『護衛MISSION ⑻─怒れる獣の突入─』
──作戦決行日(玲依奪還期限まで、あと一日)
午後二時。
相津は大きな荷物を肩に担ぎ、玲依が監禁されている施設の向かいに建つ高層マンションの一室を訪れていた。
ピンポーン。
インターホンを鳴らすと、ほどなくして扉が開く。
「やあ、待ってたよ」
迎えたのはレオだった。
相津は軽く頷くと部屋へ入り、背負っていた荷物を床へ降ろした。
室内には、事前に搬入しておいた資材や機材が整然と並べられている。
窓際へ歩み寄ると、眼下には『皇城インフラ開発』の広大な敷地が一望できた。
敵施設を監視するには申し分ない場所だ。
「いい部屋じゃねぇか」
相津が冗談交じりに言うと、レオは肩をすくめて笑った。
「そうだろう?
見つけるまで、私もずいぶん苦労したんだよ」
二人は小さく笑い合う。
相津は持参した荷物をレオへ手渡した。
レオは一つひとつ中身を確認し、満足そうに頷く。
「これで準備は整ったね……」
荷物を片付けながら、ふと思い出したように続けた。
「そういえば、予定どおり午前中にアリスが来たよ。
作戦内容を説明したら、珍しく何も文句を言わずに出ていった」
その言葉に、相津は小さく笑みを浮かべる。
「今回ばかりは、アリスだけじゃない」
窓の外に広がる敵施設を見据えながら、静かに言った。
「全員、同じ気持ちさ……。
玲依を助けたい。ただ、それだけだ」
そして隣に立つレオへ視線を向ける。
「……お前もそうだろ、レオ」
レオは答えなかった。
ただ静かに微笑み、その視線を敵施設へ戻す。
言葉など必要なかった。
二人の想いは、最初から同じだった。
──作戦決行日(玲依奪還期限まで、あと一日)
午後九時 皇城インフラ開発施設 正門。
二人の守衛が、暇そうに警備室の前で雑談をしていた。
「なあ。この一週間、社長命令で『身内以外は絶対に敷地へ入れるな』って言われてきたけどよ……」
一人が大きく欠伸をしながら続ける。
「結局、誰も来なかったな」
「ああ。襲撃されるかもしれないなんて散々脅されたけど、こんな要塞みたいな場所を襲う物好きなんかいる訳ねぇよ」
もう一人も苦笑いを浮かべる。
「それに、あの中国マフィアまで用心棒として呼んだんだろ?あいつら態度ばっかデカくて嫌になるぜ。早く帰ってくれりゃいいのによ」
「おい、声がデカいって。聞かれたら俺たちまで何されるか分からねぇぞ」
「そんなビビるなって。誰も来な──」
言葉の途中で男が目を細めた。
「……おい。」
「ん?」
「あれ……何だ?」
正門の向こう。
街灯に照らされながら、一つの黒い影がゆっくりと近づいてくる。
「……人か?」
異様だった。
全身を漆黒の装備で覆い、身体は不自然なほど分厚い。
頭にはフルフェイスヘルメット。
バイザーには黒いフィルムが貼られ、顔はもちろん、視線さえ読み取れない。
男なのか女なのか。
年齢も、表情も、一切分からない。
ただ一つだけ分かるのは──。
その足取りに、一切の迷いがないことだった。
「……止めるぞ」
二人は銃を構え、正門へ歩み寄る。
「おい!止まれ!」
黒い影は歩みを止めない。
「誰だ貴様!ここは関係者以外立入禁止だ!
今すぐ引き返せ!」
返事はない。
黒い影は、一定の歩幅のまま近づいてくる。
「……聞こえねぇのか!」
守衛が銃口を向けた。
「これ以上近づけば撃つ!命は保証しねぇぞ!」
それでも歩みは止まらない。
まるで警告など最初から存在しないかのように。
「チッ……!」
バンッ! バンッ!
威嚇ではない。
足を狙った実弾だった。
銃弾は確かに命中した。
──だが。
「なっ……!」
黒い影は速度すら変えない。
弾かれたような鈍い音だけを残し、そのまま歩き続ける。
「当たった……よな?」
「何で止まらねぇんだ!」
守衛は慌てて引き金を引き続ける。
バンッ! バンッ! バンッ!
しかし結果は同じ。
まるで装甲車でも相手にしているかのように、一歩たりとも止まらない。
そして。
黒い影が、守衛の目の前まで来た。
一瞬だった。
ブォンッ──!
振り抜かれた拳が、守衛の腹部へめり込む。
「がっ……!」
空気ごと肺を押し潰された守衛は、声にならない悲鳴を漏らし、胃の中のものを吐き散らしながらその場へ崩れ落ちた。
「て、てめぇ!」
もう一人が恐怖に顔を歪め、銃を乱射する。
だが。
結果は変わらない。
黒い影は真正面から銃弾を受けながら、一歩踏み込む。
そして──。
ゴッ!!
鋼鉄のような拳が守衛の顔面を捉えた。
守衛の身体は宙を舞い、そのまま地面へ叩きつけられる。
一撃。
それだけで意識は途切れた。
静まり返った正門に、立っているのは黒い影ただ一人。
その影──ジョージは、ゆっくりと正門を見上げた。
そして昨日の夜、武器庫で相津から渡された"ある装備"のことを思い出すのだった───
◆
「"こいつ"は……?」
「ジョージ専用に開発されたバトルスーツ──その名も『重装甲強襲服』だ」
「…………それ、お前が名付けたのか?」
ジョージは呆れたように相津を見た。
「いや。名付けたのは制作者と翔だ」
その答えを聞き、ジョージはどこか納得したように頷く。
「制作者はともかく、翔なら納得だ」
相津は苦笑しながら説明を続けた。
「名前はどうでもいい。重要なのは性能だ」
「このスーツは銃撃、斬撃、電撃、炎──あらゆる攻撃への耐性を備えている。もちろん限界はあるが、大型ライフルやミサイル級でもない限り、通常火器で致命傷を負うことはまずない」
「さらに絶縁、耐火素材を使用しているため、炎上した建物への突入も可能だ」
説明を聞いたジョージは目を丸くした。
「すげぇじゃねぇか!
こんな装備があるなら、俺だけじゃなく全員着ればいいだろ!」
興奮した様子で、さっそくスーツへ袖を通す。
そんなもっともな疑問に、相津は静かに首を振った。
「そう簡単な話じゃない。当然デメリットもある」
「重量があること。
関節部は工夫されているが機動力は落ちる。
フェイスガードで顔を覆うため呼吸がしづらく、体力の消耗も激しい」
「普通の人間なら、それだけで戦闘能力はかなり落ちる」
「……だが、お前ならその欠点をほとんど打ち消せるんじゃないか?」
着替え終えたジョージは、拳を繰り出し、蹴りを放ち、武器を構え、全身を動かして装着感を確かめていく。
一通り確認を終えると、満足そうに頷いた。
「ああ、問題ねぇ……」
「確かに機動力は少し落ちる。
だが、この装備は一対一じゃなく、多人数相手の乱戦を想定した装備だろ?」
「タイマンなら多少不利になるが、乱戦ならメリットの方が圧倒的にデカい」
相津は、その冷静な分析に安堵したように小さく笑った。
「その様子なら心配はいらないな。
ジョージ──今回の玲依奪還作戦、お前の任務を伝える」
ジョージの表情が引き締まる。
真っ直ぐ相津を見つめるその瞳には、揺るぎない決意と静かな闘志が宿っていた。
相津も向き直ると、ジョージの胸へ拳を軽く当てる。
「お前の任務は、この《ケルベロス》を着て正面から突入し、施設を制圧すること」
「敵の注意を、すべてお前一人に向けさせろ」
「そして──」
相津は一拍置き、静かに告げた。
「敵戦力、約千人……」
「"その全てを殲滅しろ"」
◆
倒れ伏した二人の守衛には目もくれず、ジョージは正門脇の警備室へ入る。
そして非常警報のボタンを拳で叩き潰した。
ウゥゥゥゥゥゥゥーーーーッ!!
施設全体に、耳をつんざくサイレンが鳴り響く。
ジョージは堂々と敷地へ足を踏み入れ、小さく呟いた。
「普段の俺なら、てめぇらと楽しく遊んでやるとこだが……」
「今日はダメだ。
一人も逃がすつもりはねぇ」
ゆっくりと拳を握る。
「さあ、全員出て来やがれ」
「一人残らず──殲滅してやる!」
──舞台の幕は上がった。
けたたましい警報が夜の施設に響き渡る。
そして今──。
一切の枷を外した一頭の獣が、巨大な要塞へと解き放たれる。
果たして喰われるのは獣か。
それとも、獲物か──。




