『護衛MISSION ⑷─任務失敗!?─』
ジョージは囲んでいた三台の車のうち一台へ一気に突撃した。
瞬く間に制圧すると、その車体を盾に身を隠し、サブマシンガンを構える。
バババババッ!
銃弾が火花を散らしながら車体へ突き刺さる。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
敵もハンドガンで応戦してきた。
ジョージは銃声が途切れた一瞬の隙を逃さず飛び出す。
巨体からは想像もつかない俊敏さで一気に間合いを詰めると、近距離戦へ持ち込んだ。
ボゴッ!!
ドゴッ!!
鈍い衝撃音が立て続けに響き、二台目の車もあっという間に制圧される。
ジョージが最後の一台へ視線を向けた、その瞬間だった。
──玲依がいた。
黒服の男に抱えられ、敵の車へ連れ去られようとしている。
ぐったりと力なく身体を預け、まったく抵抗する様子がない。
(そんな馬鹿な……!?)
ジョージの目が見開かれる。
(俺はずっと玲依の車を見ていた……!
誰一人近づいていないはずだ!)
一瞬だけ思考が止まる。
だが、次の瞬間には頭を切り替えていた。
(考えるな……!)
(今は玲依を取り戻すことだけ考えろ!)
ジョージが地面を蹴った、その時だった。
「……この瞬間を待っていたよ」
ゾクリ、と背筋が粟立つ。
背後の車の陰から、一人の細身の男が音もなく姿を現した。
グサッ──。
鋭い刃がジョージの背中へ深々と突き刺さる。
「ぐっ……!」
腰の少し上。
致命傷ではない。
しかし、確実に動きを奪う位置だった。
ジョージが振り返る。
そこにはセンター分けの黒髪をかき上げながら、不気味な笑みを浮かべる細目の男が立っていた。
男は倒れたジョージのサブマシンガンを足で蹴り飛ばす。
「君、"クレイジーモンスター"って呼ばれていた軍人なんだってね」
まるで世間話でもするかのような口調だった。
「誰だ、てめぇは……」
ジョージは痛みに顔を歪めながらも立ち上がる。
「やられたフリして後ろから刺すようなチキン野郎なんざ、俺の記憶にはいねぇな」
男はクスクスと笑う。
「クフフ……まだ立てるんだ」
感心したように目を細めた。
「そのナイフには即効性の麻痺毒を塗ってあるんだけどね。普通なら立っていることすらできないよ」
「はっ!」
ジョージは口元を吊り上げる。
「生憎と、俺はそんな半端な鍛え方してねぇんだよ!」
鋭い眼光で男を睨みつける。
「今すぐ玲依を離せ!」
男は肩をすくめて笑った。
「クハハッ、ごめんごめん」
パンッ。
男が指を鳴らす。
すると、玲依を抱えていた黒服がこちらへ歩いてきた。
ジョージは息を呑む。
それは玲依ではなかった。
遠目では見分けがつかないほど精巧に作られた人形だった。
「ここ数日、君を観察させてもらった」
男は愉快そうに続ける。
「正面からじゃ君には勝てそうにない。
だからまず君を無力化することにしたんだ」
人形を見下ろしながら笑う。
「ほんの一瞬でも動揺してくれれば十分だった。
その一瞬が欲しかったのさ」
そう言い残し、男は本物の玲依がいる車へ向かって歩き出す。
「待てッ!」
ジョージが駆け出そうとする。
だが二人の黒服が立ちはだかる。
「君はそこで遊んでな」
男は振り返ることなく歩き続けた。
数秒後。
細目の男が玲依の車へ辿り着いた、その時だった。
「待てって言ってんだろうが!!」
バキィッ!!
凄まじい拳が男の頬を打ち抜いた。
男の身体が大きく吹き飛ぶ。
振り返ると、ジョージが肩で荒く息をしながら立っていた。
背後では、黒服二人が倒れて動かない。
「……チッ」
男は口元の血を拭う。
「まだ動けるのか」
小さく笑った。
「しかも、この状態で二人まで倒すとは……。
"クレイジーモンスター"の名は伊達じゃないね」
男は懐から拳銃を取り出す。
「普通なら毒だけで終わってたんだけど……念のため、こっちも用意しておいて正解だったよ」
バンッ!
バンッ!
バンッ!
三発の麻酔弾がジョージの身体へ撃ち込まれる。
ジョージの視界がぐらりと揺れた。
「安心して」
男は静かに銃口を下ろす。
「これは麻酔弾だ。雇い主から、まだ"殺し"はするなと言われているからね」
その時、車内から玲依の泣き叫ぶ声が響いた。
「ジョージ!!」
遠のく意識の中、ジョージは必死に玲依を見つめる。
「さあ、お嬢ちゃん」
男は車へ近づき、優しく語りかける。
「この男を死なせたくなければ、大人しく降りてきてくれないかな」
カチャッ。
震える手でドアが開く。
玲依が涙で顔を濡らしながら車を降りた。
「お願い……!」
震える声で叫ぶ。
「何でも言うこと聞くから……もうジョージを傷つけないで!」
男は穏やかに微笑んだ。
「いい子だね」
一拍置き、冷たく言い放つ。
「……でも、そのお願いは聞けないかな」
ドゴッ!!
膝をついたジョージの顔へ容赦なく蹴りを叩き込み、さらに麻酔弾を一発撃ち込む。
ジョージの意識はゆっくりと闇へ沈んでいった。
最後まで耳に残っていたのは──
玲依の悲痛な叫び声だけだった。
──玲依が攫われてから二日後。
柏木は警察庁長官の呼び出しを受け、警察庁本庁舎の長官室を訪れていた。
コンコン──。
「特殊警備部隊公安零課、柏木孝治。参りました」
「入りたまえ」
「失礼いたします」
静かに扉を開けた柏木の表情に、いつもの穏やかさはなかった。
硬く引き締まった顔つきのまま室内へ足を踏み入れる。
応接用のソファとテーブル、その奥にある重厚な執務机。
そこには、日本警察の頂点に立つ男が静かに立っていた。
──千石鋼太郎。現警察庁長官。
【Zero】を創設し、唯一その部隊へ命令権を持つ人物。そして柏木にとって最大の理解者であり、後ろ盾でもある。
初老とは思えないほど背筋は真っ直ぐに伸び、その佇まいには威厳と気品が漂っていた。
千石は柏木を見ると、小さく息をついた。
「……すまないね、柏木君。君にまで足を運んでもらうことになってしまった」
「国家公安委員会からの要請でね……。
私も受けざるを得なかった」
柏木は深く頭を下げる。
「滅相もございません。
むしろ、この度は【Zero】の不手際により、千石長官にまで多大なご迷惑をお掛けしてしまいました」
「誠に申し訳ございません」
「私への迷惑など気にする必要はない」
千石は静かに首を横へ振る。
「私が君と相津君の【Zero】を創設した、その時から私は君たちと一蓮托生だ」
「責任なら私も共に負う」
その言葉に、柏木は一瞬だけ表情を緩めた。
しかし千石はすぐに真剣な眼差しへ戻る。
「……だが、まずはこの審問会を乗り切らなければならない」
「準備は奥の部屋に整っている。行こうか」
「はい」
二人は長官室の奥にある会議室へ向かった。
部屋へ入ると、窓は遮光カーテンで閉ざされ、室内には六台の大型モニターが半円を描くように並んでいる。
重苦しい静寂だけが空間を支配していた。
千石はゆっくりとモニターの前に立ち、扉の外に控える秘書へ声を掛ける。
「……始めてくれ」
「承知しました」
直後──。
六台のモニターが一斉に点灯し、それぞれに一人ずつ人物の姿が映し出された。
画面越しでありながら圧倒的な威圧感を放つ六人。
その中央に映る、ひときわ風格を漂わせる男が静かに口を開いた。
「──千石警察庁長官。柏木警視長」
「これより国家公安委員会による審問会を開始する──」
◇
審問会が始まるや否や、委員長以外の国家公安委員たちから、一斉に非難の声が飛んだ。
「──だから私は、こんな連中に任せるべきではないと申し上げていたのです!」
「──それを言うなら、貴方の管轄で対応すればよかったではありませんか!」
「──そもそも今回の失態は警察の責任でしょう!」
「──いや、そもそもこの判断にも問題があったはずです!」
責任の押し付け合い。
互いを貶める言葉だけが飛び交い、会議の空気は険悪そのものだった。
そんな中でも柏木は、一言も口を挟まない。
ただ背筋を伸ばし、直立不動のまま全てを受け止めていた。
千石も同じだった。
静かに耳を傾けながら、やがて中央のモニターへ視線を向ける。
「──静まれ」
低く響いた、たった一言。
その瞬間──。
先ほどまで怒号で満ちていた会議は、水を打ったように静まり返った。
誰一人として、もう口を開こうとはしない。
圧倒的な存在感。
中央のモニターに映るその男こそ、国家公安委員会委員長であり、現職の国務大臣だった。
委員長は全員が黙ったことを確認すると、ゆっくりと口を開く。
「この審問会は、責任を追及する場ではない……」
「確認の場だ」
その一言だけで、部屋の空気がさらに張り詰める。
「今回の事件の首謀者は『皇城インフラ開発』」
「そして、その背後には中国系マフィアがいることは把握している」
委員長は一拍置き、続けた。
「人質を確保したことで、昨日、政府へ脅迫が届いた」
「要求は一つ」
「ダム建設の請負会社を『皇城インフラ開発』へ戻すこと」
「期限は七日……」
「要求に応じなければ、人質が九条大臣の『愛人の子』であることを公表したうえで──殺害するという内容だ」
その言葉に、柏木と千石の表情がわずかに強張る。
委員長は淡々と続けた。
「もっとも……」
「ここまで大々的に脅迫してきた以上、仮に要求を受け入れたとしても、奴らは三千億円を手にした時点で姿をくらますだろう」
「その結果、残るのは政府による莫大な損失だけだ」
「政府への信用は失墜し、反対派閥が勢いづく」
委員長の目が鋭く光る。
「──それだけは、断じて許されない」
静かな口調だった。
しかし、その一言一言には他の委員たちを黙らせるだけの威圧感があった。
委員長は真っ直ぐ二人を見据える。
「千石警察庁長官」
「柏木警視長」
「…………"分かっているな"」
会議室の空気が凍り付く。
「君たちに与えられた選択肢は二つだけだ」
「七日以内に、すべてを取り返すか」
「あるいは───」
「すべての責任を負い、敵もろとも消えるか」
重い沈黙が流れた。
やがて千石が静かに口を開く。
「……承知しております」
その声には一切の迷いがなかった。
「七日以内に、必ずすべてを取り返してご覧に入れます」
そして、国家公安委員たちを見渡しながら、力強く言い切る。
「皆様には多大なるご心配、ご不満をお掛けしております」
「ですが──」
「すべての責任は、この千石鋼太郎が負います」
その言葉を聞いた柏木には、一瞬だけ委員長が小さく口元を緩めたように見えた。
「……そうか」
委員長は静かに頷く。
「ならば、よい……」
そして視線を柏木へ移した。
「柏木警視長」
「はっ!」
柏木は即座に敬礼する。
「厳しいことも言ったが……」
「【Zero】が積み重ねてきた功績は、私も十分承知している」
委員長はわずかに目を細めた。
「願わくば──」
「千石のためにも……」
「すべてを取り返してきてくれ」
柏木は力強く敬礼し、真っ直ぐ前を見据えた。
「──はい」
「必ず、すべてを取り返します!」
その言葉には、揺るぎない決意が宿っていた。
──その背中に、日本の未来を託すように。
千石は無言のまま柏木を見送り、静かに窓の外へ視線を向けた。
──七日。
彼らに残された時間は、あまりにも短かった。




