Ep.34 呪縛〜フェリクスside
ルクスフォード王家は王位を失い、新たに『アルバ』が王家となることになった————。
まだ、実感は湧かない…………。
生まれてから今日に至るまで、自分が『王族』だということが当たり前だった。
父上と私、そしてシルヴァンは『断種』の処置が施された。
一週間ほど痛みや発熱があったが、既に回復済みで、私以外の王族は王陵近くの離宮に住まいを移すことになる。
そして——断種と共に離宮へ『軟禁される』シルヴァンは、婚約が白紙とされた。
後継を残すことが出来ず、『王族でもない令嬢を道連れにするわけにはいかない』という父上の判断だったが、妥当だろう…………。
シルヴァンも「仕方がないことですから」と、苦笑していた。
私が、アルバ公爵令嬢を不当な理由で婚約破棄など宣告しなければ————。
私が、アマーリエを庇護下に置き、婚約者に据えようとしなければ————。
私が、私が、私が——————。
そんな考えばかりが頭の中をぐるぐると巡っている。
それなのに父上も、母上も、シルヴァンも——誰も私を責めない…………。
『お前のせいだ!』と責めてくれた方が楽なのに……誰も、何も言ってくれない…………。
私は父上たちよりも一足先に、明日この住み慣れた王城を出ることとなっている。
父上は先ほど私とアマーリエを正式に『婚姻』させ、私は王籍を失い『平民』となった。
アマーリエと婚約した際に、貴族たちからの支持を得られなければ、『廃嫡』されるとは言われていた。
だが廃嫡されたとしても『臣籍降下』し、公爵位は無理でもせいぜい『伯爵位』程度は叙爵されるのではないか?という考えもあった。
それが、まさか平民にまで落ちるとは————。
廃嫡された時————王太子にだけ許された宮も、服飾も、権限も、全てを失ってしまったと思っていた。
それが今は、王族としての身分も、今まで当たり前に過ごしていた王城という住まいも、王族としての品位を保つ上等な服飾も————あの時以上に何も残らなかった。
『いかに簡素なデザインであろうと、上等な生地で作られていれば破落戸に襲われる』と言われ、今まで身に着けたことがない平民の服を渡された。
修道院では自分の身の回りのことは自分でやらなければならないと、今日まで着替えも、掃除も、水の用意も————全て誰かがやってくれていたことを必死に覚えるしかなかった。
私が持って行く物は数枚の服と、装飾も何もない長剣、そして僅かな銀貨と銅貨のみ。
後は修道院には『不要』とされた。
王城を出る時間となり、修道院まで送り届けてくれる馬車まで重い足取りで一人歩いていると————綺麗に磨かれた白磁の廊下の向こう側から、侍女と護衛を伴ったアルバ公爵令嬢が歩いて来るのが見えた————。
卒業パーティー以来に見る彼女の姿は、相変わらず姿勢良く『淑女』という言葉に相応しい佇まいだった。
それに比べて私は…………と、自分で起こしたことが原因なのに、悔しさからなのか急激に恥ずかしく思ってしまう。
思わず俯き立ち止まった私の元へ静かに歩んで来るのを頭上で感じながら、質素なシャツの胸元をギュッと強く握り締める。
少しずつ近くなる距離に、バクバクと心臓の音が耳元で響いている。
ついに目の前まで来た————と思ったが、彼女は私の横を素通りして行った…………。
「…………!! アルバ公爵令嬢!!」
予想外の出来事に動揺して、思わず振り返って呼び止めてしまった。
彼女は私の声に立ち止まり、ゆっくりと私の方へ振り返ったが、その表情は全く変わらない。
「……あっ…………」
こちらから声を掛けたのに、何を言っていいか分からず声が出ない…………。
「ご機嫌よう。フェリクス殿下……いえ、もう『フェリクスさん』とお呼びすべきですわね」
王籍を剥奪されたことを知られていたことに、羞恥で顔がカッと熱くなった。
けれど、今はそんなことを思っている場合ではない。
「…………突然、声を掛けて申し訳ない……一度、ちゃんと謝りたかった…………」
私は姿勢を正し、真っ直ぐ彼女のアッシュブルーの瞳を見つめた。
「アマーリエのこと、そして卒業パーティーでのこと…………君には申し訳ないことをしたと思っている。本当に申し訳なかった」
そう言って深く頭を下げた。
王族だった時には、父上たち以外に頭を下げるなど考えられなかったし、許されなかったことだ。
「…………頭を上げて下さいませ」
少しの沈黙の後、アルバ公爵令嬢は女性らしい少し高めの声で言った。
ゆっくりと頭を上げて再び彼女へ視線を向けたが、その表情は変わらず無感情のまま私を見据えている。
「謝罪は受け取りますわ。既に廃嫡、王籍剥奪という罰も受けておりますし、これ以上わたくしから貴方に求めることは何もありませんもの」
彼女の言葉が鉛のように胸の奥に沈んでいく…………。
「王族が平民として————しかも修道院という閉鎖的な環境で生きていくのは大変でしょうけれど、貴方が心のままに動いた結果ですもの」
「仕方がございませんわね?」と、いかにも『淑女らしい』微笑みを浮かべた。
彼女と別れ、乗り心地の悪い質素な馬車に揺られながら、私は王城を後にした。
最後に見た彼女の微笑みと言葉が頭から離れない————。
あれが、正しくあるべき『貴族』の姿だった。
そして————王族としてあるべき姿だったのだ。
——————
約一週間ほど休憩を挟みながら辿り着いた北の辺境にあるこの修道院は、王都などにあるものとは違い、四方を高い壁に囲まれ、まるで『牢』のような所だった————。
当然と言われれば当然のことだ。
何故ならここは、『訳あり』の者しかいないのだから。
門番が堅牢な扉を開き馬車が進むと、中はごく普通の修道院に見えた。
どのくらいぶりかに地面に足を付け、周囲を見回すと所々に自分の職務をこなす人の姿がある。
「ようこそ、ヴォラス修道院へ。私はここの院長をしておりますマザー・イスメルダと申します」
気付けば背後に、白い修道服を身に纏った初老の修道女が立っていた。
一見穏やかそうに微笑んではいるが、ここにいる時点でただ『優しい』人物ではないのだろう。
「…………出迎え感謝する。フェリクス、だ」
ファーストネームだけを名乗ることに慣れておらず、『フォン・ルクスフォード』を付け足してしまいそうになるのを堪えた。
そのことに気付いたのだろうが、彼女は気にする様子もなく「お部屋に案内致します」とだけ言うと、建物に向かって歩き出した。
外観は少し古びて見えたが、中は所々新しい扉の部屋もあり、どこかその歪さに違和感を覚えながら後に続いた。
「こちらです」と通された部屋へ足を踏み入れると、王城にあった私室の半分もない。
古びた寝台、簡素なテーブルと椅子————それでも一人部屋にしては広い方なのだろうと感じた。
「後で『奥様』もこちらに移動して来ますよ」
「……奥様…………?」
「ええ————シスター・アマーリエですよ」
その瞬間、体からスーッと血の気が引くのを感じた。
————そうだ。ここまで来るのに日が経っていた為に忘れていたが、私はアマーリエと『婚姻』したのだ。
彼女は既に、私の『妻』だ…………。
そう思うと、一人なら広いと感じたはずの部屋が、まるで逃げ場のない檻のように感じた。
「……っ!! フェリクス様!!」
俯きながら布で包んだ荷物を抱えて現れたアマーリエは、私の姿を見た瞬間、手に持っていたそれを放り投げて駆け寄って来た。
私に抱き着きながら、以前のようにポロポロと涙を流している。
学園の時に見た時は、あんなに『庇護欲』を掻き立てられたのに、今はどこか冷めた目で見ている自分を嘲笑う。
『貴方が心のままに動いた結果ですもの。仕方がございませんわね?』
王城を出る前に聞いた、アルバ公爵令嬢の言葉が脳裏を駆け巡った————。
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