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『追憶file.柏木孝治⑵─謎の組織【SENSE 】─』

 ──公安第一課 事務室。


 九月に入ると沙織の仕事も一段落し、休憩がてら飲み物を買いに行こうとしたところ、生活安全課の課長が神妙な面持ちで事務室に入ってきた。


 何やら奥の個室で山崎課長と話をしていると、沙織は扉に耳を当て、中の会話を聞いていた。


 話が終わったのか二人が出てこようとすると、沙織はスッとその場を離れた。


 山崎が自分のデスクに戻ると沙織は聞いた。


「山崎課長、先ほどの話は本当ですか?」


 山崎は突然のことにびっくりすると変な声がでた。


「へっ?……え、聞いてたの?今の話。どうやって?」


 山崎が不思議そうに尋ねると、沙織は持っていた書類に耳を当てジェスチャーをして答えた。


「はぁ、そんなストレートに盗み聞きしないでよ沙織君……」


 山崎はやれやれと肩を落とすと沙織を個室へと連れていった。


「聞いていたなら分かっていると思うが、まだ他言しないでくれ……」

 

「明日、正式に生活安全課から公安第一課に引き継がれることになっている」

 

「ある孤児院で子どもが失踪する事件があり、生活安全課が対応していたのだが、調査を進めると背後にどうやら私設軍隊を所有する秘密組織の存在が浮上してきたらしい」

 

「それで我々、公安第一課へ主導権が移ることになった」


 山崎が沙織に説明すると沙織は山崎に自分が担当すると伝えた。


「山崎課長、この案件、私にやらせてください!」


「え、でも沙織君、せっかく仕事が片付いたんだから新婚旅行に行ってきなさいよ」


 山崎が沙織にそう言うと沙織は首を横に振った。


「孝治……柏木さんの方がまだ仕事が忙しいみたいなので当分は行けそうにないですから」

 

「年末年始のときにどこか、近場にでも行ってきますよ」


 沙織はいつもの調子で孝治と危うく言いかけたがすぐさま言い直した。


「そうかい?」

 

「ではお願いしようかな。正直、君以外の適任者が居なくて、どうしようかと悩んでいたんだよ」


 沙織は自分を頼ってくれたことが嬉しかった。


「そういうときは、山崎課長も遠慮せず、私に言ってくださいね」


 そういうと二人は顔を見合わせて笑った。


 


 ──一ヶ月後。


 沙織は孤児院に足を運び、失踪した経緯などを教えてもらったが、何一つ情報がなく、本当に消えたようだった。

 

 そこで沙織は考えを変え、過去に引き取られた子供たちの行き先や経緯などを一ヶ月かけて洗い出した。

 

 すると、ある事が見えてきた。


 孤児院にいた特に知能指数の高い子供たちが、ここ一年の間に七人ほど、それぞれ別の家庭へ引き取られていた。

 

 だが、引き取った家庭にはどこも子供がいなかった。

 

 さらに調べを進めると、引き取った理由はどの家庭も異なっていた。

 

 依頼された、知人に頼まれた、事情が変わった──。


 しかし結末だけは奇妙なほど一致していた。

 

 全員が、ほどなくして子供を別の誰かへ引き渡していたのだ。


 子供たちの行き先を突き止めた沙織は、その事実に愕然とした。

 

 七人全員が、同じ場所にいたのだ……。

 

 偶然とは思えなかった。

 

 沙織は、おそらく今回失踪した子供たちもそこにいるのではないかと、確信に近いものを抱いていた。


 【SENSE】《センス》


 表向きは製薬会社向けの抗原体研究所だが沙織はただならぬ予感を感じていた。


 


 ──柏木家 自宅マンション。


 柏木はお風呂から上がるとビールを取り出し、一気に飲み干した。


「かーっ、仕事終わりはやっぱりこれに限るな!」


 柏木がもう一本ビールを取り出そうとすると沙織の方に目を向けた。


「沙織も飲むか?」

 

「そうね、今日はもう飲んじゃおっかな……」


 柏木がビールを渡すと、沙織と乾杯した。


「ぷはーっ、なんか久しぶりに飲んだせいか、とってもおいしいわね!」


「そうだろ」


「………今の案件はそんなに大変なのか?」


 柏木がそれとなく尋ねると沙織が答えた。


「うん、【SENSE】という怪しい組織までは突き止めたんだけど、セキュリティが厳しくて中々思うように進展しなくて……」

 

「孝治の方はどうなのよ?

 過激派団体を相手してるんでしょ?」


 柏木がツマミのお菓子を取り出すとテーブルに置いた。


「今は過激派団体の武器の流通ルートを追ってるよ」

 

「明らかに民間人が所持できないような武器まで持っている……」

 

「背後に何らかの関係組織がいることは間違いない」


 沙織は「ふ〜ん」というとお菓子を食べた。


「まあ、頑張ってね」モグモグ


「あれっ?それだけ?」

 

「自分から聞いた癖に、俺の案件に全く興味ないよね!?」


 柏木がツッコミを入れると、ビールを飲み、今度は真面目な表情で沙織に話しかけた。


「沙織……ヤバいときは俺に言ってこいよ。

 頼むからあまり無茶はしないでくれ」


 柏木がそういうと、沙織は嬉しそうにビールを飲み干した。


「うふふっ、心配してくれてありがとね!」


 二人しておかわりのビールを冷蔵庫に取りに行くと仲睦まじいひとときを過ごすのであった。



 ──二人は幸せに満ち溢れていた。

 自分たちの力があれば、どんな困難も乗り越えられると信じていた。

 だが、この先に待ち受ける悲劇を、この時の二人はまだ知る由もなかった──




 ──十二月上旬。


 テレビでは今年は例年よりも寒いらしく、十二月に雪が降るというニュースが報道されていた。


 沙織はあれから様々な方法を検討した末、【SENSE】への潜入を断念した。

 

 しかしその後、【SENSE】から抜け出したいと考えている女性研究員『吉川』との接触に成功する。

 

 沙織は吉川の逃亡を手助けし、警察による保護を約束した。

 

 その代わりに、吉川は【SENSE】内部の情報を提供する。

 

 利害が一致した二人は、互いの目的のために協力関係を結んでいた。


「はぁー」と沙織が息を吐く。

 白い吐息が冬の空気に溶けていった。

 その時、沙織の携帯電話が鳴った。


 ピッ「もしもし」


〈沙織さん、吉川です。

 予定通り、【SENSE】の研究資料のコピーは確保しました〉

 

〈全てではありませんが告発するには十分かと思います〉


 沙織は安堵しつつも気を引き締めて答えた。


「ありがとうございます。

 公安としても全力であなたの逃亡をサポートします」

 

「逃亡後はしばらく監視も付けてあなたを保護しますのでご安心ください」


〈はい、宜しくお願いします。

 では予定通り、組織への出入りが多くなる十二月二十四日に決行します〉

 

〈午後三時に例の廃倉庫で落ち合いましょう〉


 沙織は吉川との通話を終えると、電話をポケットにしまった。


 沙織と吉川の作戦は、決行日をクリスマスイヴに定めることから始まった。


【SENSE】の研究所では毎年十二月二十四日にクリスマスイベントが開催され、多くの人間が出入りする。この日は警備の目も分散し、絶好のチャンスだった。


 イベントの混乱に紛れ、吉川が研究所を抜け出す。


 しかし研究所は郊外に位置しているため、普段の移動手段はほとんどが車だった。

 

 だが、すべての車両にはGPSが取り付けられており、車での逃走は危険性が高い。


 そのため、吉川には徒歩で研究所を脱出してもらい、廃倉庫で沙織と合流。


 その後、警察庁へ向かう──


 それが二人の描いたシナリオだった。


 


 ──十二月二十四日 決行日。


 午後二時半。

 沙織はすでに廃倉庫へと来ていた。

 腕時計を見ながら吉川を待っていた。



 一方その頃、柏木は公安第二課の事務室で過激派団体の武器流通ルートをついに突き止めたのだった。

 

 一緒に事件を担当している部下が柏木に言った。


「柏木さん、やっと尻尾を掴みましたね」


 部下が嬉しそうに言うと、柏木は笑みを浮かべながらも気を引き締めた。


「尻尾を掴んだとは言え、まだ武器の密売組織も分かっていないんだ。本番はこれからだよ」


「とはいえ、今回はラッキーでしたね。

 過激派団体が武器の運用テストの視察なんかするとは思ってもいませんでしたよ」


 昨日、過激派団体に潜入している、もう一人の部下から運用テストの視察をするという旨の情報が入ったのだ。


 柏木が缶コーヒーを飲んでいると、部下の携帯に一通のメールが届いた。

 部下はメールを確認すると、顔が急に青ざめていった。


「……えっ!?柏木さん!大変です!

 武器の運用テストの視察場所と日時の情報が送られてきたのですが、今から三十分後で……」


 柏木は部下から携帯を受け取ると画面に見覚えのある文字が映し出されていた。


 

 Re 武器運用テストの情報

 日時 12月24日 午後3時〜

 場所 〇〇区二丁目5番地の廃倉庫

 密売組織名 【SENSE】



 柏木は画面を確認すると、すぐに沙織へ電話したが繋がらなかった。

 

 嫌な予感が胸をよぎり、公安第一課へ向かった。 



 

 ──公安第一課 事務室。


「山崎課長!沙織は、沙織は今どこにいますか?」


 柏木は血相を変えて山崎に詰め寄り、問い質した。

 

 山崎は課は違えど柏木とも親交があった為、普段の彼とはまるで違うその振る舞いにただならぬ予感を感じとっていた。


「柏木君!落ち着くんだ!」

 

「……君も知っているとは思うが、今日は沙織君の作戦の決行日だ」

 

「沙織君は今、廃倉庫で協力者を待っているところだよ……」


「一体、何があったんだね?」


 柏木は山崎に携帯を差し出すと手短に伝えた。


「これは私の担当案件で、過激派団体へ潜入している部下からの報告です」

 

「今日の午後三時からこの場所で武器の運用テストをすると書いてあります!」

 

「私も沙織から一課の作戦の概略は聞いています。

 相手が【SENSE】という組織であることも」

 

「山崎課長……教えてください!」

 

「沙織の作戦の時間と場所はどこですか!」


 柏木の頭に最悪のケースが浮かんでいた。

 

 一縷の希望にかけて、山崎の言葉を待っていたが……それは叶わなかった。


「……午後三時。場所はこのメールと同じ廃倉庫だ」


 山崎の震える声が静かに聞こえた。

 

 その瞬間、柏木は全速力で外へ駆け出していった。


 山崎が時計を見ると午後二時四十分を指していた。




 


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