Ep.36 戴冠
既に旧王家となったルクスフォード家の者たちを、王城から王陵近くにある離宮へと移した。
建前として、先祖が眠る地を守る『墓守』をする為、ということになっている。
貴族としても、平民としても放逐するわけにはいかず、かと言って王城に残して置くわけにもいかない。
もちろん、彼らにはアルバが信頼のおける家門に監視役を任せており、護衛という名の見張りの騎士も置いている。
お父様やお兄様は既に王城へ住まいを移したが、わたくしはアルバ公爵家の屋敷に残った。
当然のことながら、そのことにお父様たちは不満を漏らしたけれど、『この家を継承するのだから、王城に住むのは他の貴族家に示しが付かないでしょう』と伝えて渋々認めてくれた。
————とは言っても、わたくしが娘であることに変わりはない為、『準王族』とし、王城内にわたくしの部屋だけは準備することにしたようだ。
『王女』という身分と『公爵位』を共に持つことは可能ではあるけれど、女公爵となるなら『臣籍降下』をした体の方が色々と都合がいい。
特に他国は情報が錯綜しており、わたくしが新たな国王陛下の娘だということを知らない者も多いだろう。
国名を『アルバ王国』と変えることにあたり、アルバ公爵家の家名と家紋を変えることとなった。
「————新しい家名と家紋は何がいいかしら?」
当主の執務室でデスクの上に紙を広げ、わたくしは深く溜め息を吐いた。
アルバの家紋は剣と盾をモチーフとしている。
中央で二分された盾は、『夜明け』を象徴する紺青の『夜』と白の『朝』で彩られていた。
「新しい公爵家は、今までとどこが変わるのですか?」
デスクの脇に立ち、全く何も書かれていない真っ白な紙を見てエレンに問い掛けられた。
「そうねえ……根本が変わるかしら。アルバはそもそも始祖である『王弟』が、王家が過ちを起こさないように外から見張るという方針があったわ。だからこそ、アルバはルクスフォードと距離を置いていたの————」
しかし、昨今のルクスフォードはあまりに力がなく傾いていた為、『わたくしが嫁ぐから』という名目でアルバが介入することとなっていた。
「————けれど、新しい公爵家は違うわ。お父様やお兄様が表だって動けない時————わたくしが影で動くわ」
わたくしは王国の『闇』を払う存在となる。
そんなことを考えた瞬間、一つだけ閃いて思わず目を見開いた。
そのままの勢いで、わたくしは一つの言葉を真っ白な紙に記す————。
「————スキア……『影』、ですか?」
エレンが紙を覗き込んでその文字を確認すると、わたくしに視線を向けた。
「そう、スキア————。わたくしは、王国の『闇』を払う『影の存在』となるわ」
家名が決まれば、家紋が決まるのも早かった。
モチーフ自体はアルバと同じ剣と盾にして『血族』であることを示す。
盾の中には『闇を狩る者』という意味を込めて、『影鳥の羽』を象徴とした。
アルバの国に変わったけれど、ルクスフォードの爵位や家名を引き続き使用する為、紋章や家名などを管理している紋章院で一度、過去に同じ家名、家紋がなかったかを確認して貰わなければいけない。
わたくしの知る限り、ここ百年以内には同じような家名や家紋はなかったので大丈夫なはず————。
数日後————紋章院から返事が届き、無事に家名と家紋が承認された。
そして元々わたくしとフェリクスさんの結婚式の日に、お父様の『戴冠式』とお兄様の『立太子』を行うと同時に、新たに『叙爵、陞爵』された者たちも式典で公表する。
その中には、もちろんわたくしもいる。
式典まで日がない為、結婚式で使用するはずだった物を利用しつつ、王城の事務官や使用人たちは準備に追われていた。
わたくしも結婚式から戴冠式へと変更になったお詫びと招待状を諸外国宛に書き直したり、会場の設営などを手伝うこととなった。
こういうことは王太子妃教育の一環でこなしていた為、特に困ることもなく順調に準備を進めることが出来ている。
お父様たちは式典の衣装合わせなどがあるけれど、それと共にルクスフォード旧王家時代の貴族家の裁定を行わなければならない。
引き続き同じ爵位のままの家門が大多数だが、中には領地を疎かにしていた家、理由なく期日までに税を収めることが出来ていない、もしくは脱税をしている家などは降爵されたり、取り潰しとなる家もあった。
領地が取り上げられ、管理する家がなくなった場所には、能力があるのに今まで日の目を見ることがなかった家や、国へ貢献した実績がある者を陞爵、叙爵して新しく領地を与えることとした。
『スキア公爵家』の領地は引き続き、元々アルバの領地を管理し、『アルバ王家』はルクスフォード旧王家の直轄領をそのまま引き継ぐ。
学園の卒業パーティー以来、領地に引き篭もって悠々自適な生活を送っていた為、こんな風に忙しい日々は久しぶりだ。
————けれど、こんな毎日は嫌いではない。
——————
式典当日————わたくしはお父様が用意してくれた王城の私室で、ロイヤルブルーの生地に銀糸で優美な刺繍が施されたAラインのドレスを身に纏う。
首元やグローブは、ドレスと同じ色で編まれたレースが使用され、宝飾品はアルバの瞳の色であるアッシュブルーに近い『アイオライト』を使った物で揃えた。
お父様とお兄様は一緒に入場したがったけれど、『準王族であろうと女公爵となるのだから』と先に会場入りすることにした。
この国には『真実の女神』である『アレーティア神』を祀るアレーティア教が一応『国教』とされており、戴冠や立太子の際は教皇猊下より祝福を受けることが習わしの為、式典の始まりは大聖堂で行われる。
わたくしは準王族であり、貴族の最高位である筆頭公爵家として祭壇の階下傍に控えた。
諸外国の招待客も大聖堂の中にある自分の席に着き、開始の刻限になると高らかにお父様とお兄様の入場が告げられた。
お父様は黒を基調とした軍服を金色のチェーンや組紐で飾り、深い赤色の重厚なマントを右肩にかけている。
お兄様は色違いで白を基調とした軍服に同じく金色や銀色の装飾品を着け、深い紫色のマントを同じくかけていた。
ゆっくりと身廊を歩き、一歩ずつ階段を登ると教皇猊下の前で跪く————。
「ヴァレン・フォン・アルバの名の元に、我が生涯をかけて王国内全ての臣民を忠誠と慈悲と共に統治することをここに誓う」
大聖堂内にお父様の低い声が響き渡り、『宣誓の言葉』が慣例とは少し違ったことで教皇猊下が僅かに眉を顰めていたけれど、お父様らしい端的な誓いの言葉だった。
教皇猊下が王冠をお父様の頭上に静かに載せると、お父様は立ち上がってわたくしたちの方へ振り向いた。
「女神アレーティアの名の元に、ヴァレン・フォン・アルバをアルバ王国、国王として認める。アルバ王国に栄光あれ」
「アルバ王国に栄光あれ!!」
教皇猊下の承認の言葉が高らかに告げられ、全ての臣下や諸外国の参列者たちが一斉に唱和した。
その後はお兄様の立太子と、新たに叙爵、陞爵した者の名を呼び、祭壇の階下で一人一人に家名と爵位の承認を宣告した。
————こうして、わたくしは正式に『スキア女公爵』となった。
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