【番外編】婚約〜ライナルトside
今回は『お兄様』編です。
ルクスフォード王国がなくなり、新たに『アルバ王国』へと変わると、私————ライナルト・フォン・アルバは『王太子』となった。
私としてはアンネが女王として戴くのも良いと思ったのだけれど、『アルバの公爵家を継ぎたい』と希望した為、アルバ公爵家は『スキア公爵家』へと生まれ変わった。
立太子する前から王城内の『掃除』を始め、要否を淡々と進めていく。
宰相補佐を務めていた頃から『不要な者』は一人残らず覚えており、後にアンネが王太子妃になった際に邪魔になるようであれば片付けようとアルバの影に色々と探らせていたのが、今回役に立った。
代わりに身分や愚か者のせいで陽の目を見ることが出来なかった者たちをどんどん登用し、ガンガン仕事を割り振っていく。
父上に「お前は優秀なあまり、他人にも高い能力を求める嫌いがある。最初から求めたことをやれる者は良いが、少し段階を踏むことも必要だ」と助言された。
確かに一理あるなと改め、その者の現段階の能力ギリギリのラインを見計らって仕事を任せるようにした。
まあ、それでも「ヒイヒイ」言っている者もいるけれど、大抵はきちんと期日までに仕上げることが出来るようになった。
王族となる前は、これは——と思う人物を囲い込んで側近に取り立てたりしていたが、一貴族家と王族となれば、当然王族の方が統率しなければならない臣下の数が多いに決まっている。
そうなれば、もちろん全ての臣下が高い能力を持っているわけではない。
そこは適材適所なわけだが、それでも努力もせず家門や親のコネで要職に就きながらも、ただそこにいて威張っているだけの者や、その職務に必要な能力を持っていない者は、ばっさり切った。
『働き蜂の法則』は人間にも当てはまる。
良く働く者が二割、普通に働く者が六割、サボる者が二割。
だんだん今の環境に慣れて腐っていく者が出てくるのは、父上も私も承知している。
だからこそ周囲には、良く働く二割を側に置きたい。
必ず腐っていく者が出てくるなら、それは閑職で充分だ。
ただいるだけでも、その者たちは他の者たちに影響を与えるのだから、それはそれで十分に役に立っていることとなるだろう。
だが面倒なことに、戴冠式と立太子の儀が終わって早々、私とアンネに山ほどの釣書が届くようになった……。
アンネの分はスキア公爵家に届いた物も全て王城へ回すように手配し、父上と共に精査したが——どれもこれもアンネに相応しいと呼べる者はいない。
それはある意味、仕方のないことでもある。
高位貴族は年齢的に幼い頃から婚約を結んでいることが多く、学園卒業と同時に婚姻するのが通例だ。
アンネは既に十九歳——まだ行き遅れと呼ばれるほどではないが、既に優良物件は売約済みだ。
そう思うとフェリクスと結婚しなくて良かったと思う反面、よくもアンネに疵を付けてくれたものだと怒りが込み上げてくる。
「……アンネはしばらくは婚約しないと言っていたが、お前は早々に決めてしまったほうがいいだろう」
「はあ、そうですね」
いつまでも釣書の山が増えていくのも鬱陶しい。
かと言って母上だった人のようにただ着飾るだけの王太子妃など不要な上、自らの立場を勘違いせず、尚且つアンネに理解がある者————。
果たして、そんな令嬢がいるだろうか?
そう思っていたが、思わぬところから見つけてしまった。
「——ご安心下さい、もう目星は付けてありますので」
父上に向かってにっこりと微笑んだが、何故か呆れたような顔をして「……好きにしろ……」と手を払う仕草で執務室から追い払われた。
……まあ父上のことだから、私が誰に目を付けたのか——予想は付いているのだろう。
私は自分の執務室へ戻る道のりを歩きながら、密かに口端を上げた。
——————
「……王太子殿下、申し訳ございません。どうやら聞き取れなかったようなのですが、もう一度よろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん。何度でも言おう。コーデリア・エヴァンス侯爵令嬢、私と婚約してくれないか?」
先触れを出しエヴァンス侯爵家を訪問すると、まず父親のエヴァンス侯爵へ挨拶と共に婚約の打診をした。
貴族令嬢の婚姻関係は当主の許可がいる。
それ故、話を通しておかねばならない——それに……。
「……王太子殿下。我が娘、コーデリアは旧王家の婚約者だった者です。いくらシルヴァン元王子が処罰された故の婚約解消と言えど、皆娘のことを知っております。そのような因縁のある娘をわざわざ婚約者に立てずとも……」
尤もらしい言葉を並べているが、堅実さが売りの侯爵はかなり慎重な者だ。
目立つようなことも好まず、ただ粛々と家門を守る————。
そんな侯爵がコーデリア嬢とシルヴァンの婚約を許可したのも、シルヴァンが第二王子で未来の国王の『補佐』となるからだったのだろう。
恐らくフェリクスでは受けなかったと思う。
だからこそ、私からの申し出も断ろうとしているのだろが……。
そこで引き下がる私ではない。
「——侯爵の言いたいことは分かっている。だが考えて欲しい。コーデリア嬢はいくら旧王家とは言えど、一度は『王子妃』となるはずだった。それがなくなり新たな婚約者を探すとなると……ちょうどいい者はいないのではないか?」
————そう、一度は仮にも王族の婚約者だった。
つまり次の相手はそれ以上か、もしくは同等でなければ、コーデリア嬢の価値が下がった——瑕疵が付いたと見做される。
アンネも同じだが、高位貴族で現段階で残っているのは『訳あり』か『後妻』などだ。
図星を差された侯爵は眉を顰め、苦々しく顔を歪めている。
「もちろん、無理強いをするつもりはない。コーデリア嬢の意思を尊重すると約束しよう」
そう言いながらにっこりと微笑み掛けると、侯爵は複雑そうな表情で渋々頷いた。
————そして現在、コーデリア嬢との席を設けて貰い『交渉』を始めている。
「……何故、わたくしなのでしょう?」
怪訝そうに問い掛けてくるコーデリア嬢をおもしろく感じながら、私は微笑みを崩さずにそれに答えた。
「理由は主に二つかな。まず、旧王家へアルバに王権を渡すように侯爵に働き掛けたのは君だろう?時勢を読む力、そしてそれを遂行する胆力——さすが王子妃教育を修められるほどの能力を持っていると思った」
「正直、シルヴァンには勿体無いと思った」と言葉を継ぐと、どこかばつの悪そうな顔をしている。
大方、侯爵を動かしたのが自分だと知られていたとは思わなかった、というところか?
シルヴァン相手では、どうしても彼女の方が能力が高い。
王子よりも目立たず、あれを立てなければならないのは苦労しただろう。
「————そして、二つ目。私にとっては、これが一番大きいのだけれど……コーデリア嬢は、アンネを好意的に思ってくれているのではないか?」
私の言葉に先ほどまでの気まずそうな表情が消え、目を見開いて驚いている。
「王城で宰相補佐をしていた頃、何度かアンネと話している姿を見たことがある。あの子は人の心の機微に敏感だからね……。淑女としての作り笑顔ではなく本当の笑顔を見せていたから——」
その時の場面を脳裏に思い浮かべながら、話を続ける。
「腐っても一度は王子の婚約者となったんだ。次の婚約が決まるのが難しいことは賢い君なら理解しているだろう……と、すれば次に君が狙うのは————アンネの側近じゃないかな?」
そう告げながら笑みを崩さずにコーデリア嬢を真っ直ぐ見つめると、彼女はついに口もぽかんと開けてしまった。
随分と素直に感情を表に出しているが、これは私相手だからということは理解している。
小さく、くすっと笑い、止めを指す一言を告げた。
「私と結婚したら————アンネと『義姉妹』になれるよ?」
——————
「————父上、エヴァンス侯爵令嬢に婚約を承諾して頂けました」
帰城して真っ直ぐ父上の執務室へ向かい、コーデリア嬢のことを報告した。
「……そうか。なら、書類や婚約披露パーティーの準備をしなければな」
やはり父上は、私が誰を婚約者に立てようとしているのかが分かっていたようだ。
少し呆れた顔を見せ軽く溜め息を吐くと、婚約の手続きをゴードンに命じた。
それを見届け一礼をしてその場を後にし、自分の私室へと向かう。
————何だか、楽しくなりそうだ。
エヴァンス侯爵家でのコーデリア嬢を思い出しながら、密かに口元を緩めて廊下を進んだ。
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