージはオフィスを飛び出し、しばらくして全員分の夕食と飲み物を抱えて戻ってきた。
──指令から一週間後 午後七時 作戦指令室。
「それでは最終作戦会議を始める。
翔、マップを映してくれ」
「了解」
大型モニターに屋敷の見取り図が映し出される。
相津はレーザーポインターを手に取り、作戦内容を順を追って説明していった。
まず正門からの侵入経路──
アリスとレオの潜入ルート──
翔による後方支援と情報共有──
柏木と心春の役割──
ジョージとの合流地点──
作戦全体の流れを、一つひとつ確認していく。
────────
「──以上が今回の作戦だ。
決行は明日二十一時。何か質問はあるか?」
「いいんじゃねーか?俺は大賛成だぜ!」
ジョージが楽しそうに笑う。
「私も異論はないよ」
レオが軽く手を挙げた。
「アタシも特になし」
アリスも気だるそうに頷く。
「僕も問題ないよ。
ただし、PDAとインカムだけは忘れないでね。
それがないと僕の存在意義がなくなるから」
翔が真顔で忠告した。
「まあ、その通りだな。
ほら、今回のインカムだ。
PDAはあとで翔にバージョンアップしてもらえ」
柏木は机の上へ人数分のインカムを並べた。
「心春は何かあるか?」
相津が視線を向ける。
「いえ……。
作戦について意見は何もないんですが……」
心春は少し俯いた。
「構わない。
思ったことを、そのまま言えばいい」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、その声はどこか優しかった。
「……では、お言葉に甘えて」
「みなさん!
危ない任務ですから、どうか気をつけてください」
「そして、必ず元気な姿で帰ってきてください!」
心春が精一杯の声で言う。
一瞬の静寂。
そして──
全員が笑った。
相津も思わず笑みを浮かべる。
「たった今、心春から最重要任務が追加された」
相津は全員を見渡し、力強く告げる。
「全員、元気に帰ってこい!」
「「「「「了解!」」」」」
◇
──決行当日 午後八時五十五分。
ザザッ……。
〈全員、配置についたな。
予定どおり二十一時に作戦を開始する〉
インカム越しに聞こえる無線のノイズだけが、静寂を破っていた。
相津は腕時計へ静かに視線を落とす。
秒針が刻む音だけが、やけに大きく感じられた。
〈5〉
〈4〉
〈3〉
〈2〉
〈1〉
〈0〉
相津は静かに告げる。
〈──ミッション、スタートだ〉
午後九時。
月明かりに照らされた屋敷を舞台に、【Zero】の任務が幕を開けた。
──午後九時 九頭龍会屋敷 正門。
ドゴォォォォンッ!!
轟音とともに正門が爆炎に包まれた。
ジョージが放ったロケットランチャーの一撃が、分厚い門扉を粉々に吹き飛ばす。
「こんばんは、クソ野郎ども。
今日は楽しい夜にしようぜ!」
撃ち終えたロケットランチャーを肩へ担ぎ、ジョージは不敵な笑みを浮かべた。
「な、何だあいつは!?」
「どこかの組が攻め込んできたのか!?」
「さっきの爆発……相当な人数だぞ!」
敵兵たちが混乱する中、爆炎が夜空を赤く染め、衝撃波が屋敷全体を揺らした。
その様子を見て、ジョージは豪快に笑い声を上げる。
「ハーッハッハッハ!
ほら、もう一つプレゼントだ!」
再びロケットランチャーを構え、ためらうことなく屋敷の玄関へ照準を合わせる。
ドゴォォォォンッ!!
──九頭龍会屋敷 二階。
「始まったわね」
「ああ。このフロアの連中は、ほぼ全員が正門へ向かった。私たちも動こう」
二人は変装用スーツを脱ぎ捨てる。
その下から現れたのは、黒を基調とした戦闘装備だった。
アリスは人質救出のため三階の監禁部屋へ。
レオは無言のまま、二階の奥へと姿を消す。
ザザッ──。
インカムから相津の声が響いた。
〈レオ。敵戦力の大半は正門へ向かったが、残存戦力の多くはまだ三階にいる〉
〈二階の敵を派手に制圧して連中を引きつけてくれ。時間は少し稼げれば十分だ〉
〈アリス。勝負はこれから二十分。
それを過ぎれば敵も状況を把握し、三階へ戻ってくる〉
「了解」
「了解」
二人は短く応えると、それぞれの任務へ走り出した。
──周辺の公園駐車場。
装甲車両車内。
作戦開始三十分前。
相津、柏木、翔、心春の四人は回線や武装の最終確認のため、《ヴァンガード》で待機していた。
運転席には心春。
助手席には柏木。
車内後方の移動型コンソールには翔が座り、その背後で相津がモニターを見つめながら各所へ指示を飛ばしている。
「翔。ジョージの誘導はしなくていいのか?」
「レオとアリスは潜入中にルートを把握してるが、ジョージは……ほら、バカだから」
「本来ならお前がポイントまで誘導する予定だったろ?」
腕を組んだまま、相津が視線をモニターから外さず尋ねる。
「さっきから何度もコールしてるんだけど、全然出ないんだよね」
「たぶんノリノリで暴れてて、こっちの声なんか聞こえてないよ。これだから脳筋ゴリラは……」
翔は肩をすくめ、苦笑した。
「どうする?強制通話で割り込む?」
「いや、このままでいい」
相津は即答した。
「あいつの役目は陽動だ。
多少のイレギュラーなら想定内だろ」
その言葉に翔は苦笑しながら息をついた。
「相変わらず、すげぇな……あいつ」
「あはは……」
前席の柏木と心春は顔を見合わせ、小さく苦笑した。
相津は武器庫から銃を取り出し、上着を羽織る。
「じゃあ、俺はそろそろ行く。
柏木、ここは任せた。
細かい指示は引き続きインカムで出す」
「あとは……"いつも通り"だ」
「気ぃつけてな」
柏木は軽く右手を上げ、相津を送り出した。
その背中を、心春は不安そうに見つめる。
「相津さん……大丈夫でしょうか。
いつも一人で前に出ていくので、心配です……」
「心春ちゃんも知ってるだろ?」
柏木は穏やかに笑う。
「あいつなら、大丈夫さ」
その言葉に心春は小さく頷いた。
それでも、相津の背中を見つめる瞳から、不安が消えることはなかった。
──九頭龍会屋敷三階 監禁部屋前。
ドサッ。
見張りの男が鈍い音を立てて床へ崩れ落ちる。
アリスは周囲を素早く確認すると、静かに監禁部屋の前へたどり着いた。
「予定ポイントに到着したわ」
ザザッ。
〈こちらオペレーター。
アリス、PDAにクラッキングツールを入れてある〉
〈予定どおり電子ロックへ接続してくれ。
あとは僕がリモートで解除する〉
「オッケー……接続完了」
翔の指がキーボードの上を高速で走る。
カタカタカタ……。
カタカタカタ……。
カタカタカタ……。
「ねぇ、まだ?早くしてよ、生意気小僧」
アリスは口元を緩めながら茶化した。
〈誰が生意気小僧だ!
知能が胸に吸い取られたビッチのくせに!〉
「あらあら。
この胸の価値が分からないなんて、まだまだお子さまね」
〈くぅぅ……!〉
翔は悔しそうに唸りながらも、指を止めない。
──ピピッ。
『認証しました』
「よし、開いた!」
「お利口さん。よくできました」
〈うるさい!この僕に感謝しろ──〉
翔の抗議を聞き流し、アリスは扉を開けて室内へ飛び込む。
そして──。
目の前に広がっていたのは、予想外の光景だった。
「……誰?」
18歳ほどの少女が、不安そうにこちらを見つめる。
その胸にしがみつくように、小さな女の子が震えていた。
「ぐすっ……ひっく……」
二人は互いを抱き締めたまま、小刻みに震えている。
「真一、どうしよう。人質が二人いるわ」
アリスの視線は、小さな女の子へ向けられていた。
「計画では女性一人だけだったはずよ。
しかも、この子……まだ5歳くらいじゃない。
予定どおり窓から脱出するのは危険すぎるわ」
ザザッ。
〈アリス、予定変更。一階裏口から脱出する〉
相津は迷うことなく続ける。
〈翔。敵との接触が最も少ないルートを算出し、アリスを誘導してくれ〉
「了解」
〈了解〉
「あの……」
少女がおそるおそる声をかける。
「もう大丈夫よ」
アリスは優しく微笑み、二人の前でしゃがみ込んだ。
「アタシたちは警察。
あなたたちを助けに来たの。
さあ、一緒に帰りましょう」
二人は涙を浮かべながら何度も頷き、ゆっくりと立ち上がった。
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