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『護衛MISSION ⒃─取り戻した日常─』

 ──警察庁本庁舎 最上階 長官室。


 玲依が救出された翌日。


 警察庁長官の千石鋼太郎は、奥の会議室で一人、モニターの前に立っていた。


 六台並ぶモニターのうち、一つに『SOUND』の文字が表示される。


 やがて映像は映らず、重厚な声だけが室内に響いた。


「それでは千石長官、報告を聞こう──」


 声の主は、国家公安委員会委員長だった。


 千石は一礼すると、玲依救出までの一連の経緯を、包み隠さず報告し始めた。


   ◇


「──以上が、九条玲依さん救出に至るまでの一連の経緯です」


 報告が終わると、部屋にはしばし静寂が流れた。


「……うむ。よくやってくれた」


 その言葉とともに、モニターへ委員長の姿が映し出される。


「すまんな。九条大臣がどうしても今回の事件の全容を直接聞きたいと希望されてな。私の判断で同席していただいていた」


「いえ。親として当然のお気持ちかと存じます」


 千石は静かに一礼した。


「それで……九条大臣はどちらに。

 今回の件につきまして、直接お詫びを申し上げたいのですが」


 委員長は穏やかに笑みを浮かべた。


「ふふっ。

 報告を聞き終えると、すぐ退室されたよ」


「謝罪の必要はない。

 それと九条大臣から、お前に伝言を預かっている」


 委員長は一拍置いて告げた。


「『娘の居場所を作ってくれて、ありがとう』だそうだ」


 昨夜。


 【Zero】の隊員たちは玲依を保護したあと、そのまま九条家所有の別邸へ送り届けた。


 吉報を待ち続けていた父・九条大臣は、娘と一晩を共に過ごした。


「昨夜、娘さんと話をされて……。

 九条大臣ご自身も、いろいろ思うところがあったのだろう」


 千石は深く頭を下げた。


「身に余るお言葉、ありがとうございます。

 ですが、どのような経緯であれ、我々が誘拐を未然に防げなかったことに変わりはありません」


 委員長は苦笑しながら肩をすくめた。


「相変わらず、自分に厳しい男だな」


 しかし、その表情はすぐに引き締まる。


「だが、本当によくやってくれた。

 宣言どおり、お前たちは見事に"七日以内にすべてを取り返した"」


 委員長は姿勢を正し、厳かな口調で告げた。


「千石警察庁長官。

 此度の件については──その一切を不問とする」


「それと柏木警視長にも伝えてくれ。

 『よくやってくれた』とな」


 千石は静かに一礼し、力強く敬礼する。


「──承知いたしました」


 通信が終了し、モニターの明かりが静かに消えた。


 千石はしばらくその場に立ち尽くしたあと、部屋を出ると柏木へ電話をかけた。




 ──【Zero】オフィス 午後三時。


 九条家の別邸から戻ってきた玲依は、アリスと心春の三人でティータイムを楽しんでいた。


「そっかー。じゃあ、もうしばらくの間は玲依ちゃんもここで一緒に暮らせるんですね」


 心春が紅茶を一口飲みながら嬉しそうに言う。


「うん。お父様にお願いしたら、準備が整うまではここにいてもいいって言ってくれたの」


 玲依はお菓子を頬張りながら、小さく頷いた。


 その話を聞いて、心春はほっと胸を撫で下ろす。


 そんな玲依を見て、アリスがにやりと笑った。


「へぇ〜。"お願いした"ってことは、玲依もアタシたちと一緒にいたかったのね〜。

 お姉さん、とっても嬉しいわよ〜♡」


 そう言うと、アリスは玲依の頭を優しく撫でる。


 すると玲依は顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がった。


「ち、違うわよ!これは……えっと……そう!

 心春が心配だから!

 わたしがいないと心春が泣いちゃうでしょ!」


「ふぇっ!?わたしですか?

 確かに玲依ちゃんがいてくれると楽しいですけど……泣くほどでは──」


「うるさいっ!

 心春は黙って、わたしの話に合わせなさい!」


「ふぇぇ〜!なんでですか〜!?」


 二人のやり取りを見ながら、アリスはくすりと笑う。


 こうして何気ない日常が戻ってきたことが、何より嬉しかった。


「まあまあ、玲依。その辺にしてあげなさい。

 それに、お姉さんの言うことはちゃんと聞くものよ」


 アリスは優雅に紅茶を口へ運ぶ。


 玲依も落ち着きを取り戻し、席へ座り直した。


 一口、紅茶を飲んでから、神妙な顔で頷く。


「そうね……。アリスの言う通りだわ、心春。

 お姉さんの言うことはちゃんと聞くのよ」


 心春とアリスが同時に首を傾げた。


「え?」


「え?」


 玲依もつられて首を傾げる。


「……え?」


 三人の間に沈黙が流れる。


 玲依だけが不思議そうな顔のまま、お菓子をもぐもぐ食べていた。


「?? だって、わたしの方がお姉さんでしょ?

 アリス、わたし、心春の順番なんだから」


 あまりにも当然という口調だった。


「はぇぇぇぇぇっ!?

 なんでそうなるんですかー!」


 心春が思わず絶叫する。


 その隣では、


「ぷっ……あははははっ!」


 アリスが机を叩いて大笑いしていた。


 


 ──玲依の通う学校 校門前 午後四時。


 レオは警察の要人専用車である黒塗りの公用車を停め、玲依を迎えに来ていた。


 待っている間、昨夜のやり取りを思い出す。


   ────


「ねぇ、レオ。

 明日、わたしのお迎えに来てほしいんだけど……ダメ?」


 玲依は少し上目遣いになって、可愛らしくお願いした。


「ふっ。この私が、未来のレディからのお願いを断ると思うかい?もちろん、喜んで引き受けよう!」


 レオは芝居がかった動作で玲依の前に跪き、その手をそっと取る。


 その様子を見ていたアリスが、小さく呟いた。


「……キモッ」


 しかし、レオの耳にはまったく届いていない。


「おい、玲依。なんで明日は俺じゃダメなんだよ?

 普段は俺が迎えに行ってるだろ?」


 ジョージが少しだけ不満そうに尋ねる。


「明日はレオがいいの!」


 玲依は即答した。


「レオ。明日は友達も一緒に乗せて送ってあげたいんだけど、いいかしら?」


「ああ!もちろん構わないさ!」


 レオは満面の笑みで答え、玲依とハイタッチを交わす。


 その光景を見て、すべてを察したアリスは無言でジョージの肩をぽんぽんと叩いた。


「……なんだよ」


 ジョージが不機嫌そうに振り向く。


 アリスは苦笑しながら肩をすくめた。


「安心しなさい。

 別に玲依はアンタに不満があるわけじゃないのよ」


「ただ……」


 一拍置いて、にやりと笑う。


「ビジュアルの問題ね」


 その日、レオは──


 『友達に自慢したいお兄ちゃん』の称号を手に入れた。




 ──【Zero】オフィス 午後八時。


 夕食を終えた玲依は、ゲームをしようと休憩室へ向かった。


 その背中へ、柏木が声をかける。


「おーい、玲依。

 ゲームもいいけど、宿題もちゃんとやるんだぞ」


「ここへ来て成績が落ちたなんて言われたら、おじさんの首が飛んじゃうからな〜」


 冗談交じりの言葉に、玲依はむっと頬を膨らませる。


「はーい……」


 渋々ランドセルから宿題のプリントを取り出し、机へ広げた。


 そこへ心春が温かい紅茶を運んでくる。


「玲依ちゃん、これ飲んで頑張りましょうね」


「ありがとう」


 玲依は一口飲むと、ちょうど仕事から戻ってきた相津が休憩室へ入ってきた。


 その瞬間、玲依の頭に名案が浮かぶ。


「おかえりなさい、相津!」


「ああ、ただいま」


「ねぇ、ちょっと勉強を教えてほしいんだけど……忙しい?」


 相津が立ち止まる。


「心春じゃ難しいらしくて、分からないの」


「ふぇっ!?わたしそんなこと──」


 言いかけた心春の口を、玲依が慌てて両手で塞いだ。


「んむぐっ!?」


 何事もなかったかのように、玲依は相津へ向き直る。


「わたしが思うに、この中で一番頭がいいのって相津でしょ?」


「……お願い。ダメ?」


 潤んだ瞳で見上げられ、相津は鼻で笑った。


「ふっ、いいだろう。

 賢い者に教わった方が効率がいいのは当然だからな」


 満更でもない様子でドヤ顔を浮かべると、玲依の隣へ腰を下ろす。


「ここはな──」


 相津は次々と問題を解きながら説明していく。


「わぁ〜、すごーい!」


「次の問題は?」


「さすが相津!

 やっぱり他のみんなとはレベルが違うわね!」


「ふっ。

 この俺を、あんな連中と一緒にしてもらっては困るな」


「いや、そもそも比較すること自体がおかしいか──」


 完全に気分を良くした相津は、そのまま宿題をどんどん進めていく。


 その様子を眺めながら、心春は静かに紅茶をすすった。


(玲依ちゃん……

 もうそれ、相津さんが宿題やってるよね……。

 ……なんて恐ろしい子……)


 ズズッ――。


 その日、相津は──


 『便利なお兄ちゃん』の称号を手に入れた。




 ──ある土曜日 【Zero】オフィス 午前二時。


 玲依は深夜、ふと目を覚ました。


 隣で眠る心春を起こさないよう、そっと布団を抜け出す。


 すると、作戦指令室の方からかすかな物音が聞こえてきた。


 玲依は静かに廊下を進み、指令室のドアを軽くノックする。


 扉が開くと、中から翔がひょこっと顔を出した。


 翔は辺りをきょろきょろと見回すと、人差し指を唇に当てて「シーッ」と合図を送り、そのまま玲依を部屋へ招き入れた。


「……内緒にしといてよ、玲依。見つかると柏木さんや心春ちゃんがうるさいからさ」


 翔はコントローラーを握ると、一時停止していたゲームを再開する。


 玲依は画面を見つめ、目を輝かせた。


「いいよ。その代わり、そのゲーム面白そうだし……わたしにもやらせて!」


 ゲーム画面を指差しながらお願いすると、翔はニヤリと笑った。


「ふっふっふ……このゲームの素晴らしさが分かるとは。玲依もなかなか見どころがあるじゃないか」


 そう言ってもう一つのコントローラーを差し出す。


「よし、協力プレイだ。一狩り行きますか!」


「うん!」


 二人は肩を並べ、真夜中のゲームに夢中になった。


 翌朝、柏木たちに見つかって二人そろって怒られることになるとは、この時はまだ知らない。


 翔は『悪友』の称号を手に入れた。


 

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