最終話 堪能頂けたかしら?
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ
女公爵となって二月が経った————わたくしは相変わらず、それなりに忙しい日々を送っている。
お父様やお兄様から引き継いだ執務をこなし、商人ギルドや『魔石』の取引がある商会との会合————。
王城も『不要』な貴族家の処分を終え、少し落ち着いたように見えた。
「————婚約者、ですか?」
「そうだ。ライナルトも、アンネも……後継を残す為にも伴侶が必要だろう?」
わたくしの名前を口にすると、お父様はどこか苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべた。
恐らく、どこぞの子息に娘を取られるのが不満なのだろう。
お父様曰く、お兄様とわたくし宛に釣書が山のように届いているらしい。
実際に見せて貰うと、確かに文字通り山積みとなっていた。
本来なら当主である『わたくしの所へ届く物ではないだろうか?』と疑問に思ったけれど、どうやらお父様に伴い国王専属侍従長となったゴードンが、新たに家令に任命された息子のベルナールに命じ、お父様へ全て届けさせていたそうだ。
「…………わたくしより、お兄様の釣書の方が大変なことになっておりますわね」
わたくしの釣書の隣に置かれているお兄様への釣書は、わたくしの倍以上に積み上げられている。
今や王太子となったお兄様は、公爵家の嫡男だった際に「その内、決めるよ」と微笑みながら縁談を全て断っていた。
アルバと繋がりたい貴族家はたくさんいる。
けれど、ルクスフォード旧王家の臣下だった時は、力の強い家門と繋がることを良しとしなかった。
ただでさえアルバの影響力が大きかったことに対し、旧王家はあまりにも弱過ぎた為、何らかの難癖を付けられ『粛清』される可能性を減らしておきたかったのだ。
実際、お父様が国王だったなら迷わず取り潰していただろう————。
————それ故、アルバは婚姻によって齎される力を『不要』としていたのだ。
そうなると候補は自然と絞られてしまい、お兄様に相応しい家門の令嬢が極端に少なくなってしまった。
お母様が処分されてから教えてくれたのだけど、お父様があの方を娶ったのも、そういう部分が大きかったそうだ。
現アイヒェン子爵家は侯爵位だった頃から家門としての影響力はほぼなく、六家あった侯爵家の中で序列は下位だった。
そういう意味で高位貴族の中では一番条件に合う家で、本人も傲慢ではあるものの家政などの能力はあり、『夫人』としての役割を果たすのにちょうど良かったようだ。
————結果としては『不貞』という余計なことを仕出かし家門に傷を付けたが、ある意味旧王家への目くらましとなった。
もちろん、だからと言って我が家の名に泥を塗ったことは許されることではない。
そしてアルバが王族となったことで、そういう影響力に関しては気にしなくてよくなったものの、甘い蜜に群がる『羽虫』は隠れてはいるが未だ存在している。
将来王妃となる者の生家が多少力を持つことは止められないが、それにより増長されても困る————。
なるべく身の程を弁えられる家門の令嬢を選びたいところではあるが、なかなか難しいようだ。
「…………ライナルトは心配いらない。恐らく自分の中で、候補としている者がいるだろうからな」
「そうなのですか?…………まさか…………」
わたくしの脳裏には一人の令嬢が思い浮かび、お父様に視線で問えば重々しく頷いた。
ならば、心配はしなくても大丈夫だろう。
お兄様が一度決めたことで叶わなかったことはない。
わたくしは山積みにされた釣書の一つを手に取って、中を確認する。
そこにはあったのは、とある侯爵家の次男の絵姿と諸々の情報だったけれど、それとは別にアルバの影が調べた『補足情報』が書かれた別紙が一枚挟まれていた。
内容を確認すれば、どうやら男爵家の令嬢と関係を持っており、その関係は未だ続いていると記載されている。
婿入りを望んでいる割に、他の令嬢と関係を続けているとは…………。
あの方のように『不貞』を働くどころか、愛人として囲うつもりなのだろうか?
あまりの愚かさに深い溜め息が漏れ、わたくしはその釣書を元の場所には戻さず、ただローテーブルの上に置いた。
恐らくこの山積みとなっている釣書全てに、この『補足情報』があるのだろうと思うと、目を通す気力すらなくなる。
「お父様がお気に召した方はいらっしゃいませんの?」
「…………どれもいまいちだ。アンネの隣に立つのに相応しいと思えない」
どんな基準で篩に掛けたのかは分からないけれど、かなり厳しい条件なのだろうということだけは分かる。
「それでしたら、とりあえず今は決めなくてもよろしいのではないでしょうか?お兄様と一緒で、その内わたくしが『この人』という方が現れるまでは————」
わたくしがそう伝えると、お父様はどこか複雑そうな表情を浮かべながら納得してくれた。
他の男に娘を渡したくもないけれど、『婚期を逃した』という不名誉が付くのも好ましくない、といったところだろう。
話が終わり、その場を辞するとわたくしは屋敷へと戻った。
「ご主人様、お帰りなさいませ」
馬車を降りると、ベルナールが出迎えてくれた。
「ただいま、ベルナール」
わたくしが公爵家の当主となると、屋敷の使用人たちは『お嬢様』から『ご主人様』へと呼び方が変わった。
「ベルナール、着替えたらお茶の用意をしてくれる?」
「でしたら、庭園のガゼボでいかがでしょう?本日は暖かいですし、屋敷にいる時はずっと執務室にいらっしゃいますから」
「たまには気分転換にも、よろしいのでは?」と笑みを浮かべている。
確かに最近は、ずっと領地と王都の往復で、屋敷にいても執務室へ篭りきりだったことを思い出す。
ベルナールの提案に頷き、エレンに着替えを手伝って貰った後、共に庭園へと向かった。
庭師が丹精を込めて整えた花々を見て、心が安らぐのを感じながら、そのまま歩みを進める。
ガゼボに足を踏み入れると、テーブルの上には茶菓子が用意されており、ベルナールがわたくしを見て微笑みながら椅子を引いてくれた。
そのまま腰を下ろすとエレンが紅茶を供してくれ、わたくしは湯気と共に立ち上がる香りを楽しみ、カップに口を付ける。
自分でも気付かない内に強張っていたのか、肩の力が自然と抜けていった。
ふと、ここ約半年間のことを思い出す————。
学園の卒業パーティーのことが遥か昔のことに感じられ、領地ではお父様とお兄様の穏やかな愛に包まれながら、王太子妃教育が始まる前の幼い頃以来に時の流れがゆっくりと過ぎていくような時間を過ごした。
そして————王都に戻ってからはアルバが王家となり、わたくしも女公爵となって再び忙しい日々を送っていた。
お父様とお兄様が屋敷からいなくなり、どこか寂しかったのかもしれない…………。
けれど、わたくしの傍にはベルナールやエレンなど、自分以上にわたくしを大切に思ってくれる人がいる。
ゆっくりと二人の顔に視線を移すと、自然と口角が上がった。
穏やかなひとときを噛み締めながら、わたくしは再び紅茶に口を付けた————。
ゾフィ様、アマーリエ、そしてフェリクス様————。
三人の顔を順に頭の中に思い浮かべる。
「————お心のままに動いた結果は、堪能頂けたかしら?」
誰に向けてでもなく、ただ一人呟いただけのその言葉は、静かに溶けて消えた————。
ここで一旦、終話と致しました。
これ以降は番外編を更新予定です。
続編も、もしかしたら……|ω•)チラッ
最終話まで、お付き合い下さった読者の皆様に感謝です!




