Ep.5 現実〜アマーリエside
卒業パーティーの翌朝——目が覚めて窓の外を見ると、雲一つない青空が広がっていた。
それだけで世界が自分を祝福してくれているような気がしていた。
昨夜の出来事が忘れられず、胸の高鳴りが止まらない。
王太子であるフェリクス様に選ばれた——それが私の中でアンネリーゼに対する仄かな優越感と、未来の王太子妃の座に就くのだという高揚感となって溢れていた。
そんな気持ちを押し隠し、朝食の時間に食堂へ向かうと、中にはお祖母様とお母様、そして従弟のヘンリーだけだった。
「あら?お祖父様と伯父様はいらっしゃらないの?」
「お父様とお兄様は登城されたわ。どうやらお呼び出しがあったみたいね」
特に気にする様子もなく、お母様は食事に手を付け始めた。
私も自分の席に座り、お祖父様たちが『王城から呼ばれた』という話を気にしないふりをして食事を摂り始めると——それまで黙っていたお祖母様に、突然問い掛けられた。
「……アマーリエ。貴女、何かしたわけじゃないわよね?」
「え?」
顔を向けると、お祖母様は射抜くような鋭い視線で私を見据えていた。
その空気感にお母様も思うところがあったのか、食事の手を止めてナプキンで口を拭き、私を見つめてきた。
「ど、どうしたの?何で、そんなに怖い顔を……」
「……私が何も知らないとでも?貴女が学園で王太子殿下に付きまとっていると聞いたわ。私は何度も言ったわよね?『身の程を弁えなさい』、と」
……確かに、お祖母様には何度か注意を受けていた。
けれど私から近付いているわけではなく、フェリクス様の方から傍に来てくれるのだから——と、真剣に聞いていなかった。
「従姉様は余計なことしかしないよ。中等部でも従姉様が王太子殿下について回っているのは有名なんだから」
ヘンリーは蔑むように冷たく吐き捨てると、こちらを見ることもなく食事を続けている。
「王太子殿下……?確か、殿下の婚約者はアンネリーゼじゃなかったかしら?」
「いくら自分の娘とは言え、アルバ公爵令嬢の名を呼ぶのは止めなさいと言っているでしょう。何度言ったら分かるの」
お母様のセリフを受けて、お祖母様の矛先が変わった。
けれど、先ほどのお母様の『殿下の婚約者』という言葉に僅かな苛立ちが生まれ、思わず呟いてしまう。
「……昨日、お義姉様は殿下に婚約破棄されたわ」
私の呟きにお祖母様たちが驚きに目を見開き、視線が私へと集まった。
「婚約破棄ですって!?どういうことなの!?」
まだ正式に婚約破棄が成立したのか、状況も分からない中で、私たちのことを話していいか迷って言い淀んでいると——突然、外が騒がしくなった。
「?……お父様たちがお帰りになったのかしら?随分と早いわね」
お母様の言葉にお祖母様が表情を険しくさせた瞬間、家令が入って来た。
「奥様、お嬢様、ヘンリー様、そしてアマーリエ様……旦那様がお呼びです。至急執務室へ来るようにと」
ただならぬ空気に全員が息を呑んだ。
けれど私は「きっと殿下との婚約の話だ」と思い、内心喜びが溢れていた。
「旦那様、いかがなさいました?」
皆で執務室へ移動すると、お祖父様は執務椅子に座っており、伯父様は一人掛けのソファへ腰掛けていた。
「……全員、そこへ座れ」
お祖父様の低い声が響き、それだけで怒っていることが伝わってくる。
大人しくお祖母様とヘンリー、お母様と私に分かれてソファへ座ると、それまで黙っていた伯父様が重い口を開いた。
「……陛下に呼ばれて王城へ行ったら、恐ろしい話を聞かされた……アマーリエ。お前、アルバ公爵令嬢と王太子殿下の婚約を壊したそうだな」
「何ですって!?」
鋭い視線を私に向けながら淡々と話す伯父様の言葉に、お祖母様が叫ぶように声を上げた。
お母様とヘンリーも驚きで目を見開き、私を見ている。
その視線に耐えられず、思わず俯いて膝の上のスカートをギュッと握り締めた。
「本当なの!?アマーリエ!!何とか言いなさい!」
「落ち着け。アマーリエの話を聞こうじゃないか」
お祖母様が怒りに任せて怒鳴ると、お祖父様が静かにそれを制した。
「……壊したわけじゃ……ただ、殿下が……私のほうがいいって……」
「それを壊したって言うんだよ!従姉様は中等部でも婚約者のいる殿下に言い寄っているって有名なんだから!」
言い淀みながら紡いだ言葉に、今度はヘンリーが立ち上がって怒鳴ってくる。
そして——信じられない言葉が耳に入った。
「これだから、阿婆擦れの娘は阿婆擦れだって言われるんだ」
怒りを吐き出すかのように溜め息を吐きながら再びソファへ座り込んだヘンリーの言葉に、思わず視線を向けた。
「……な、何それ。もしかして私のこと……?」
「それ以外、誰がいるんだよ」とヘンリーは顔を背け、私の顔を見ようともしない————。
周囲からそんな風に思われていたとは、気付きもしなかった。
本来なら私も『アルバ公爵令嬢』だったはずなのに、お母様のせいで不本意な状況に陥った——どこか自分を『悲劇のヒロイン』のように感じていた。
だから、そんな可哀想な私の為に神様がアンネリーゼの『幸せ』を私に分けてくれたのだと————そう思っていた。
「……お前、再三言ったにも拘わらず、懲りずにアルバ公爵令嬢のことを『お義姉様』と呼び続けたそうだな……いかにもあちらが器の小さい人間であるかのように殿下の同情を買ってな」
それまで黙っていたお祖父様がデスクの上で肘を突き、手を組んで私を睨み付けていた。
想像していた状況からかけ離れ、全身から血の気が引き、体がガタガタと震えている。
最早、恐怖で震えているのか、寒いのかさえわからない。
「……陛下からお呼びがかかったということは、沙汰があったのでしょう?アイヒェン侯爵家への罰は何です?」
お祖母様が淡々と問い掛けた言葉に、思わず耳を疑った。
「……罰……?」
「当然でしょう?陛下からお呼びが掛かったということは、どうせ婚約破棄の許可を頂いていなかったのでしょう。王太子殿下の婚約は一種の王命——それを勝手に破棄したのなら、それは王命に逆らったと同義だもの」
王太子であるフェリクス様が婚約破棄を告げたというのに、何で我が家に罰が?と問おうとすれば、至極当たり前のようにお祖母様が答えた。
フェリクス様とアンネリーゼの婚約が王命————。
……そんなこと、聞いていなかった————。
「そ、そんな……私、知らなくて……」
「知らない?そんなわけないでしょう。貴族の婚約、婚姻は全て陛下からの裁可があってこそ成立するのよ?それを勝手に破棄するのは反逆行為でしょう?」
「……こんなことなら、アルバ公爵家から『抗議』が来た時点で修道院へ入れておけば良かったな……」
「今更悔やんでも仕方がありませんよ」
お祖父様の『修道院』という言葉に、思わず肩がビクッと震えた。
「……それで、どうなるんですか?」
再びお祖母様が尋ねると、お祖父様は一度目を閉じ、深く溜め息を吐いた。
「……アルバ公爵令嬢と王太子殿下の婚約は、殿下の『有責』で破棄された。そして——アマーリエと婚姻させることとなった」
————『婚姻』。
その言葉に勢いよく顔を上げた。
陛下に認められた……?
そんな淡い期待が胸の中に湧き上がったけれど——次の瞬間、それは粉々に砕かれた。
「アルバ公爵がそう進言したそうだ。『我が娘を切り捨ててまで選んだ令嬢なのだから、さぞかし素晴らしい王太子妃となるだろう』とな……。よって、アマーリエが王太子妃として『相応しくない』と判断されたり、貴族たちの支持を得られなかった場合、廃籍される。それと同時に殿下も廃嫡されることとなった」
『廃籍』『廃嫡』————聞いたことはあっても、実際になった人を見たことはなかった。
その一人に、自分がなるかもしれない…………。
先ほどとは違う恐怖が、静かに私を襲ってきた————。




