『護衛MISSION ⑺─それぞれの想い─』
──玲依奪還期限まで、あと三日 午後四時。
相津は『皇城インフラ開発』の施設に隣接するビルから、《アイズ》を使って玲依が監禁されている位置を割り出していた。
しばらく施設内を観察したあと、スマートフォンを取り出し、すでに施設へ潜入しているアリスへメッセージを送る。
『五階のどこかに玲依がいる。確認を頼む』
──本来、《アイズ》には遮蔽物の向こう側を透視する能力はない。
だが、玲依が身につけているインカムは、【Zero】発足時に開発された特殊仕様の通信機だった。
一定範囲内であれば、壁などの遮蔽物が存在していても、さらには電池が切れていたとしても、《アイズ》の能力によって、その位置だけは正確に視認することができる──。
ブルルッ。
ほどなくしてスマートフォンが震えた。
アリスからの返信は一言。
『了解』
相津は短く頷くと、続けてレオへ電話をかけた。
「もしもし。どうだ、いい場所は見つかったか?」
〈ああ。ついさっき、条件に合う場所を見つけたよ。もう翔にはメールで伝えてある。あとは孝治が手続きを進めてくれるだろうさ〉
「問題ないな」
相津は短く答え、続けた。
「俺はこれから東京へ戻る。
残りのメンバーの状況確認と最終準備を進める」
「悪いがレオは決行日まで現地に残ってくれ。
アリスに何かあった時のフォローを頼む」
〈了解。こちらは任せてくれ〉
「頼んだ」
通話を終えると、相津はもう一度だけ施設へ視線を向けた。
五階──。
そこに玲依がいる。
その事実を胸に刻み込むと、相津は静かに踵を返し、東京への帰路についた。
──玲依奪還期限まで、あと二日。
(作戦決行日前日)
【Zero】オフィス 午前九時。
相津と柏木は、それぞれの準備を終え、一足先にオフィスへ戻ってきていた。
「お疲れさん。現地の様子はどうだった?」
柏木はそう声をかけると、淹れたてのコーヒーを相津へ差し出した。
「ああ」
相津はカップを受け取り、一口飲んでから答える。
「予想どおり、玲依はあそこにいた。アリスからも確認できたと連絡が入った。間違いないだろう」
そして今度は柏木へ視線を向ける。
「そっちの準備は?」
「順調だ」
柏木は口元に笑みを浮かべた。
「レオが指定した部屋は確保した。
ジョージの武器も一通り揃えたし、一番心配だった"あれ"も神奈川県警に協力してもらって、なんとか間に合ったよ」
その言葉を聞き、相津は小さく頷く。
「さすがだな」
静かな口調ながら、その声には確かな信頼が込められていた。
「これで予定どおり作戦を実行できる。
悪いが今回は、お前にも現場で動いてもらうぞ」
相津は柏木を真っ直ぐ見据える。
「ある意味、この作戦の"要"は、お前と心春なんだからな……」
「任せろ」
柏木は力強く頷き、コーヒーを口へ運んだ。
そのときだった。
バンッ!
勢いよくオフィスのドアが開く。
「立花心春っ!ただいまジョージさんを連れて帰還しましたであります!」
敬礼を決めながら元気いっぱいに報告する心春。
そのすぐ後ろでは、ジョージが肩を落として深いため息をついていた。
「なあ、心春……」
げんなりした表情のまま頭をかく。
「俺ぁもうどこにも行かねぇんだからさ……。
子供みてぇに連行するの、そろそろやめてくんねぇか?」
その一言に、張り詰めていた作戦前の空気が少しだけ和らいだ。
──同日 午後二時。
相津は翔の進捗を確認するため、メインコンソールのある作戦指令室へ向かった。
「進捗はどうだ、翔?」
相津が声をかけると、複数のモニターを睨みながら高速でキーボードを叩いていた翔が手を止め、椅子をくるりと回した。
「相津、戻ってきてたんだね」
翔は軽く伸びをすると、モニターを指し示した。
「敵施設の内部構造の解析は完了。
玲依の居場所も、相津とアリスからの報告で確認できた。ここまでは全部クリアだよ」
そう言うと、翔の表情が少しだけ真剣になる。
「残る問題は二つ。
一つ目は、玲依が監禁されている部屋の防犯装置。あれは完全独立型だから、ハッキングで解除することはできない。現地で何とかしてもらうしかない。
もう一つは、防犯カメラの制圧。まだ敵のメインシステムに侵入できてないんだ。
アリスが『クラッキングツール』を敵のメインコンピューターに接続してくれない限り、僕も手が出せないんだよね……」
報告を聞き終えた相津は、翔の肩に軽く手を置いた。
「監禁部屋の防犯装置は、こっちで対処する。
問題ない」
そして少しだけ申し訳なさそうに続ける。
「それより悪かったな。今回はお前だけ現場に行けない形になってしまって……」
翔は照れ隠しをするように鼻を鳴らし、椅子をモニターへ向け直した。
「ふん、そんなこと気にしてないよ。
そもそも、ここのメインコンピューターじゃないと敵のシステムは弄れないしね」
指先を再びキーボードへ置きながら、小さく笑う。
「それに、わざわざ僕が迎えに行かなくても──玲依はちゃんとここへ帰ってくるでしょ」
「ああ」
相津も静かに笑みを浮かべた。
「必ずな」
その瞬間──。
ピンッ。
モニターから軽快な通知音が鳴り響く。
翔は画面を確認すると、口元をニヤリと緩めた。
「……相津、お待ちかねの連絡だ」
画面には、アリスからのメッセージが表示されていた。
『クラッキングツール接続完了』
翔の瞳が鋭く光る。
「これでようやく始められる──」
──一方その頃、皇城インフラ開発施設内。
神奈川県にある『皇城インフラ開発』の施設は、東京ドーム約六個分にも及ぶ広大な敷地を誇っていた。
外周は高さ三メートルほどの塀に囲まれ、敷地内には複数の倉庫や事務棟が点在している。
そして、その中心には一際存在感を放つ十階建ての本社ビルがそびえ立っていた。
本社ビル最上階──社長室。
社長の権藤武と、フリーの殺し屋の榊悠馬は窓際に立ち、グラスを片手に夜景を眺めていた。
「ぐっふっふ……」
「九条大臣も今頃、自分の下した判断を悔やんでいることだろう」
「実にいい気味だ!がっはっはっは!」
腹を揺らしながら豪快に笑う男──権藤武。
60歳前後の恰幅の良い体格で、突き出た腹を叩きながら上機嫌に酒をあおる。
「しかし娘の護衛についたという【Zero】も、大したことはなかったな」
「警察庁長官肝入りの組織だ何だと散々噂されていたが……小娘一人守れないとは」
グラスを揺らしながら、権藤は榊へ視線を向けた。
「それとも君が優秀すぎたのかな、榊君?」
権藤は愉快そうに笑うと、グラスの酒を一気に飲み干した。
対する榊は窓の外から視線を逸らさない。
「どちらも……"YES"でしょうね」
口元に薄い笑みを浮かべながらも、その声色はどこまでも冷静だった。
「とはいえ、連中がこのまま指をくわえて期限まで待っているとは思えません。
むしろ、そろそろ動いてくる頃でしょう」
榊の言葉に、権藤は鼻で笑う。
「なぁに、心配はいらん。
そのために中国マフィアから応援を呼んである」
「マフィア三百人に、儂の部下七百人。
総勢千人の戦力だ!」
両腕を大きく広げ、得意げに言い放つ。
「どこから攻めて来ようが、この施設へ足を踏み入れた時点で終わりだ」
「生きて帰れる者など一人もおらん。
それに君までいる」
「もし【Zero】を返り討ちにしたら、追加ボーナスも弾もうじゃないか」
「期待しているぞ、榊君」
その言葉を聞いた榊の口元がゆっくりと吊り上がる。
「……クフフ」
追加報酬という言葉に機嫌を良くしたのか、蛇のような笑みを浮かべると、軽く一礼して社長室を後にした。
閉まる扉を背に、権藤は満足げにもう一杯酒を注ぐ。
──彼らはまだ知らない。
自分たちが待ち構えているつもりの獲物が、すでに牙を研ぎ終え、静かに狩りの時を待っていることを。
──同日 武器庫 午後九時。
「待たせたな、ジョージ。体の調子はどうだ?」
相津に呼び出されたジョージは、武器庫へと足を運んでいた。
「おう!」
ジョージは豪快に笑うと、自分の脇腹を軽く叩いた。
「ナイフの傷はまだ塞がっちゃいねぇが、動く分には何の問題もねぇ」
「どうやら連中の狙いは毒で俺の動きを止めることだったみてぇだからな。刃も内臓までは届いてなかった」
「で、こんな時間に武器庫へ呼び出して、何の用だ?」
相津はその言葉に静かに頷くと、あらかじめ用意してあった細長いケースへ歩み寄った。
ケースを開き、中から一つの装備を取り出す。
「いよいよ明日が作戦決行日だ」
相津は装備を手にしたまま、ジョージの前へ立つ。
「その前に、お前には今回の作戦の最終内容を説明しておきたい」
「そして──」
相津はジョージへ、その装備を静かに差し出した。
「"こいつ"を渡すためにな」
ジョージは無言でそれを受け取る。
手に伝わる重みを確かめるようにゆっくりと視線を落とした。
「……"こいつ"は──」
その瞬間、ジョージの表情がわずかに変わった。
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