『FIRST MISSION ⑴─【Zero】始動─』
──警察庁本庁舎最上階 警察庁長官室前。
「特殊警備部隊公安第零課、柏木警視長。入りなさい」
張り詰めた空気が廊下を支配していた。
警察庁長官の呼び出しを受けた柏木は、静かに一礼すると長官室へ足を踏み入れた。
◇
「失礼します」
柏木が長官室を出ると、重厚な扉が静かに閉まる。
廊下の先、エレベーターホールでは相津が壁にもたれ、腕を組んで待っていた。
「お疲れさん」
柏木は、その一言に「どうだった?」という意味が込められていることを察する。
「ああ。少し面倒くさい任務になりそうだ」
首を軽く鳴らしながら、二人は並んでエレベーターへ乗り込む。
「──まあ、ざっとこんな感じだ。やれそうか?」
任務の概要を聞き終えた相津は、いつものように不敵な笑みを浮かべた。
「おいおい。やれなかったことが、一度でもあったか?」
その返答に、柏木も思わず口元を緩める。
「……そうだったな」
エレベーターが下降を始める。
相津はスマートフォンを取り出すと、【Zero】のグループチャットへ一通のメッセージを送信した。
『本日十九時、作戦指令室に全員集合』
──午後七時
【Zero】オフィス・作戦指令室。
【Zero】のオフィスは、手前がワークスペース、奥が畳敷きの休憩室となっている。
休憩室の隠し扉を抜けた先には、完全機密区画である作戦指令室があった。
室内には大型のメインコンソールが設置されており、翔は任務中のほとんどをこの部屋で過ごしている。
「全員揃ったな。では、ミーティングを始める」
相津の一声で、作戦会議が始まった。
任務の指揮を執るのは、いつも相津だ。
相津が柏木へ目配せすると、柏木が一歩前へ出る。
「今回の指令の概要を説明する。
内容は、人質の"救出"と、拉致した組織の組長の"捕獲"だ」
「"捕獲"か……面倒くさいな」
レオが足を組み替えながらぼやく。
「"救出"ってことは、身代金でも要求されてるの?」
アリスが髪をかき上げながら尋ねた。
「突撃して連れ帰りゃいいじゃねーか」
ジョージが欠伸交じりに言う。
「はいはい、脳筋ゴリラは黙ろうね」
翔が呆れたように肩をすくめた。
「そこまでだ」
相津が軽く手を上げて制する。
「これから詳しい状況説明と、各自の任務内容を伝える」
────────
「……各自、状況と任務内容は理解できたな。
報告はいつも通り。追加の指示があれば、その都度こちらから連絡する。
一週間後の十九時に最終作戦会議を行う。以上、解散」
ミーティングが終わると、レオとアリスはそのままオフィスを後にした。
翔はメインコンソールへ向かい、並ぶモニターを次々と操作しながら情報収集を始める。
「あの、相津さん。今回のミッションについて、少し整理させていただいてもよろしいですか?」
「ああ。今日はもう予定もないし、構わないぞ」
心春は毎回、作戦会議の内容を細かくノートへまとめている。
その真面目さは、ジョージにも少し見習ってほしいくらいだった。
心春はまとめ終えたノートを相津へ差し出す。
☆
・組織名 九頭龍会
・組長 九頭龍直樹
・活動内容 人身売買
・人質 某政界人の娘・美里さん(18歳)
昨日十七時頃に誘拐。
・所在地 東京都〇〇区 三階建ての屋敷。
・状況(予想)
人質は屋敷内に監禁されている可能性が高い。
誘拐後、一度も身代金などの要求がないことから、目的は売買と推測。
国内での人身売買は少なく、海外へ売られる可能性が高い。
この種の取引は短期間で成立することは稀なため、生存している可能性は高い。
☆
「しっかり要点を押さえてるな。相変わらず真面目だ」
「えへへ……。でも、相津さんの指示でアリスさんとレオさんがどう潜入するのかまでは分からなくて……」
「潜入方法はいくらでもある。二人ともプロだからな。その辺は任せている」
「なるほど……」
心春は納得したように頷いた。
「翔くんは何を調べているんですか?」
「今回は敵の拠点が割れてるからな。
周辺の建物や地形、それに屋敷の内部図面を調べさせてる」
「はえ~! そんなことまでできるんですね!」
「で、その情報をもとに、こいつが作戦を組み立てるってわけさ」
コーヒーを片手に歩いてきた柏木が笑う。
「そうだったんですね。いつも作戦がすごく緻密だから、どうやって考えてるのかなって気になってました」
心春は感心したように頷いた。
「でも心春ちゃんも成長したよねぇ。最初は『はぇ』『ふぇ』『ほぇ』しか言ってなかったのに」
「あはは……。何もかも初めてで、ずっとテンパってましたから」
照れ笑いを浮かべる心春へ、相津がすかさず口を挟む。
「今でも結構言ってるじゃねーか」
「そんなことないですぅ! 相津さん、ひどいですぅ!」
心春は頬をぷくっと膨らませた。
「はっはっは。明日から心春ちゃんは俺と一緒に書類手続きと物資の準備だ。今日は帰ってゆっくり休め」
「はい! ありがとうございます!
ところで……ジョージさんは何をするんですか?」
「………………………………」
一瞬の沈黙。
やがて相津は真顔のまま答えた。
「ジョージは、何もしないのが仕事だ……」
──指令から三日後 午前十一時。
柏木と心春は任務の準備のため、【Zero】オフィスがある別館の地下駐車場を訪れていた。
「心春ちゃん、エンジンの調子はどうだ?」
「はい、問題ありません!
ガソリンも補給済みでいつでも出せます!」
「機材の方はどうですか?」
「ああ、システム自体は問題なく起動する。
ただ、中身はさっぱり分からん……」
「実際に使うのは翔だからな。
あいつに最終確認してもらうしかない」
二人が点検しているのは、【Zero】専用特殊装甲車両。
外見は黒い大型トラックだが、その正体はまったくの別物だった。
車体各所には分厚い装甲板が組み込まれ、タイヤには防弾加工を施している。
荷台には大量の武装や特殊機材を搭載し、内部システムは作戦指令室のメインコンソールと常時リンク。
まさに、"移動型作戦司令室"とも呼ぶべき特殊車両だった。
「やっぱりそうですか……。
翔くん、来てくれますかね?」
「嫌でも来てもらうさ」
「それより、決行日は頼んだぞ、心春ちゃん。
期待してるからな!」
「はい!運転なら任せてください!
わたしの唯一の取り柄ですから!」
自分にも皆の役に立てることがある。
それが心春には何よりもうれしかった。
「しかし、本当にすごいよなぁ」
「普通車に特殊大型車、大型二輪、船舶免許、ヘリコプター……挙げ句の果てにはクレーン運転士まで持ってるなんて。おじさん、びっくりだよ」
「あはは……。
警察学校の頃、希望者向けの免許取得講習がよくあったんです」
「でも希望者が少なくて、何度も『参加してほしい』ってお願いされてるうちに、気づいたらこんなことになってました」
「いや、受けるだけならまだ分かる。
でも全部一発合格なんだろ?
それがすごいんだよ」
「ゲームで乗り物を運転するのが好きでしたし……」
「それに皆さんみたいな特別なスキルや肩書じゃなくて、ただの免許ですから。全然すごくないですよ」
「そんなことないさ。
あんまり謙遜しすぎると、自分の価値まで下げちまうぞ」
「それに相津だって、普通に心春ちゃんを作戦へ組み込んでるだろ?」
「あいつが任務を任せるってことは、それだけ信用してるってことさ。
本人は絶対に口にしないだろうけどな」
「そ、そうなんでしょうか……。
だ、だったら……うれしいです」
心春は頬がじんわりと熱くなるのを感じた。
きっと今、自分でも分かるくらい真っ赤になっている。
──同時刻 作戦指令室。
相津と翔は、メインコンソールに映し出された情報を確認しながら打ち合わせをしていた。
「相津、たった今アリスから連絡が入った」
「読みどおり人質は屋敷内に監禁されてる。
無事ではあるけど、監禁場所はかなり厳重だよ」
「三階の一室で、部屋自体が鋼板製。
さらに電子ロック付きで、解除コードは十五分ごとに変更されるらしい」
「ずいぶん念入りだな」
相津は小さく息をついた。
「レオからは?」
「報告は来てるよ。
まだ確定じゃないけど、敵戦力のおおよその人数と幹部の数は把握できてる」
「そうか。お前の方は?」
「もう終わってるに決まってるじゃん。
マップは作成済み、必要な情報の落とし込みも完了してる」
「あとは全員のPDAと同期すれば、いつでも共有できるよ」
「いやぁ、有能すぎて暇になっちゃいそうだね!」
翔は得意げに胸を張る。
「さすがだな。
……でも、お前が暇になることはない」
「なんでさ?忘れ物もミスもゼロだよ?」
「そういう意味じゃなくて──」
「翔くん、いる?」
相津の言葉を遮るように、作戦指令室の外から心春の声が響いた。
相津は苦笑する。
「ほら、ご指名だ」
「相津さぁ……読みが当たりすぎて、逆にキモいよ」
翔は呆れたように肩をすくめると、心春に呼ばれて部屋を後にした。
「さて、俺もそろそろ行くか」
相津も席を立ち、それぞれの調査へ向かうのだった。
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