Ep.7 お茶会
Ep.6のアイヒェン侯爵のセリフで「王太子とアマーリエが学園を卒業した」という内容があったのですが、思えばアマーリエってアンネリーゼとフェリクスより二歳下じゃん!と思い出して、修正しております。
【『義姉』『義妹』表記に関して】血縁上『異父妹』ですが、家門が違うので『妹』を名乗るのなら『義妹』だと勘違いしておりました。
半分でも血縁関係であれば『妹』表記が正しいようなので、『妹』表記に訂正しております。
混乱させてしまい、申し訳ありませんでした┏○ペコッ
お祖父様たちと国王陛下へ謁見し、その場でお祖父様と養子縁組をした。
これで私は正式な『アイヒェン侯爵令嬢』となった————。
あんなに望んでいた正式な『侯爵令嬢』という身分を手に入れたはずなのに、何故か体に鎖を一本巻き付けられたような気分だ……。
「それじゃあ、アマーリエ。貴方はもう私たちを頼ることは出来ません。自分で望んだ道です。しっかりおやりなさい」
「お祖母様……」
そう言い残して、お祖父様たちは侯爵家へと帰って行った。
心のどこかで——『家族』なのだから、と見捨てられるわけがないと、僅かに思っていた。
けれど二人とも、私を振り返ることなく去ってしまった。
その日の内に王太子妃の居室で暮らすこととなり、文字通り朝から晩まで王太子妃教育を受ける。
今まで身分は中途半端だったけれど、それでも『侯爵令嬢』として生活してきた。
けれど、王族としての生活ではそんな高位貴族の作法など意味がなかった。
侯爵家では、目が覚めたら自由に起きて部屋の中を歩き回ることが出来た。
今は夜が明けたばかりかというほど早朝に起こされ、更に『起床の儀礼』という宮廷儀礼がある為、専属の女官に起こされるまで寝台から起き上がることも出来ない。
それが寝る前にもあるのだ。
一貴族として生活していた時よりも遥かに窮屈な暮らし……。
フェリクス殿下に会いたくても、殿下も王太子として再教育を受けており、私も自由になる時間がない————。
自分が思い描いていた『王太子妃』としての生活とは、かなりかけ離れていた。
「アマーリエ嬢は、今までお茶会などの社交の場にあまり顔を出されたことがないとお伺い致しました」
「ええ……。その、お母様のことがあったから招待されることが少なくて……」
眉尻を下げて悲痛な表情を見せる。
本来であれば社交界デビューを果たした後、同じ年頃の令嬢や家門繋がりのお茶会や夜会に招待される。
けれど私は、社交界デビューをしていない上、アルバ公爵家の『触れてはならない領域』に好き好んで手を出す貴族家などそうはいない。
たまにお情け程度で、お祖母様の友人のお茶会に参加しただけ————。
こういう話がフェリクス殿下の同情を引いていた。
「左様でございますか。では、早急に社交界デビューを致しましょう。諸外国へのお披露目の前に、国内の貴族の方々に覚えて頂かねばなりません」
いつも通りの無表情のまま、エーレン女官長が淡々と告げる。
まずは、王妃殿下主催のお茶会に出席することになった。
今まで会う予定もなかった為、主要貴族家の家名は覚えていたけれど、詳しくは知らなかった。
どことどこの家がどういう繋がりがあるなど、お茶会などで自然に知り得るような情報を持っているはずもない。
王族として求められる作法、教養、語学の他に、十年分の貴族名鑑を渡され、各家門の姻戚関係、繋がり、事業内容など……広く深い詳細を覚えなければならなかった。
王妃殿下のお茶会で非礼を働くわけにはいかない。
物覚えが悪いわけではなかったけれど、あまりの量に心が急かされた。
お茶会当日————失礼のないよう着飾るけれど、好きな色やデザインのドレスを選ぶことは許されず、場に相応しく、且つ王妃殿下と被らない装いを身に纏う。
宝飾類も今まで着けていた物よりも価値はあるのだろうけれど、小ぶりだったり上品なデザインで、私の好みではなかった。
会場への入場は王妃殿下と共にする。
既に控えの間に入っていた王妃殿下の前に立ち、カーテシーをしながら挨拶をした。
「アマーリエ・フォン・アイヒェンが、王妃殿下にご挨拶申し上げます」
王妃殿下は長椅子に姿勢良く座り、柔らかな微笑みを浮かべている。
「……頭を上げてちょうだい。アマーリエ、と呼んでもよろしいかしら?」
「もちろんでございます」
体勢を戻し微笑みながら答えると、王妃殿下は頷いた。
「そう……では、アマーリエ。今日は伯爵家以上のご夫人とご令嬢をお招きしております。アルバ公爵家とアイヒェン侯爵家は欠席ですが、失礼のないようにお願いね」
————『アルバ公爵家』『アイヒェン侯爵家』。
その二つの名前を聞いた瞬間、心臓をギュッと握り締められたような気がした。
「……承知致しました」
胸の痛みを悟られないように微笑みを崩さずに答えたけれど、僅かに声が小さくなってしまった気がした。
王妃殿下より三歩後ろを歩き、会場へ入った瞬間——その場の視線が一斉にこちらへ向けられたのが分かる。
カーテシーで出迎えられると、会場が見渡しやすい位置で王妃殿下が「頭を上げてちょうだい」と声を掛けた。
「多くの方に出席頂けて嬉しく思います。今日は、新しい『王太子妃候補』のご紹介を致しますわ」
チラッと目線で合図を出され、私は一歩前に足を踏み出してカーテシーをした。
「お初にお目にかかります。アイヒェン侯爵家、アマーリエ・フォン・アイヒェンと申します。皆様、以後よろしくお願い致します」
「アマーリエは諸事情で社交界デビューをしておりませんでしたの。今日を機に顔を覚えてくれると嬉しいわ」
王妃殿下が私の肩にそっと触れて、それを合図に体勢を戻すと、出席者が一斉に「承知致しました」とカーテシーで応えた。
王妃殿下とは別のテーブルに用意された席に着き、こっそりと一つ溜め息を吐く。
まだ気は抜けない……けれど、この時点で既に疲れを感じる。
先ほど軽く視線で会場内を見渡すと、学園で親しくしていた令嬢たちの姿が何人か見えた。
彼女たちとなら……と淡い期待を抱くけれど、同じテーブルに着いているのは公爵家や侯爵家の令嬢が四人————。
同い年でない人も多く、直接言葉を交わしたことなどない。
特に高位貴族家の令嬢は、アルバ公爵家の目を気にしてか用がなければ声を掛けられることなど殆どなかった。
「アマーリエ様……とお呼びしてもよろしいかしら?『アイヒェン侯爵令嬢』とお呼びすると紛らわしいので……」
先に口を開いたのはアステリア公爵令嬢だった。
身分だけで言えば、彼女の方が私よりも上だ。
ルクスフォード王国には公爵家は四家、侯爵家が六家、辺境伯家が四家……伯爵家以降は特に数に際限はない。
彼女は口元に閉じたままの扇子を添え、微笑みを浮かべている。
「ええ、もちろんですわ」
紛らわしい……それはお母様と、ということ————。
「良かったですわ。わたくしたち、直接アマーリエ様とお会いする機会がございませんでしたので、どうしても『アイヒェン侯爵令嬢』と聞くと、もう一方を思い出してしまいますもの」
そう話したのは、エヴァンス侯爵令嬢。
アイヒェン侯爵家とは、特に関わりのない家だ。
何と返せばいいのか分からなくて、微笑んだまま黙ってしまう。
「アマーリエ様は、もう王城にお住まいなのでしょう?儀礼が多くて覚えるのも大変なのでは?」
「ええ。こんなに侯爵家と違うとは思っておりませんでしたわ」
「そうですわよね。同じように振る舞えるのなら、アルバ公爵令嬢も数年かかることなどなかったでしょうしね」
ライヒス公爵令嬢の問い掛けに苦笑しながら少し本音を零すと、クロイツ侯爵令嬢がアンネリーゼの名前を投じた。
「そうですわよね。それでもアルバ公爵令嬢は優秀なお方でしたから、王太子妃教育も通常より早く終わらせたのでしょう?」
「ええ、そのように聞いておりますわ」
「クロイツ侯爵令嬢はアルバ公爵令嬢とお親しいですものね」
アステリア公爵令嬢の問いにクロイツ侯爵令嬢が答えると、エヴァンス侯爵令嬢が小さく笑いながら話した。
クロイツ侯爵令嬢は同い年で、先日の卒業パーティーにも参加しており、学園ではいつもアンネリーゼの傍にいた令嬢だ。
『アンネリーゼ』の名前を聞いて胸の奥が凍りついたのは私だけだったようで、他の四人は微笑みながら会話を続けている————。
比べられることは、今日のお茶会までの間に覚悟を決めていたはずだった。
けれど、高位貴族——しかも長く繋がりのある令嬢たちによる比較は、遠回しのように見せかけながら思った以上に露骨で————。
私は笑顔を崩さないだけで、精一杯だった。




