『護衛MISSION ⒁─二対一の決闘─』
──玲依がいる十階建てビル二階。
一階を制圧したジョージは、そのまま二階へと足を踏み入れた。
ザザッ──。
「翔、敵はあと何人だ?」
〈まともに動けそうなのは、あと二人だけだよ。
隠れもせず、この先の広いホールで待ち構えてる。……おそらく強敵だよ〉
その報告を聞いたジョージは、静かに立ち止まると、身にまとっていた《ケルベロス》の装甲に手を掛けた。
ガチャッ、ガチャッ──。
重厚な装甲を一つ、また一つと外していく。
〈ちょっ!?ジョージ、何してるんだよ!〉
翔の驚いた声がインカム越しに響く。
「残りは二人……。近距離での二対一だ。
雑魚相手ならともかく、本当に実力者なら、この重装甲じゃ動きについていけねぇ」
胸部、肩、脚部──装甲を次々と外し、最後にはフェイスガードだけを残した。
ジョージは軽く肩を回し、拳を握る。
「ここまでサポートありがとよ。
ここから先は俺一人で十分だ。
親玉の待つ最上階まで、一気に行ってくらぁ」
そう言って笑うジョージに、翔は小さくため息をついた。
〈……別に心配なんてしてないし。脳筋ゴリラのお世話が終わって、せいせいするよ〉
「ワッハッハッ!素直じゃねぇな、お前は」
豪快に笑ったジョージは、最後にフェイスガードを外す。
ガコン──。
無骨な仮面を床へ放り投げると、素顔には獣のような鋭い闘志が宿っていた。
「……行ってくる」
短く、それだけを告げる。
ジョージは左腕にシールドを装着すると、ホールの奥へ向かってゆっくりと歩き出した。
ここから先は、装甲に守られる戦いではない。
己の肉体と力だけで切り拓く、本当の決戦が始まろうとしていた。
──二階 コンベンションホール。
ジョージがホールへ足を踏み入れると、そこには二人の男が待ち構えていた。
中国マフィアのリーダー。
その手には、柄に飾り紐の付いた中国刀が握られている。
そして、皇城インフラ開発の幹部。
上着を脱ぎ捨て、無駄のない構えを取るその姿は、歴戦の武術家そのものだった。
幹部はジョージを見て口元を吊り上げる。
「なんだ、装甲を脱いじまったのかよ。
せっかく、この手で仮面を剥ぎ取って、その面を拝んでやろうと思ってたのによ」
リーダーも中国刀を軽く振り、刃鳴りを響かせる。
「好都合ダ。
装甲を貫く手間が、一つ減ったンダ」
三人は互いを見据えたまま、ゆっくりと歩き出した。
自然と一定の距離を保ち、円を描くように位置を変えていく。
静寂が張り詰める。
ジョージは左腕のシールドを構え、不敵に笑った。
「いいのか?
こんな広い場所じゃ、身を隠す場所なんて一つもねぇぞ?」
幹部は鼻で笑う。
「はっ、察しの悪い野郎だ。
ここはな、お前を逃がさねぇために用意した舞台だよ。
好き放題暴れやがって、こっちの戦力をほとんど潰しやがった。
……その代償、きっちり払ってもらうぜ!」
言い終えた瞬間だった。
ヒュンッ!!
リーダーの中国刀が、突きに特化した鋭い一閃となってジョージの喉元を襲う。
ジョージは紙一重で身を捻り、それをかわす。
しかし、そこへ逆側から幹部の回し蹴りが炸裂した。
ガンッ!!
シールドで受け止めた──その直後。
「っ!」
幹部の脚が蛇のようにジョージの腕へ絡みつく。
関節を極め、そのままへし折ろうと力を込めた。
グルンッ!
ジョージは即座に自ら腕の回転方向へ身体をひねり、関節技の力を受け流す。
そのまま幹部を弾き飛ばし、大きく後方へ飛び退いた。
両者、再び距離が開く。
幹部は感心したように笑う。
「へぇ……。初見でこの関節技を外すか」
リーダーも静かに頷いた。
「私の突きも避けられタ。
さっきまでの装甲を着ていたナラ、そのまま服ごと貫いて終わっていたンダガナ」
二人が余裕の笑みを浮かべる中、ジョージは肩を回しながら笑った。
「なるほどな。
突きに特化した剣士と、関節技を主体とする武術家か」
「どっちも、あの装甲なんざ関係なく殺しに来られる相手ってわけだ」
ポキッ、ポキッ。
首と拳を鳴らし、その場で軽く跳ねる。
「やっぱ脱いで正解だったぜ。
重い装甲もなくなって、ようやく身体が馴染んできたところだ……」
ジョージは獣のような笑みを浮かべた。
「突きだろうが、関節技だろうが好きに来い。
全部まとめて──正面から叩き潰してやる!」
挑発するように指先を向ける。
二人も同時に構えを取った。
三人の殺気が、静まり返ったホールを震わせた。
するとジョージの余裕ある態度が癇に障ったのか、次の瞬間、怒涛の連続攻撃が始まった。
ガキィンッ!
バッ! バッ! ドゴォン!!
中国マフィアのリーダーは鋭い突きを絶え間なく繰り出し、幹部はその隙を突いて間合いへ踏み込む。
ジョージは左腕のシールドを巧みに使い、中国刀の突きを受け流しながら、幹部へ強烈な拳を振るっていた。
幹部は紙一重で攻撃をかわし続ける。
(なんて一撃だ……)
(まともにもらえば、一発で終わる……)
(それに、あの盾……。
突きを完全に防ぐ強度とは厄介すぎる)
リーダーが視線だけで幹部へ合図を送る。
(……ちっ、分かってるよ)
(あの盾をどうにかしろってことだろ)
二人の呼吸が合った。
リーダーが一気に連続突きを放つ。
ガガガガッ!!
ジョージは全てシールドで受け切った。
しかし、その衝撃で上半身がわずかに仰け反る。
その一瞬。
幹部が凄まじい速さで懐へ飛び込んだ。
だが、ジョージも反応する。
仰け反った体勢のまま、全身のバネを利用して左腕のシールドを振り抜いた。
ドゴォンッ!!
「ぐはっ!」
幹部はまともにもらい、大きく血を吐く。
しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。
「……はぁ……はぁ……俺はここまでだ。
だが、その代わり……お前の左腕は、もらっていく!」
ゴキッ!!
倒れ込む寸前、幹部はジョージの左肩関節を極め、そのまま外した。
「くっ……!」
左腕から力が抜ける。
シールドごと腕がだらりと垂れ下がった。
幹部は満足そうに笑うと、そのまま意識を失った。
ジョージは左肩を入れ直そうとする。
しかし──。
ヒュンッ!
ヒュンッ!
ヒュンッ!
リーダーの突きが容赦なく襲い掛かる。
肩を直す暇すら与えない。
ジョージは防戦一方へ追い込まれていく。
そして──。
ザシュッ!!
「ぐっ!」
鋭い切っ先が右腕を切り裂いた。
致命傷ではない。
だが、右腕にも深い傷を負う。
左腕は脱臼。
右腕は負傷。
両腕は力なく垂れ下がり、左手からシールドが床へ転がった。
リーダーはゆっくりと刀を構え直す。
「ここまで戦えたことは称賛スル。
だが……終わりダ。
自分の行いを悔やみながら死ンデイケ」
必殺の突きが放たれる。
その瞬間だった。
ジョージは血まみれの右手でシールドを拾い上げると、それを脱臼した左肩へ押し当てた。
ガキィンッ!!
刀の突きを真正面から受け止める。
その衝撃が、そのまま左肩へ伝わる。
ゴキッ!!
鈍い音と共に、外れていた肩関節が元の位置へとはまった。
「……何ダト!?」
リーダーの目が見開かれる。
ジョージは、その一瞬の隙を見逃さなかった。
伸び切った相手の腕へ鋭い蹴りを叩き込む。
バキッ!!
中国刀が宙へ舞う。
その勢いのまま身体を回転させると──
全体重を乗せた渾身の左ストレートが炸裂した。
ドゴォォォン!!
「ゲハッ!!」
リーダーは唾液と血を撒き散らしながら吹き飛び、そのまま床へ倒れ込む。
二度と立ち上がることはなかった。
ジョージは荒く息を吐きながら、拳を下ろす。
「……はぁ……はぁ……。
結構やるじゃねぇか、お前ら……」
ジョージが息を整えようと目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした──その瞬間。
背後の扉が勢いよく開き、一つの影が一直線に飛びかかってきた。
ドンッ!
ジョージが振り向く。
目の前には、ナイフを握った榊悠馬がいた。
「ひゃはははははっ!二度も同じ手に引っかかるなんて、本当にバカだなァ!」
狂気じみた笑みを浮かべながら、榊は勝ち誇ったように叫ぶ。
「知ってるだろ?そのナイフには麻痺毒が塗ってある!じきに体は動かなくなる。そのまま気絶したら、今度はゆっくり殺してやるよ……!」
榊の笑みはさらに歪む。
「その次はあいつだ。
ボクを舐め腐った"ジョーカー"……」
「なにが『断言する』だ?笑わせるな!
バカなんてこんな簡単に殺せるんだよ!」
高笑いを続ける榊だったが、ふと違和感に気付いた。
「……あれ?」
右腕が動かない。
視線を落とす。
ナイフはジョージには刺さっていなかった。
ジョージの左手が、榊の右腕を万力のような力で掴み、完全に止めていた。
「なっ……!」
慌てて腕を引き抜こうとした、その瞬間。
ボキッ。
骨の砕ける鈍い音が響く。
「ぐあああぁぁぁぁっ!」
絶叫が部屋中に響いた。
「き、貴様ァァ!ボクの腕を……!」
榊の右腕は、不自然な方向へ折れ曲がっていた。
ジョージは榊を一瞥すると、深いため息を漏らした。
「……はぁ。またてめぇか」
その視線には怒りすらない。
ただ、呆れているだけだった。
「その傷……レオにでもやられたか?」
ジョージは鼻で笑う。
「悪ぃが、今の俺はてめぇなんかに構ってる暇はねぇ」
そう言い残し、榊に背を向けて歩き出す。
玲依のもとへ向かうために。
その態度が、榊の自尊心を完全に踏みにじった。
「待てぇぇぇぇっ!」
半狂乱になった榊が叫ぶ。
「ボクを無視するな!
お前みたいな無能が見下していいはずがない!」
折れた腕にも構わず、榊は突進した。
「……バカが」
ジョージは振り返ることなく呟く。
次の瞬間、左手が榊の頭を鷲掴みにした。
そのまま――。
ドガァァァァァン!!
榊の頭を壁へ叩きつける。
壁が砕け、一面に亀裂が走った。
「これ以上──」
ジョージは榊を壁へ押し込みながら、怒号を響かせる。
「玲依を迎えに行く俺の邪魔をするんじゃねぇぇぇぇぇ!!」
壁は限界を迎え、轟音とともに崩壊した。
榊の身体は瓦礫ごと向こう側へ吹き飛び、そのまま床へ転がる。
もう、立ち上がることはできなかった。
──玲依がいる十階建てビル 一階正面入口前。
心春の操縦する軍用ヘリコプターが、ゆっくりと地面へ降り立った。
ローターの風が土煙を巻き上げる中、柏木と心春が機体から降り立つ。
すると、正面ではすでにレオが二人を待っていた。
「やあ、二人とも。大活躍だったじゃないか」
レオは穏やかに微笑むと、後方の建物を指さした。
「とりあえず、降伏した連中は全員あそこの建物へ閉じ込めておいたよ」
「いてて……。久々に前線へ出たから腰が痛ぇわ」
柏木は腰をさすりながら苦笑する。
「残党処理、ありがとなレオ。助かったよ」
「レオさんもお疲れさまです!」
心春も満面の笑みで頭を下げた。
「あんな遠くから正確に狙撃できるなんて、本当にすごかったです!」
「ありがとう」
レオは軽く笑って応えると、静かにビルを見上げた。
「さあ、真一の命令どおり──私たちも玲依を迎えに行くとしようか」
三人は頷き合い、迷うことなくビルの中へと駆け出した。
──それぞれ別の場所で戦っていた獣たちは、大切な"子"のもとへ集い、再び一つの群れとなる。
獣たちに牙を剥いた者たちは、最後まで理解することはなかった。
自分たちが攫ったのは、一人の少女ではない。
獣たちにとって、何ものにも代え難い──"家族"だったのだと───




