『護衛MISSION ⒀─相津の意図─』
──玲依がいる十階建てビル 一階。
ビルへ突入したジョージは、なおも暴れ回っていた。
ドゴォォォン!!
敵の攻撃をものともせず突進すると、そのまま体当たりを叩き込み、五人まとめて吹き飛ばす。
「ぐわぁぁっ!」
人の塊が壁へ激突し、床へ転がった。
「クソッ!あの装甲服を着ている限り、銃じゃほとんど効かねぇ!」
「こうなりゃ鈍器でぶっ潰すしかねぇ!」
「単独で行くな!四方から一斉に襲え!」
敵は銃を捨て、ハンマーや鉄パイプなどの鈍器を手に取り始めた。
その様子を、防犯カメラを通して翔が確認する。
ザザッ──。
〈ジョージ。敵が四方へ展開したよ。武器も銃から鈍器に切り替えてる〉
翔は相津から任された役目を果たすべく、監視カメラを駆使して敵の位置をリアルタイムで伝えていく。
「へっ……。
やっと直接ぶん殴りに来る気になったか」
ジョージは背中のリュックから小型シールドを取り出し、左腕へ装着した。
〈ジョージ!三時、六時、九時の方向から、それぞれ三人ずつ!一斉に来る!〉
「おう!」
ジョージは返事と同時に三時方向へ駆け出した。
「オラァァァァァ!!」
勢いよく扉を開けた敵の目の前には、すでにジョージの姿。
「なっ──」
言い終わる前に、豪快なラリアットが炸裂した。
ドゴォォン!!
三人まとめて吹き飛ばされ、廊下の奥まで転がっていく。
そこへ今度は六時方向と九時方向からハンマーを振り上げた敵が迫る。
ガギィン!!
ジョージは左腕のシールドで二本同時に受け止めると、そのまま力任せにハンマーを奪い取った。
「返すぜぇ!」
ブォンッ!!
振り下ろされた一撃が敵をまとめて薙ぎ倒す。
バゴォォォォン!!
その激戦を、吹き抜けとなった二階から皇城インフラ開発の幹部と、中国マフィアのリーダーが見下ろしていた。
「……まるで象を相手にしてる気分だぜ」
「突破されるのも時間の問題ダナ。
もう戦える者はほとんど残ってイナイ。
我々が出るしかナイ」
「チッ……。本当に千人近く潰しやがった。
高くつく仕事になったぜ」
二人は顔をしかめると、そのまま奥へ姿を消した。
一方、ジョージは翔の援護を受けながら着実に敵を制圧していく。
〈ジョージ!上から敵が──〉
「ナメてんのかコノヤローッ!!」
ドゴォン!!
〈ジョージ!右から矢が──〉
「しゃらくせぇ!!」
バキィッ!!
〈ジョージ!後ろからバイクが──〉
「俺を轢きたきゃ戦車でも持ってこいっ!!」
ドガァァァン!!
翔は無線を握ったまま、しばらく黙り込んだ。
〈…………ねぇ、ジョージ〉
「おう?」
〈……僕、いる?〉
ジョージは敵を殴り飛ばしながら豪快に笑う。
「ああ!めちゃくちゃ助かってるぜ!」
「オラァァァッ!!」
ボガァァァン!!
〈……ああ、そう。
なら、よかったです……〉
翔はどこか釈然としない表情でモニターを見つめるのだった。
──玲依がいる十階建てビル 五階。
アリスが玲依を保護してから数分。
相津はインカムに手を添え、アリスへ通信を入れた。
ザザッ──。
「アリス、よくやった。
予定どおり、そのまま玲依の保護を頼む」
「通路のレーザーが、今度はお前たちを外敵から守る壁になる」
「俺は元凶──権藤を押さえに行く。
あとは頼んだぞ」
〈ええ、任せてちょうだい!
その代わり、ちゃんと全員で玲依を迎えに来てあげてね!〉
アリスらしい、不器用な激励だった。
相津は口元をわずかに緩める。
「……当然だろ」
短く答えると、最上階を目指して階段を駆け上がった。
ザザッ──。
「翔、今少し話せるか?」
〈うん、大丈夫だよ。
ほとんどジョージが一人で片付けちゃってるし……〉
その口ぶりだけで、相津は一階の戦況をおおよそ察した。
「権藤の状況を教えてくれ。
奴の部屋の防犯カメラ映像は、予定どおり差し替えてあるな?」
〈もちろん。ちょっと待って……〉
翔はモニターを素早く確認する。
〈……うん、まだ気付かれてないみたい。
権藤はソファにふんぞり返って酒を飲んでる〉
〈襲撃されたこと自体は報告を受けてるけど、偽の映像を見て『味方が迎撃している』と思い込んでるんじゃないかな〉
相津は無言で数秒考え込む。
「玲依の監禁部屋の映像は?」
〈そっちも問題なし。
アリスが侵入する前から、玲依が一人で眠っている映像をループ再生させてる〉
〈ただ……さすがに同じ映像が長すぎるから、そろそろ違和感を持たれてもおかしくないね〉
「了解。状況は把握した」
相津は一段飛ばしで階段を駆け上がりながら、静かに続けた。
「悪いが、これから俺の通信を強制通話に切り替えてくれ。メンバー全員に対してだ」
〈了解〉
翔は相津の意図を察したのか、それ以上は何も聞かなかった。
すぐに操作を終えると、小さく頷く。
〈準備オッケー。いつでもいいよ、相津〉
ザザッ──。
「こちら相津。
取り込み中の奴がいたら悪いが、全員に連絡だ」
「先ほど、玲依を保護した。
現在はアリスと共に監禁部屋で待機中だ」
その一報だけで十分だった。
インカム越しに返事はない。
だが、誰もが胸をなで下ろし、同時に闘志を燃え上がらせていた。
相津は続ける。
「全員、分かっているとは思うが、これで任務完了じゃない。
作戦開始前にも言ったはずだ。
最重要任務は──"全員で生きて玲依を迎えに行くこと"。
現時刻をもって作戦を最終段階へ移行する。
全員、最終ポイントへ向かえ。
言っておくが、これは命令だ。
拒否権はないからな」
〈〈〈〈〈〈了解!!〉〉〉〉〉〉
返ってきた声は、誰一人迷いのない力強い返答だった。
玲依を救出したことで、全員の士気は最高潮に達していた。
通信が通常回線へ戻る。
ザザッ──。
〈……相津、一ついい?〉
「なんだ?」
〈僕だけ、そっちへ行けないんだけど?〉
翔は笑いを堪えながらわざと不満そうに言った。
相津もすぐに意図を察する。
「分かってる。埋め合わせはする。
今回はそれで勘弁してくれ」
〈ふふっ、冗談だよ。
僕はそんな器の小さい男じゃないからね〉
二人は思わず笑った。
束の間の静寂。
やがて翔が、ずっと胸に引っ掛かっていた疑問を口にする。
〈……ねぇ、相津。
もう一つ聞いてもいいかな?〉
「なんだ?」
〈今回さ、無理に途中で玲依と合流しなくても、敵を全部片付けてから安全に迎えに行くこともできたよね?〉
〈それなのに、危険を承知でアリスを先に監禁部屋へ向かわせた〉
〈それはさっきみたいに皆の士気を上げるため?
それとも……玲依のため?〉
翔に責める気持ちはまったくない。
ただ、相津が何を考えていたのか知りたかった。
相津は階段を上りながら、ふとジョージと地下で交わした会話を思い出す。
───『お前が加われば"100%"必ず玲依を助け出せる』
あの時、自分が口にした言葉。
(もしジョージが玲依を助けた時……
玲依が虚ろな目をしていたり、絶望に沈んだままだったら──
それは俺の言う『100%』じゃない)
相津は小さく笑った。
「さあ?……どっちだろうな?」
〈ちぇっ。
教えてくれないなんて、相津もケチだね〉
翔は肩をすくめるような声で笑う。
〈……まあ、結果オーライだし。
気にするのはやめておくよ〉
プツッ。
通信が切れた。
相津は何も言わず、ただ静かに最上階への階段を上り続けた。
──五階 玲依の監禁部屋。
ようやく落ち着きを取り戻した玲依をベッドへ座らせると、アリスも隣に腰を下ろし、そっと肩を寄せた。
「……玲依。ちゃんとアンタの声はアタシたちに届いてたわ。この状況で、よくインカムのことを覚えてたわね」
優しく頭を撫でられながら、玲依はゆっくりと口を開く。
「うん……。最初は何が何だか分からなかったけど、この部屋に来てからはずっと一人だったから……。
ジョージに言われたことを思い出して……布団の中に隠れて、インカムに話してたの……」
アリスは部屋を見回した。
殺風景な四角い部屋には、ベッドが一つ、トイレが一つ、小さな冷蔵庫が一つ。
天井には監視カメラが二台設置され、壁には三十センチほどの小さな鉄窓がある。
おそらく、食事はあの窓から渡されていたのだろう。
「でも、よくインカムを取り上げられなかったわね。
バッグなんかは全部没収されてるじゃない。どうやって隠してたの?」
それはアリスだけでなく、【Zero】の全員が気になっていたことだった。
玲依は少し照れたように頷く。
「ジョージが『肌身離さず持ってろ』って言ってたから……。
それで、アリスが教えてくれた……女の子が大事なものを隠す場所に、ずっと入れてたの」
そう言うと玲依は胸元を少し開き、服の内側へ手を入れた。
取り出したのは、小さなインカム。
キャミソールの胸元に付いた小さなポケットへ隠していたのだ。
一度も手放すことなく、大切に守り続けていた。
「あははっ……なるほどね」
アリスは思わず吹き出した。
「それじゃあ、あの連中が見つけられないわけだわ」
そう言って玲依の頭を優しく撫でる。
「玲依。
アンタ、将来きっと素敵な女性になるわよ」
「……えへへ」
玲依は少し照れくさそうに笑った。
その笑顔は、監禁されて以来、初めて見せる年相応の笑顔だった。
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