『追憶file.二階堂翔⑷─その名は"アイギス"─』
◆
───現在───
──【Zero】オフィス 休憩室。
「──というわけで、翔も【Zero】のメンバーになったってわけさ」
柏木はそう締めくくると、湯飲みに口をつけ、お茶を一口すすった。
「うぅ〜……翔くんも辛かったんですねぇ〜……」
心春は鼻をすすりながら目元を拭う。
「ま、まあ……アタシも大人だしぃ?たまにはあの生意気坊やに優しくしてあげてもいいかな〜って……」
アリスもどこか照れくさそうに視線を逸らした。
どうやら二人とも、すっかり感情移入してしまったらしい。
その時だった。
プルルルル──。
柏木のスマートフォンが鳴る。
「はい、柏木です。……えっ?
でも、そちらに翔が行ってませんか?
…………分かりました。また連絡します」
電話を切ると、レオが首を傾げた。
「どうしたんだい?何かあったのかい?」
その問いに柏木が答えようとした──まさにその時。
ガチャッ。
「ただいまー」
休憩室のドアが開き、当の本人──翔がひょっこり姿を現した。
「おかえり、翔♡お仕事お疲れさま♪」
アリスが満面の笑みで両手を広げ、普段では考えられないほど優しく迎える。
翔は一瞬だけ動きを止めると、怪訝そうな顔で二人を見比べた。
「……えっ、何?
普通にキモいんだけど……」
一拍置いて、今度は目を赤くしている心春を見る。
「……そっちは泣いてるし。キモッ」
二人はピシリ、と音が聞こえそうな勢いで固まった。
「あーっ!今ので完全に現実に戻ってきましたー!
はいっ!これが本物ですよね!
さっき聞いた翔はやっぱり空想だったわ!」
「ふぇぇ〜ん!年下の子にキモいって言われましたぁ〜!」
情緒がジェットコースターのように乱高下する二人を横目に、柏木は翔のもとへ歩み寄った。
「翔、ちょうど今、お前が行ってたシステム管理者から電話があってな。
本庁のシステムがハッキングを受けてるらしいんだ。
お前、戻ってきて大丈夫なのか?」
翔は特に慌てる様子もなく、肩をすくめる。
「うん。
だから、それを何とかするために戻ってきたんだよ」
そう言うと、そのまま奥の作戦指令室──メインコンソールへ向かって歩き出した。
残された四人は顔を見合わせる。
「……どういうこと?」
誰も状況を理解できないまま、とりあえず翔の後を追いかけるのだった。
──作戦指令室 メインコンソール。
「さっき、本庁のシステムをこのメインコンソールに接続してきたんだ」
「相手のハッキングが少し厄介でね。
ここなら処理能力も段違いだから、対処するために戻ってきたってわけ」
「対処するって……お前が直接やるのか?」
柏木が尋ねる。
翔は答える代わりにキーボードへ指を走らせた。
カタカタカタカタッ──。
モニターには無数の文字列が、まるで滝のような勢いで流れていく。
「僕がやってもいいんだけど、今回はこいつの出番さ!」
翔は得意げに胸を張った。
「僕が開発した、AI──人工知能を利用したサイバー防御システム。その名も──『アイギス』!」
自信満々にシステムを紹介した、その直後だった。
「ちょっと聞きました?心春さん。
『アイギス』なんて、いかにも中二病っぽいネーミングですわよ」
アリスが肩をすくめる。
「ダメですよ、アリスさん。
翔くんも、そういうお年頃なんですから」
心春まで真面目な顔で追い打ちをかけた。
「おぃぃぃっ!
この僕を何だと思ってるんだ!
天才ハッカーと謳われた、人類最高の頭脳──」
ムグッ。
「はいはい、そこまでだ」
レオが翔の口を軽く押さえた。
「自慢話はあとでいくらでも聞いてあげるから。
今はこっちが先だろ?」
「……ふん」
翔はレオの手を払いのけると、ニヤリと笑う。
「まあいいさ。
そこでよーく見てるといい」
準備が完了したのか、作戦指令室に電子音が響いた。
──外部からのハッキングを確認。
──緊急防衛機能を起動します。
──侵入経路を遮断。
これ以上のアクセスを阻止しました。
──汚染されたシステムを検知。
ウイルスコードを除去しますか?
「ああ。徹底的に駆除してやれ」
翔が迷いなく実行ボタンを押す。
──了解しました。
──ウイルスコードの除去を開始します。
モニターには膨大なデータが高速で流れ始めた。
その様子を見つめながら、レオがぽつりと呟く。
「翔……これは、まるで……」
「うん。人間でいう"抗体"と同じ仕組みだよ」
翔はモニターから目を離さず説明を続ける。
「病原菌が体内に侵入すると、抗体がそれを排除するだろ?
『アイギス』も同じさ。
侵入したハッカーやウイルスを検知し、自動で解析して排除する。
言わば、このシステム専用の免疫機能ってところかな」
数秒後。
──ウイルスコードの除去が完了しました。
──システムオールクリアです。
作戦指令室に、AIの報告が静かに響く。
「はい、終わり」
翔は満足そうに椅子にもたれかかった。
柏木はすぐさま電話を手に取り、本庁のシステム管理者へ連絡を入れるのだった。
みんなが休憩室へ戻ると、ちょうど相津とジョージも任務を終えて帰ってきた。
「おう、翔!なんか一仕事終えたんだってな!
お疲れさん!」
ジョージはそう言うと、大きな袋をテーブルの上へドサッと置いた。
「任務中に助けた屋台のおっちゃんがお礼にくれてよ!今日はみんなでたこ焼きパーティーだ!」
「わぁ~!すごいたくさんのたこ焼きですね!」
心春が目を輝かせる。
「いやいや、"たくさん"ってレベルじゃないでしょ。
いったい何個あるのよ、それ……」
アリスが呆れ顔で袋を覗き込む。
「二百個だ」
相津が真顔で答えた。
「「「「「多っっ!!」」」」」
休憩室に一斉にツッコミが響く。
「がっはっはっ!
翔も頑張ったみてーだからな!
俺と翔が八十個ずつ食って、残りは好きに食え!」
「胃袋無限の脳筋ゴリラと一緒にしないでくれない?僕は八個で十分なんだけど……」
翔は即座に却下した。
「じゃあ、細かいことはおいといて……乾杯!」
柏木が半ば強引に音頭を取る。
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
賑やかな声が休憩室いっぱいに響き、みんな思い思いにたこ焼きを頬張り始めた。
「ほら翔、まだまだあるぞ!」
「はい、あーん♡」
「ジョージさん!アリスさん!
そんなに一気に乗せちゃダメです!」
「もう食べられないって言ってるだろーっ!
僕の胃袋を破裂させる気かーっ!」
ジョージとアリス、さらにはレオまで加勢し、翔の皿には次々とたこ焼きが積み上げられていく。
必死に抵抗する翔を見て、心春は笑い転げる。
そんな賑やかな光景を、相津と柏木は少し離れた場所から穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。
──かつて、世界のどこにも居場所を見つけられなかった孤独な少年。
誰も信じられず、誰にも頼れず、たった一人で生きてきた天才ハッカーは──
ようやく、自分が心から「帰りたい」と思える場所を見つけたのだった。




