Ep.6 養子
「王太子殿下も、アルバ公爵令嬢も……既に学園を卒業した。 本来であれば、近くお二人は結婚する予定だった。 近隣諸国にも招待状は送付済みだ。 どうせ、その辺りも計算済みだったのだろう?」
そう……結婚式の招待状は既に送付済みだった。
婚約破棄をしても結婚式を中止にするわけにはいかない——だから、仮に私に相手が代わったことを懸念されても、渋々でも認めて貰えるのではないか……そんな思惑もあった。
そのことをお祖父様に指摘されてしまい、俯いていた顔を余計に上げられなくなってしまう。
「お前たちの計画通り、結婚式は予定通りに行われる……ただし、長い間王太子妃候補はアルバ公爵令嬢だったということを参列者全員が知っている。 お前は式が始まったその瞬間から、全ての者にアルバ公爵令嬢と『比べられる』ということを頭に入れておけ」
お祖父様の言葉に、力なく顔を上げる。
アンネリーゼは長年、王太子妃候補として公務もこなしてきた。
当然、外交や他国のパーティーにも参加し、『王太子妃候補』として多くの者たちに紹介されてきたはずだ。
招待状が届いた際、近隣諸国の要人たちは名前を見てアンネリーゼの顔を思い浮かべただろう……。
それが土壇場になって、新婦が私に代わる————。
きっと間違いなく、様々な憶測を生む。
そして、私とアンネリーゼが比べられる……。
そう思ったら、あんなに満たされていたはずの心が『恐怖』でどんどん黒く塗り潰されていく————。
手が震えそうになるのを、必死にスカートを握り締めることで誤魔化そうとした。
けれどお祖父様の話は、私の気持ちとは関係なく続く。
「結婚前にアマーリエを私の養子にする。 今は侯爵家の籍に入っているが、『侯爵令嬢』と名乗るには微妙な立場だからな」
「何故、お父様の養子に? どうせなら、お兄様の方がよろしいのではなくて?」
アイヒェン侯爵令嬢と言えば————実際はお母様のことだ。
私はお母様の娘だから、侯爵家の籍に入っているに過ぎない。
お母様が再婚すれば、そちらについて行かなければならず、相手の身分によっては貴族でなくなる可能性もある。
だから体裁を整える為とは言え、お祖父様と養子縁組することで『本当の侯爵令嬢』になれる————。
長年の懸念が解決したはずなのに、何故か不安は消えない……。
きっと、話はそれで終わりではないということを理解したからだろう。
「ロドリックの養子にはしない。 アマーリエが結婚したら、私はすぐに当主を譲るつもりだからだ」
「えっ!?」
お母様は驚きで声を上げたけれど、私はもうそんな気力も残っていない。
ただ、言葉を失った。
「待って! お兄様に当主を譲ったら、私はどうなるの!?」
「代替わりするのだ、お前もそのままというわけにはいかないだろう。 どこか跡取りの要らない家へ後妻として入るか、修道院へ行くか……好きな方を選べ。 もうこの家には置いておけない。 これ以上、家門を穢すわけにはいかないからな」
『家門を穢す』————。
私のしたことは、お祖父様たちにはそう映っているのだ……。
「アマーリエも。 私が隠居した後は、アイヒェン侯爵家がお前の後ろ盾とは思うな」
「そ、そんな……では、私は誰を頼れば……」
「そんなこと。 王太子殿下を頼れば良い。 他者を蹴落としてまで望んだのだろう?」
お祖父様だけじゃない——伯父さまも、お祖母様も、ヘンリーも、冷ややかな瞳で私を見つめている。
「お、お父様……それではアマーリエが可哀想だわ。 家から王太子妃が出るのだから名誉なことじゃない! お兄様が後ろ盾になってあげれば……」
「馬鹿なことを言うな! 良いか? 今回のことでアルバ公爵家は社交界と国政から身を引くと陛下に宣言したそうだ! それがどういう意味か分かるか!? アルバ公爵家は王家と距離を置くということだ!」
その言葉にお祖母様とヘンリー、そしてお母様の顔色まで青ざめたのが分かった。
ずっと衝撃的な言葉ばかり聞いていたせいか、その意味がよく呑み込めない————。
「……アマーリエは事の重大さが分かっていないようだな。 アルバ公爵家は軍事力も経済力も他の追随を許さない」
「つまり、お前のせいでアルバ公爵家が王家から距離を取った。 それに追従する家門も出てくる上、我が家との繋がりを切る家も出てくる」
「……そ、そんな……」
アルバ公爵家が引いただけで他の貴族家まで動くなんて……。
それでは、貴族たちの支持を得るなんて無理ではないか……。
「お前の浅はかな言動のせいで起きた事の重大さが分かったか? 仮に廃籍されても侯爵家に戻れるなどと思うな。 ロドリックやヘンリーに迷惑をかけることは許さん」
目の前が、真っ暗になった————。
そこからのことは、よく覚えていない。
お母様が自分の行き先について騒いでいたような気もするけれど、全く耳に入って来なかった……。
翌日——私はお祖父様とお祖母様と共に登城した。
侯爵家の籍に入っている以上、高位貴族としての教養とマナーは身に付けてきたはずだから、その点は問題ないはずだ。
王城内へ入ると謁見の間ではなく、国王陛下の執務室へ通された。
室内には国王陛下とその侍従、そして宰相閣下がいた。
お祖父様たちと私は深く頭を下げて挨拶をする。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。 この度は、孫のアマーリエが大変なご迷惑をお掛け致しまして、誠に申し訳ございません」
「……申し訳ございません」
「……頭を上げよ」
ゆっくりと体勢を戻すと、目の前の三人は皆、険しい顔をしていた。
国王陛下と宰相閣下はいつも険しい顔をされている気がするけれど——何だか今日は、瞳がいつもより冷たく見える。
「其方がアマーリエ嬢か……。 侯爵から、王太子妃になってからの処遇は聞いているか?」
「はい……存じております」
声が震えそうになるのを、必死に耐えた。
「では重ねてになるが、其方は本日から王城の王太子妃の居室に移り住んで貰う。 式までの間、王太子妃教育を詰め込めるだけ詰め込む。 さすがに王族としての振る舞いが全く出来ない者を、諸外国の要人も参列する席に出すわけにはいかないからな」
まるで私が教養がないかのような陛下の発言に、内心苛立ちが込み上げる。
「……高位貴族の教育を受けたとは言え、王族としての教養は別物だとお考え下さい。 でなければ、筆頭公爵家のアンネリーゼ嬢が改めて教育を受ける必要はありませんでしたから」
私の頭の中を見透かしたように、宰相閣下が告げた。
自分の考えを悟られた羞恥心なのか、アンネリーゼと比べられた苛立ちなのか——思わず俯いてしまう。
その様子に陛下は一つ溜め息を吐くと、視線をお祖父様へと移した。
「アマーリエ嬢の身分はどうするつもりだ? 今のままでは『侯爵令嬢』とは名乗れんぞ?」
「はい。 私の養子として輿入れさせます。 その後すぐに当主の座を息子に譲るつもりです」
淡々と語るお祖父様の言葉に、陛下は理解したとばかりに頷いた。
そうすることで、私に後がないことを悟ったのだろう。
ちょうどその時、コンコンと扉を叩く音がして、近衛騎士が王妃殿下から手配された女官長の訪問を告げた。
陛下が入室を許可すると、ダークブラウンの髪をきっちりと纏め上げた女官が入って来た。
「国王陛下、並びに宰相閣下にご挨拶申し上げます」
彼女は口上と共に深く一礼した。
その動きは滑らかで、一分の隙もない——見ているだけでそれが伝わるような所作だった。
「頭を上げてくれ。 エーレン女官長、わざわざすまないな」
「とんでもないことでございます。 私の職務の一環ですので、お気になさらず」
頭を上げた『エーレン女官長』と呼ばれた彼女は、年の頃はお母様に近く見えたけれど、無表情で感情が一切読み取れなかった。
「この者がアマーリエ・フォン・アイヒェン嬢だ。 近く、侯爵の正式な養子となる。 結婚式までの間、色々頼むぞ」
「お任せ下さいませ。 初めまして、アマーリエ嬢。 私は王妃宮女官長のサラ・フォン・エーレンと申します。 王妃殿下のご命令により、結婚式までの間、身の回りのことと王城内の規則をご教示させて頂きます」
私に向き直ると女官長は淡々と挨拶と役割の説明をした。
戸惑いながらも立ち上がり、「こちらこそ、よろしくお願い致します」とカーテシーを披露したけれど、特に反応は見られなかった。




