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『護衛MISSION ⒄─旅立ち─』

 ──【Zero】オフィス 午前十一時。


 玲依が学校へ行っている時間を見計らい、柏木はメンバー全員をオフィスへ集めた。


 全員の顔を見渡した柏木は、一つ息をつくと静かに切り出す。


「……玲依の今後について決まった。

 一週間後、ドイツへ留学することになった」


 突然の報告に、部屋の空気が一変した。


 誰もが驚いた表情を浮かべ、思わず口を開こうとする。


「待て待て、お前たちの言いたいことは分かってる。まだ話の続きがある。一旦、最後まで聞いてくれ」


 柏木は苦笑しながら皆を落ち着かせると、ゆっくりと言葉を続けた。


「九条大臣も今回の事件を通して、九条家での玲依の境遇があまりにも過酷だったことを深く反省したそうだ。


 とはいえ、このまま日本に残れば、大臣が仕事で家を空けている間に、正妻の子どもや使用人たちから再び嫌がらせを受ける可能性がある。


 そこで、大臣は個人的な知人のいるドイツへ玲依を留学させることを決めた」


 その話を聞き、心春が寂しそうな表情で尋ねた。


「……じゃあ、玲依ちゃんはずっと一人でドイツで暮らすんですか?」


 柏木は優しく首を横に振る。


「もちろん一人じゃない。玲依と信頼関係を築けている数名の使用人も一緒に同行する。生活のことは彼らが支えてくれるだろう。


 それに、高校を卒業して18歳になった後は、玲依自身の意思に任せるそうだ。


 そのままドイツで暮らしてもいいし、日本へ戻ってきてもいい。


 ……要するに、成人するまでの間だけでも、安全な場所で守ってやりたいという父親としての願いなんだよ」


 柏木の話を聞き終え、部屋は静まり返った。


 その沈黙を破ったのは、ジョージだった。


「……玲依自身は、このこと知ってるのか?」


「ああ。俺も知らなかったんだが、ここへ戻って来る前には、すでに本人へ伝えられていたらしい。


 その上で玲依は、『旅立つ日までは【Zero】のみんなと過ごしたい』と九条大臣にお願いしたそうだ……」


 ジョージは静かに目を伏せる。


 しかし次の瞬間、いつもの豪快な笑顔を浮かべた。


「そうか!

 だったら俺たちが暗い顔してても仕方ねぇな!」


「旅立つその日まで、玲依に最高の思い出をたくさん作ってやろうぜ!」


 その言葉に、皆の表情にも少しずつ笑顔が戻っていく。


 その様子を眺めていた相津は、小さく笑うと柏木へ視線を向けた。


「別に今生の別れってわけじゃねぇ。


 会おうと思えば、いつでも会える。


 それに──玲依が帰ってきた時、この場所で『おかえり』って迎えられるように、俺たちが【Zero】を守り続ければいい」


「……そうだろ?責任者殿」


 柏木は何も言わず、静かに笑みを浮かべる。


 その笑顔には、仲間たちへの信頼と、未来への決意が込められていた。




 ──とある公園 午後三時半。


 ジョージと玲依は、約束していた逆上がりの練習をするため、学校帰りに今日も公園へやって来ていた。


「そうだ!思いっきり蹴り上げるんだ、玲依!」


 ジョージの力強い声が響く。


「……ふんっ!」


 玲依は教わった通り、勢いよく地面を蹴った。


 くるんっ。


 小さな体が鉄棒を一回転し、そのまま綺麗に腕を伸ばして着地する。


 一瞬、自分でも何が起きたのか分からなかった。


「……回った……」


 玲依は目を丸くすると、次の瞬間、ぱっと笑顔になった。


「やった!できたよ、ジョージ!」


 嬉しさのあまり駆け出し、そのままジョージへ飛びつく。


 ジョージは玲依を軽々と抱き上げ、高く持ち上げた。


「できたじゃねぇか!完璧な逆上がりだ!」


 二人は声を上げて笑い合う。


 やがて玲依をゆっくり地面へ降ろすと、ジョージは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「……本当に玲依は強いな。真一の言った通りだ」


 その表情を見た玲依は、何かを悟ったように静かに口を開く。


「……ジョージ。わたしね、ドイツに行くんだ」


 ジョージは驚かなかった。


 ただ、小さく頷くだけだった。


「……やっぱり、バレてたか。

 最初から知ってたの?」


「いや。昨日の昼に孝治から聞いた。

 一週間後、ドイツへ旅立つってな……」


 玲依はジョージへ背を向ける。


 涙を見せないように、空を見上げた。


「そっか……。

 ジョージって、嘘が下手だよね」


 小さく笑う。


「今日の朝から、なんだか様子がおかしかったもん。何かあったんだろうなって、すぐ分かったよ」


 ジョージは何も言えなかった。


 どんな言葉を掛ければいいのか分からず、その場に立ち尽くす。


 玲依は静かに続けた。


「わたしね……

 

 この一か月、本当に楽しかった。


 誘拐されたり、怖いこともいっぱいあったけど……


 それ以上に、みんなと過ごした時間が嬉しかったの」


 その言葉を聞き、ジョージは思わず叫んだ。


「玲依!

 もし本当はここに残りたいなら、俺が──」


 しかし玲依は振り返り、涙を浮かべながら首を横へ振った。


「ううん。


 これは、わたし自身が決めたことなの。


 今のわたしじゃ、きっとみんなに迷惑を掛けちゃう。


 みんなは『そんなことない』って言ってくれると思う。


 でも……わたしが嫌なの」


 ジョージは何も言わず、その決意を受け止める。


 玲依は涙を拭おうともせず、震える声で続けた。


「……でも。


 大人になって……


 もう一度みんなのところへ帰ってきた時は……


 わたしも、一緒にいていいかな……?」


 ついに涙が頬を伝った。


 ジョージは優しく笑った。


「あたり前じゃねぇか」


 一歩近づき、玲依の頭へ大きな手を乗せる。


「玲依の家は──【Zero】なんだからよ」


 その一言で、玲依の張りつめていたものがほどけた。


 涙を流しながら、それでも最高の笑顔を浮かべる。


「……ありがとう、ジョージ」


「大好きだよ!」


 夕焼けに染まる公園へ、二人の笑顔がいつまでも輝いていた。




 ──玲依旅立ちの日 空港。


 玲依を見送るため、【Zero】のメンバー全員が空港へ集まっていた。


 アリスは一歩前へ出ると、小さなメモを玲依へ差し出した。


「玲依。昨日も言ったけど、何かあったらアタシの師匠のところへ連絡するのよ。もうアンタのことは話してあるから」


 アリスはドイツで育ち、その師匠のもとで多くを学んできた。

 

 だからこそ、大切な玲依を安心して任せられる唯一の存在だった。


「うん!」


 玲依は力強く頷くと、改めて皆を見回した。


「みんな……短い間だったけど、本当にありがとう!

 すっごく楽しかった!」


 その言葉を聞いた瞬間──。


「ふぇぇぇぇんっ!玲依ちゃぁぁぁん!」


 心春が涙をぽろぽろ零しながら勢いよく抱きついた。


「元気でねぇ……。寂しくなったら、いつでも連絡してきていいからねぇ……」


「あ、あはは……」


 玲依が困ったように笑うと、後ろからアリスが心春の襟を掴み、ひょいっと引き剥がした。


「はいはい、その辺にしなさい」


 その様子に皆が思わず笑みを浮かべる。


 すると柏木が玲依の前にしゃがみ込み、小さな箱を差し出した。


「玲依、これはみんなからだ」


「……これ、わたしに?」


 玲依は箱を開ける。


 中には、リボンを模した小さなロケットペンダントが入っていた。


 裏面には、小さく【Zero】の文字が刻まれている。


「これは俺たちの"仲間の証"だ」


 柏木がそう言うと、メンバー全員がそれぞれ胸元からロケットペンダントを取り出した。


 形は違っても、そこには全て同じ【Zero】の刻印が刻まれている。


 ジョージが力強く笑った。


「玲依。これでお前も正式に俺たちの仲間だ。

 大きくなったら、それを持ってちゃんと帰ってこいよ!」


 ジョージの言葉を合図に、皆も笑顔で言葉を贈る。


「オンラインゲームで待ってるからね」

 翔が笑う。


「勉強もちゃんとするんだぞ」

 柏木が優しく言う。


「お菓子ばかりじゃなくて、ご飯もしっかり食べるんですよ」

 心春は涙を拭いながら笑った。


「もっと素敵なレディになって帰ってくるんだよ」

 レオは胸に手を当て、優雅に一礼する。


「こういうアホな男には引っ掛かっちゃダメよ」

 アリスはレオを指差し肩をすくめた。


 そして最後に、相津が玲依の前へ歩み寄った。


「何かあったら、いつでも俺たちに連絡してこい。

 忘れるなよ……。

 どこにいようと、お前はもう独りじゃない」


 玲依は小さく頷き、ロケットペンダントをそっと開いた。


 そこには肩を寄せ合って笑う、玲依を含めた【Zero】八人の集合写真。


 思わず頬が緩み、目には涙が滲む。


 玲依はペンダントを胸元でぎゅっと握り締めた。


「……うん!」


 そして振り返る。


 涙を拭き、大きく右手を振った。


「ありがとう、みんな!行ってきます!」


 その笑顔は、もう迷ってはいなかった。


 小さな背中は、まっすぐ未来だけを見つめて歩き出す。


 

 ──一人の小さな少女は、大きな希望を胸に、新たな世界へ旅立っていった。


 そこにあったのは別れの寂しさではなく、いつか再び帰ってくるという確かな約束。


 胸元で揺れる【Zero】の証とともに。


 少女は未来へ向かって、力強く歩き始めるのだった。


 

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