『護衛MISSION ⑶─ジョージと玲依の秘密特訓─』
──七月上旬 午前八時。
玲依が【Zero】にやって来てから、一週間が過ぎていた。
最初こそ周囲を振り回していた玲依も、今ではすっかり【Zero】での生活に馴染み、メンバーとも打ち解けていた。
その日もジョージの運転する車に乗り、学校へ向かっている。
「もうっ!
心春は何でマ〇オカートだとあんなに強いのよ!
ほかは全然弱いくせに!」
昨日は日曜日だったため、玲依、翔、心春、アリス、レオの五人でマ〇オカートを楽しんでいた。
「がっはっは!
心春は運転なら実物でもゲームでも一流だからな!」
「何であんなに強いのかは俺にも分からねぇけどよ!」
ジョージが豪快に笑う。
玲依は後部座席で腕を組み、昨日の惨敗を思い出して悔しそうに頬を膨らませていた。
そんな様子をルームミラー越しに見つめながら、ジョージはふと口を開く。
「……悪ぃな。本当は外にも連れてって、思いっきり遊ばせてやりてぇんだけどな」
「ふんっ。わたしだって子供じゃないわ。
それくらい分かってるもの」
玲依は窓の外へ視線を向けたまま、小さく肩をすくめる。
「外にいると危ないんでしょ?
耳にタコができるくらい聞かされてるわよ」
車内に少しだけ静かな時間が流れた。
やがて玲依は意を決したように口を開く。
「ねぇ、ジョージ……。
一つだけお願いがあるんだけど」
「おう、何だ?」
「学校帰りに少しだけでいいから……逆上りを教えてくれない?」
玲依は窓の外を見つめたまま、ぽつりと続ける。
「実は一学期の体育のテストが逆上りなの。
でも、まだ一人じゃ上手くできなくて……」
少しだけ俯き、小さく笑った。
「こんなこと、メイドや執事には頼めないし……。
何より"九条家の人間"として、クラスの子には絶対負けたくないの」
その言葉を聞いたジョージは、胸の奥が少しだけ痛んだ。
──九条家の人間。
9歳の少女が、そんな言葉を当たり前のように背負って生きている。
ジョージは小さく息を吐き、いつもの豪快な笑みを浮かべた。
「何しょぼくれた顔してんだよ、玲依!」
その声に玲依が顔を上げる。
「そんなもん、もちろんオッケーに決まってんだろ!さっそく今日から特訓開始だ!」
「えっ!?本当にいいの?」
玲依は目を丸くした。
「みんなは危ないから早く帰ってくるようにって言ってたけど……」
「がっはっは!」
ジョージは胸をどんと叩く。
「今の玲依の護衛が誰だと思ってんだよ!」
ニヤリと笑い、親指で自分を指差した。
「"天下無敵"の男、ジョージ様だぜ!」
一瞬きょとんとした玲依だったが、次の瞬間には吹き出していた。
「あははっ!」
車内には、ジョージの豪快な笑い声と玲依の澄んだ笑い声が重なって響いた。
──とある公園 午後三時半。
ジョージと玲依は、公園の鉄棒で逆上りの練習をしていた。
玲依は学校の体操着姿で、いつも頭の横に結んでいる赤いリボンを後頭部に付け直し、髪をポニーテールにまとめている。
「よし、そのまま腹を鉄棒につけろ……そうだ」
ジョージは鉄棒の横で優しく声を掛けた。
「後は勇気を出して、思いっきり地面を蹴るだけだ!」
「うん!もう一回!」
玲依が再び鉄棒へ向かおうとした、その時だった。
ジョージの視線が、公園の外に停車している一台のワゴン車を捉える。
車内からこちらを窺う複数の男たち。
ジョージは一瞬だけ目を細めると、何事もないように笑った。
「なあ玲依、ちょっと休憩しようぜ」
「えっ?」
「今日は暑いし、あそこの土管の中なら涼しいぞ。
俺、飲み物買ってくるわ」
「もう、急になんなのよ」
玲依は首を傾げながらも、言われた通り土管の中へ入っていった。
ジョージはそれを確認すると、公園の外へ歩き出す。
そして、そのまま不審なワゴン車の前で立ち止まった。
車にもたれ掛かっていた男の胸ぐらを無造作に掴み、そのまま軽々と持ち上げる。
「よう、てめぇら」
ジョージは不敵に笑った。
「俺たちに何か用か?」
その瞬間、車内からさらに三人の男が飛び出し、ジョージを取り囲む。
「ふん……護衛が本当に一人とはな」
男がニヤリと笑う。
「バカが自分からノコノコやって来やがった!
「やれっ!」
――ドゴッ!!
――バキッ!!
――ガンッ!!
悲鳴が上がる間もなかった。
わずか数秒後。
四人の男たちは地面に転がり、誰一人立ち上がることはできなかった。
ジョージは服についた埃を軽く払い、近くの自動販売機でジュースを二本買うと、何事もなかったかのように玲依の元へ戻る。
「悪ぃ悪ぃ、お待たせ!」
「ずいぶん早かったわね」
玲依はジュースを受け取ると、嬉しそうに一口飲んだ。
「よし!飲み終わったら練習再開よ!」
「おう!」
二人は笑いながら、再び鉄棒へ向かっていった。
まるで、先ほどの出来事など最初から存在しなかったかのように。
公園を見下ろすビルの屋上。
一人の黒髪の男が双眼鏡越しに二人を眺めていた。
細い目に蛇のような笑みを浮かべた、痩身の男だった。
「…………ふぅん」
男は口元を歪める。
「あの巨体で、あの身のこなし……。
思っていた以上だねぇ」
双眼鏡をゆっくりと下ろし、くすりと笑う。
「まだ情報が足りないな……」
男の目が妖しく細められた。
「もう少しだけ、バカどもに踊ってもらおうか」
クククッ──。
不気味な笑い声だけが、夕暮れの屋上に静かに響いた。
──三日後 午前八時。
公園での襲撃以来、玲依を狙う連中は毎日のように姿を現していた。
しかし、どの襲撃も拍子抜けするほど稚拙だった。
学校へ向かう車を運転しながら、ジョージは眉をひそめる。
(……三日連続で襲ってきたが、意味が分からねぇ)
(どいつも弱すぎる。それに作戦も対策もない。
ただ人数だけで向かってきてる……)
(いったい何が目的だ……?)
ジョージは小さく唸りながら考え込む。
「……ねぇ、聞いてるの?ジョージ」
後部座席から玲依の声が飛んできた。
「あっ、悪い」
ジョージは苦笑する。
「考え事してて全然聞いてなかった。
何の話だった?」
「もうっ!」
玲依は少し頬を膨らませる。
「だから、この赤いリボンはママにもらった大切なものなの」
ジョージはルームミラー越しに玲依を見つめた。
「わたしが4歳の時に病気で死んじゃったから、あんまり覚えてないんだけど……」
玲依はそっと頭の赤いリボンに触れる。
「このリボンだけが、わたしが九条家以外の人からもらった唯一の宝物なの」
小さく微笑みながら続けた。
「"九条玲依"じゃなくて……ただの"玲依"として、ママがくれたプレゼント」
そして照れ隠しをするように顔を背ける。
「特別にジョージにだけ教えてあげたんだから、感謝しなさいよね!」
その言葉に、ジョージは胸の奥が少しだけ締めつけられるような感覚を覚えた。
──母親の形見。
この少女が、ずっと大切に守り続けてきた宝物。
それを自分だけに打ち明けてくれたことが、どこか嬉しかった。
「……そうか」
ジョージは優しく笑う。
「そんな大切なもんなら、これからもずっと大事にしねぇとな」
少し照れくさそうに続けた。
「それと……俺だけに教えてくれてありがとよ」
「べ、別に……」
玲依は慌てて顔を背ける。
「逆上り教えてくれたお礼なんだから!
それだけなんだからね!」
耳まで赤くしながら、窓の外へ視線を向けた。
その時だった。
「あれ……?」
玲依の表情が変わる。
「ジョージ……後ろの車、すごいスピードで近づいて──」
ドォンッ!!
激しい衝撃が車体を突き上げた。
後方から猛スピードの車が追突してきたのだ。
車体が大きく横へ流れる。
タイヤが悲鳴を上げ、激しくスリップする。
「チッ!」
ジョージはハンドルを両腕で力任せに押さえ込み、暴れる車体をねじ伏せるように制御した。
ギギギギッ──!
車は道路脇で何とか停止する。
しかし、顔を上げたジョージは舌打ちした。
いつの間にか三台の車が周囲を囲み、逃げ道は完全に塞がれていた。
「……ジョージ」
玲依が不安そうな声を漏らす。
ジョージは振り返り、いつもの豪快な笑みを浮かべた。
「心配すんな」
その一言だけで玲依の表情が少し和らぐ。
「玲依はここで待ってろ。
頭を低くして、絶対に車から出るな」
そう言うとジョージはシートの陰に隠してあったサブマシンガンを片手に掴み、静かに車のドアを開けた。
その眼光は、鋭く敵を捉えていた。
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