『護衛MISSION ⑴─お嬢様を守りきれ!─』
──六月下旬 日曜日。
【Zero】オフィス 午前十時。
前夜、柏木から緊急招集の連絡を受けた【Zero】のメンバーは、休日返上でオフィスに集まっていた。
「昨日、緊急案件が入った。
これから詳細を説明する」
「……あと、せっかくの休日だったのに集まってくれて悪かったな」
柏木がいつものように軽く頭を下げる。
「そんな取って付けたような謝罪、いらないわよ」
アリスは爪の手入れをしながら、呆れたように言った。
その隣で、翔が部屋を見渡して首を傾げる。
「あれ?心春ちゃんがまだ来てないけど、いいの?」
「ああ。心春ちゃんには少し早めに来てもらって、ある人物の出迎えを頼んでいる。
だから今回の件は、もう説明済みだ」
柏木はそう答えると、全員を見渡し、表情を引き締めた。
「──昨日未明、現・国土交通大臣の九条猛臣大臣のもとへ、一通の匿名の脅迫メールが届いた
内容は───
『今月から着工したダム建設工事を中止しろ。
さもなくば、お前の大事なものを奪う』
というものだ」
説明を終えると、柏木はタブレットへ資料を共有する。
「今、みんなのタブレットにも送った」
「現時点では断定できないが、この脅迫メールを送ったのは『皇城インフラ開発』という建設会社の可能性が高い」
メンバーたちは資料へ目を落とす。
「今回のダム建設は、本来なら『皇城インフラ開発』が請け負う予定だった」
「だが政府の調査で、中国系マフィアとの繋がりが発覚したため、発注は白紙となり、別の建設会社へ変更された」
柏木は一呼吸置き、静かに続けた。
「取り消された契約額は──約三千億円だ」
「さ、三千億円っ!?」
ジョージが勢いよく立ち上がる。
「そりゃ脅迫までしてくるのも納得の金額だね」
レオも肩をすくめながら頷いた。
「……いや、それだけじゃないんだろ?」
相津が資料から目を離さず尋ねる。
柏木は口元に笑みを浮かべた。
「さすがだ、その通り」
「実は『皇城インフラ開発』は、ダム工事の物流ルートを利用して、中国系マフィアの武器や違法薬物を密輸する計画だったらしい」
「それに三千億円もの工事費だ」
「マフィアへの上納金に充てる予定だった可能性も高い」
相津はコーヒーを一口飲み、大きく頷く。
「だろうな。
だからメールの文面も腑に落ちる」
「本当にダム建設そのものに反対なら、『工事を止めろ』ではなく、『計画そのものを潰せ』と言うはずだ」
「連中の狙いは、工事を一度止めさせ、請負会社を自分たちへ戻すことだろう」
その説明に、他のメンバーも納得したように資料へ視線を戻した。
柏木はパンッと手を叩き、全員の注意を引く。
「──そして今回、俺たち【Zero】へ下った指令だが……」
一瞬の静寂。
柏木は全員を見渡し、ゆっくりと言い放つ。
「国土交通大臣 九条猛臣のご令嬢──九条玲依を、一か月間護衛することだ」
──警察庁敷地内 正面玄関前。
黒塗りの高級車が、ゆっくりと正面玄関の前に滑り込んだ。
その車を待つように、心春は数十分前から玄関前で直立不動のまま立っていた。
今回の護衛対象──九条玲依を出迎えるためである。
「お、お疲れさまでございますっ!」
緊張で少しぎこちない敬礼をしながら、運転手とSPたちへ挨拶をする。
SPの一人が後部座席のドアを開けると、一人の少女が静かに車から降り立った。
艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、涼しげな白いワンピースを身に纏う。
髪のサイドには赤いリボンが添えられ、その姿はまるで人形のように可憐だった。
(この子が……九条玲依ちゃん)
心春は一目見ただけで、そう確信した。
少女は心春の前まで歩み寄ると、優雅に一礼する。
「お初にお目にかかります。九条玲依と申します」
年齢を感じさせない上品な所作と、柔らかな笑み。
まさに名家のお嬢様という言葉がぴったりだった。
続いてSPが一歩前へ出る。
「事前にお話は伺っているかと思いますが、こちらが九条玲依様です。一か月間、玲依様の護衛をよろしくお願いいたします」
「はい、承っております。
責任を持ってお預かりいたします!」
心春は元気よく敬礼した。
しかし──。
「……………………」
玲依は無言のまま、心春をじっと見つめている。
(あ、あれ?何か変なことしたかな……?)
心春が戸惑っていると、SPが軽く頭を下げた。
「それでは、玲依様をよろしくお願いいたします」
黒塗りの高級車は静かに走り去っていく。
車が見えなくなるのを確認した心春は、改めて玲依へ笑顔を向けた。
「こんにちは、玲依ちゃん!
わたしは立花心春です。
これからお姉さんが玲依ちゃんのお部屋まで案内するね。よろしく!」
満面の笑みでそう言った──次の瞬間だった。
玲依は腕を組み、鋭い視線を心春へ向ける。
「ふん。いきなり"玲依ちゃん"だなんて、ずいぶん馴れ馴れしいのね」
「……え?」
「あなた、一体どういう教育を受けてきたのかしら?わたしはあなたみたいな芋っ子とは違うの」
「それに、もう子どもじゃないんだから『ちゃん』付けはやめてもらえるかしら?」
「…………」
心春の思考が完全に停止した。
(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?)
さっきまで目の前にいた、おしとやかで可憐なお嬢様はどこへ行ったのだろう。
今、そこに立っているのは──腕を組み、女王様のように仁王立ちする小さな少女だった。
「心春って言ったかしら?
ほら、ぼーっとしてないで案内なさい」
「は、はいっ!」
言われるがまま、心春はぎこちなく歩き出す。
その後ろを玲依は堂々と歩いていった。
──【Zero】オフィス。
キィッ──。
入口のドアが開く。
オフィスへ足を踏み入れた玲依は、室内をぐるりと見回すなり眉をひそめた。
「なぁに、この庶民感あふれる部屋は。
辛気臭いったらありゃしないわ」
その声を聞き、休憩室から柏木が姿を現す。
「やあ、こんにちは。俺は柏木孝治。
この【Zero】の責任者だ。
君が九条玲依さんだね。よろしく。
うちの子が出迎えに行ったと思うんだけど──」
柏木が言いかけたところで、玲依は無言で入口を指差した。
「ん?」
振り返ると──。
そこには、口を半開きにしたまま完全に魂が抜けたような心春が立ち尽くしていた。
「えっ!?何やってんの心春ちゃん!」
柏木が慌てて駆け寄る。
「ワタシハサエナイイモッコ……。
コドモニコドモアツカイサレタイモッコデス……」
「いや、何言ってるか全然分かんないよ!?」
柏木のツッコミも耳に入らない様子で、心春は虚ろな目をしていた。
そんな二人をよそに、玲依は【Zero】のメンバーへ向き直る。
胸を張り、腰に手を当て、高らかに名乗りを上げた。
「ごきげんよう!
わたしの名前は九条玲依」
「由緒正しい九条家に生まれた、特別な存在よ」
「これから一か月間、わたしに仕えられることを光栄に思いなさい!」
満足そうに「えっへん」と胸を張る玲依。
その場には、数秒の沈黙が流れた。
そして──。
「「「「「「はい???」」」」」」
【Zero】のオフィスに、メンバー全員の困惑した声が見事にハモるのだった。
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