『護衛MISSION ⑵─みんなで食べるご飯─』
──翌日 月曜日 午前八時。
玲依を学校まで送るため、ジョージは車を走らせていた。
昨日の衝撃的な自己紹介のあと、【Zero】のメンバーで話し合った結果、玲依の護衛兼身の回りの世話役はジョージが担当することになった。
もちろん、本人は最後まで抵抗した。
だが──。
「いや、俺と柏木は大臣や上層部との調整がある」
「レオ、アリス、翔は"皇城インフラ開発"と玲依を狙う連中の調査だ」
「心春じゃお世話はできても護衛は無理だ。
消去法で、お前しかいねぇんだよ、ジョージ」
相津の冷静な一言。
「悪いな、ジョージ。
大臣からは学校も普段どおり通わせてほしいって要望があってな」
「それと、玲依の希望はできる限り叶えてやってくれとのことだ」
「……まあ、少し"訳あり"な子だから、メンタルケアも頼むよ」
柏木の追撃。
二人の正論を前に、ジョージは見事に論破されたのだった。
「……ちくしょう」
小さく愚痴をこぼす。
「ねぇ、今なにか言った?」
後部座席から玲依がひょこっと顔を出した。
「何でもねぇよ、お嬢様。ちゃんと座ってろ。
急ブレーキでも踏んだら危ねぇぞ」
ジョージが軽くあしらうと、玲依は頬を膨らませる。
「その"お嬢様"って呼び方、やめてちょうだい。
わたしには『玲依』っていう名前があるんだから」
ジョージはバックミラー越しに玲依を見ると、ふっと口元を緩めた。
「……そうか。悪かったな、玲依」
そう言ってポケットから小さな袋を取り出す。
「ほら、仲直りの印だ」
中にはチョコレートクッキーが入っていた。
玲依はそれを受け取ると、少し眉をひそめる。
「こんな庶民的なお菓子……」
「まぁ食ってみろって。
それとも玲依は、クッキーも食べられないほどお子様なのか?」
「なっ……!」
挑発された玲依は勢いよく袋を開ける。
パクリ。
モグモグ……。
「…………おいしい」
思わず本音が漏れた。
「だろ?」
ジョージは豪快に笑う。
「庶民のお菓子も、案外捨てたもんじゃねぇんだよ!」
「……ふふっ」
その笑い声につられ、玲依も小さく笑みをこぼした。
車内に流れていた張り詰めた空気が、少しだけ柔らかくなる。
やがて車は学校へ到着した。
ジョージはエンジンを切り、玲依へ振り返る。
「帰りもここで待ってるからな」
「それと何度も言ってるが、このインカムだけは絶対に肌身離すなよ」
「何かあったら、すぐこれに向かって話せ。
俺たち全員に声が届く」
「分かってるわよ、ジョージ」
玲依は車を降りると、くるりと振り返り、いたずらっぽく笑った。
「あんまり心配しすぎると、モテなくなるわよ?」
そう言ってウインクを一つ。
ジョージは苦笑いを浮かべる。
「余計なお世話だ」
玲依は楽しそうに笑いながら校舎へ入っていった。
その後ろ姿を見送りながら、ジョージは大きく伸びをする。
「ったく……。
あのガキんちょの、どこにメンタルケアが必要なんだよ……」
頭をかきながら苦笑するジョージ。
このときの彼は、まだ知らなかった。
玲依が心の奥底に抱えている"本当の孤独"を──。
──同じ頃、【Zero】オフィス。
ジョージが玲依を学校へ送り届けている頃、オフィスでは残ったメンバーたちが思い思いにくつろいでいた。
「しかし、またとんでもないお嬢様が来たわねぇ」
紅茶を口に運びながら、アリスが苦笑する。
「ほんとだよ。僕より偉そうだったし」
翔も肩をすくめる。
「アンタ、自分が偉そうって自覚あったのね……」
アリスがすかさずツッコミを入れると、翔は「失礼だな」と小さく呟いた。
一方、その隣では心春が大きなため息をついていた。
「はぁ~……。
わたしなんて、ひどい言われようでしたよぉ……」
「アンタは舐められすぎなのよ」
「ほぇっ!?
9歳の子に舐められるわたしって……」
今にも魂が抜けそうな心春の肩を、レオが後ろからぽんと叩く。
「ほらほら、帰っておいで」
「はっ、戻ってきました!」
ようやく現実へ帰還した心春に、一同から小さな笑いが漏れた。
レオはカップを持ちながら穏やかに口を開く。
「でも、玲依は9歳とは思えないほど大人びていたね。あと数年もすれば、きっと素敵なレディになるだろう」
「アンタのストライクゾーン、どうなってるのよ……」
アリスが呆れたように額へ手を当てる。
「将来の話だよ」
レオが苦笑した、そのタイミングで柏木と相津がコーヒーを片手に輪へ加わった。
柏木はソファへ腰を下ろし、一口コーヒーを飲んでから真面目な表情になる。
「お前ら、一つだけ約束してくれ。
昨日話した玲依の事情は、誰にも口外するな。
もちろん、本人にもだ」
その場の空気が少しだけ引き締まる。
相津が静かに話を引き継いだ。
「玲依の父親──九条猛臣は現在59歳。
玲依とは50歳も年が離れている」
「普通に考えれば、誰だって『何か事情がある』と思うだろう」
「だが、だからといって『愛人との子ども』なんて言われるのは、本人にとって気持ちのいいものじゃない」
わざとその言葉を口にし、全員へ釘を刺す。
「分かってるわよ」
アリスは真剣な表情で頷いた。
「でも納得いかないわ……」
「正妻の子どもたちは九条家のSPが守っているのに、玲依だけは外部のわたしたちに任せるなんて」
「九条家って、一体どうなってるのよ」
柏木は静かに息を吐く。
「九条家は代々続く政治家の名門だ」
「だからこそ、スキャンダルになるようなことは何としても避けたいんだろう」
「今回の脅迫で玲依まで狙われる可能性が出てきたから、仕方なく俺たちに護衛を依頼した……そんなところだ」
しばらく沈黙が流れる。
「……どこの親も、似たようなものだね」
翔がぽつりと呟いた。
その横顔には、どこか自分の過去を重ねているような寂しさが滲んでいた。
相津は何も言わず翔を一瞥すると、柏木が場の空気を切り替えるようにパンッと手を叩く。
「よし、暗い話はここまでだ!
夕方からは玲依もここで生活することになる。
みんな、遠慮なく遊び相手になってやってくれ」
「「「了解!」」」
返事とともに、それぞれが自分の仕事へ戻っていく。
こうして【Zero】の新たな日常が、静かに幕を開けた。
──その日の夜 【Zero】オフィス。
「今日の夕飯は、素麺ですよ~!」
心春が大きな鍋いっぱいに茹でた素麺を、両手で慎重に運んできた。
テーブルへ置かれた鍋を見て、玲依が目を丸くする。
「な、何これ……?
こんなにたくさん食べられないわよ!」
思わず立ち上がる玲依の肩を、隣に座っていたジョージがぽんと押さえた。
「何言ってんだ。
みんなで食うに決まってるだろ」
「……え?」
玲依は目をぱちぱちと瞬かせる。
「わたし、一人で食べるんじゃないの?」
その一言に、一瞬だけ空気が静まった。
ジョージは優しく笑う。
「みんなで食ったほうが、飯はうまいんだよ。
一人で食うなんて寂しいだろ?」
そう言って玲依の顔を覗き込む。
「それとも玲依は、みんなと一緒に食べるの嫌か?」
玲依は慌てて首を横に振った。
「ち、違うわよ!
嫌じゃないけど……その……」
少し俯き、小さな声で続ける。
「……初めてだったから」
その言葉を聞いたジョージは、一瞬だけ目を細める。
そして豪快に笑った。
「そうか!
なら今日からは毎日みんなで食えるな!
がっはっはっ!」
大きな手で玲依の頭を優しく撫でる。
玲依は少し照れくさそうに頬を膨らませたが、不思議とその手を振り払おうとはしなかった。
その間に心春が人数分の麺つゆを並べ、薬味をテーブルへ広げていく。
「はい、準備できました!」
全員が席に着く。
「「「「「「「いただきます!」」」」」」」
七人の元気な声が部屋いっぱいに響いた。
玲依は少し戸惑いながら周りを見渡す。
そして、小さく手を合わせた。
「…………いただきます」
その控えめな一言に、みんなの頬が自然と緩む。
「な、何よ……」
玲依が不思議そうに見回す。
次の瞬間──。
ぷっ。
誰かが吹き出し、それにつられて全員が笑い始めた。
「もうっ!なんでみんな笑うのよ!」
玲依は顔を真っ赤にして抗議する。
けれど、その胸の奥は不思議なくらい温かかった。
こんな賑やかな食卓も。
「いただきます」と言って一緒に笑い合う時間も。
そのすべてが、玲依にとって初めての経験だった。
ジョージは笑いながら玲依の肩を軽く叩く。
「悪い悪い。ほら、玲依!俺たちも食おうぜ!」
「……うん!」
その返事は、朝よりもずっと自然な笑顔とともに返ってきた。
──突如として【Zero】へやって来た一人の少女。
初めて仲間と囲む食卓。
初めて交わす何気ない会話。
初めて知る、誰かと過ごす温かな時間。
玲依は少しずつ、これまで経験したことのない「当たり前の日常」を知っていく。
だがその裏では──。
少女を狙う恐るべき陰謀が、静かにその牙を研いでいた。
そのことを、この時の玲依はまだ知る由もなかった───




