Ep.32 終焉
「————先日、アルバ公爵へ『譲位』を申し出た」
私の言葉に、各家門の貴族たちはざわめいた。
それはそうだろう…………いくらアルバ公爵家の始祖が王弟の血脈であろうと、数十年に一度王家から降嫁・婿入りすることがあろうと、アルバは基本的に『王家には近付き過ぎない』家門だ。
決して王家や他家に阿ることなく、ただ『アルバ』であることだけを子々孫々受け継いできている。
そのアルバに『王位』を譲るなど、貴族家——特にアルバを目障りに思っていた家門からすれば、腹に据えかねるだろう。
だが、そんな家門は間違いなくアルバによって『淘汰』されることとなる。
アルバの国政において『足を引っ張るしか能のない者など不要だ』と、あのヴァレン・フォン・アルバなら間違いなく切り捨てるだろう…………。
「陛下!! 何故、アルバ公爵家なのですか!! フェリクス王子殿下が引いたとは言え、まだシルヴァン殿下がおられます!!」
「如何にも……。仮令、今は能力が足りずとも、まだお若い。経験豊かな者が脇を固めれば、すぐにでも————」
「『すぐ』とは、どのくらいの年月を指している? 一年後か? 三年後か? それとも十年後か?」
クレアモア侯爵の言葉を遮って、淡々と問い掛けた。
私の左隣には王妃、その隣にはフェリクスが続いており、そして右隣にはシルヴァンが座っている。
クレアモア侯爵家は王妃の生家だ。
王太子妃に選ばれた時から、度を越えて自己主張することはあまりなかったと思っていたが…………。
フェリクスが廃嫡され、シルヴァンも王位を継承出来ないとなり焦ったのか?
外祖父が声を上げたのを見て、フェリクスの姿までは確認出来ないが、シルヴァンは俯き、膝の上で強く拳を握り締めている。
先ほどから主に発言しているのは、クレアモア侯爵家やそれに連なる家門……そして、そこに便乗している者くらいだ。
大体の者は私の言葉に驚きの様子を見せたものの、『アルバ』の名を聞くと一様に黙っているというのに…………。
「…………クレアモア侯爵家はアルバに『譲位』することを反対しているが、それはアルバが『独立』したとしても、『魔石』を手入れる手段があり、尚且つ商会、商人ギルドにも顔が利くということなのか?」
「そういうわけではありません……しかし、アルバはルクスフォード王家の臣下です。王命に従わぬのであれば、従わせるまででしょう」
「ほう……侯爵はアルバへ戦争を仕掛けると言うのか? そして、それに敵うと?」
余程アルバが目障りだったのか、侯爵の言葉の端々からアルバを降したいという色が滲み出ている。
私の『戦争』という言葉に、さすがの侯爵もグッと息が詰まったようだった。
先ほどまで便乗して喚いていた者たちも、『アルバを敵にまわす』ということがどういうことなのかくらいは理解していたようで、勢いを失い目を逸らしている。
会議室内を視線だけで見回し、彼らの様子に私は深く溜め息を吐いた。
「……私の話はまだ終わっていない——確かにアルバに『譲位』を打診した……だが、アルバ公爵からは断られた」
その瞬間、先ほどよりも大きなざわめきが起きたが、それを無視して話を続けた。
「アルバ公爵家は、こちらが『譲位』を打診する前に『独立』を決めていた」
考えていたわけではない、決めていたのだ————。
この言葉の意味に気付いた者は、果たしてどの程度いるのか……。
息を呑んだ者、顔を青褪めさせる者————反応はそれぞれだが、事の重大さは伝わったようだ。
「アルバ公爵は『ルクスフォードの王位』は不要だと言った……それ故、この国をアルバに『託したい』と思っている…………」
「それは……この国は、ルクスフォードとは別の国になる——ということでしょうか……?」
父親の代理で出席した伯爵家の嫡男が、恐る恐る手を挙げながら問い掛けた。
それに対して「その通りだ」と答えると、再び周囲と短く言葉を交わす者たちで室内がざわめいた。
「……それでは、アルバが王位を簒奪したも同じでは?」
「クレアモア侯爵……それは違う。アルバにこの国は不要なのだ。この国がなくとも、アルバは一国として他国とも渡り合える——だが、アルバが抜けたルクスフォードには無理だ」
アルバが目障りだということもあるだろうが、先祖代々この国に仕えてきたクレアモア侯爵家が、自分の代で国自体が変わることになるとは思いもよらなかっただろう————。
「アルバ公爵は、この国の全てを変えるわけじゃなく、使える物は法であろうと人だろうと使うそうだ。————ただし、不要な物は切られるであろうな」
そう告げた瞬間、分かりやすく動揺を見せた者たちがいた。
自らが切られる心当たりがあるのだろう。
今頃焦ったところでアルバのことだ。既に把握されているに決まっている。
「……今日、この話をしたのは『相談』ではない。『報告』だ。私はルクスフォードの国王として、この国をアルバ公爵家へ託すと決めた」
「へ、陛下!! しかしっ————」
「……もし、私の決定に不服があるなら代替案を出せ。アルバや——アルバに連なる家門がなくなっても、国が崩れぬ方法を————アルバに成り代わることが出来る家門を————」
見苦しく足掻こうとしたクレアモアの寄子に対して、低い声で淡々と告げると、勢いのまま立ち上がり声を上げたその者は、悔しそうに唇を噛みながら静かに座った。
どうせこちらからわざわざ報告せずとも、この会議内のことはアルバに伝わるだろう。
私は静かに目を閉じて、閉会を宣言した————。
——————
「フェリクス殿下」
議会が終わり重い足取りのまま自分の私室へ戻ろうとしていると、突然後ろから呼び止められた。
護衛が何人か傍にいるとは言え、王族に声を掛けることが出来る者など限られている————。
振り向くと、険しい顔をした外祖父であるクレアモア侯爵が立っていた。
「…………侯爵」
実の祖父であろうと、王族を公の場で『孫』として扱うことは許されない。それは、こちらも同様に…………。
クレアモア侯爵は、公式の催し以外で私たちの前に現れることは早々なかった。
だが侯爵は今、私の前に立っている。
それは『祖父』としてなのか、果たして『クレアモア侯爵』としてなのか————。
共に近くの応接室へ移動してソファへ座ると、侯爵は人払いを願ったが、私はそれを断った。
「……すまないが、それは出来ない。今の私に、誰にも聞かれたくない話などはない——これ以上、間違えるわけにはいかないのだ」
私の言葉に、怪訝そうに顔を歪めている。
「……左様ですか。では、単刀直入にお伺い致します。殿下は何故、陛下をお止めにならないのですか? 此度のことは、殿下の『婚約破棄』から始まっております」
侯爵のその直球な言葉に思わず呼吸を忘れてしまう。
「そうだ……全ては私が始まりだ……。だからこそ、これ以上は間違えてはならないし、その尻拭いを民にさせてもいけないのだ」
過去の愚かな自分を認めるのは苦しく、ものすごく痛い。
だが、商会や商人ギルドに少し距離を置かれただけで、国庫の支出は大きく増えた。
これで更にアルバが独立したら…………その影響は計り知れないのだ。
「……祖父上」
私があえてそう呼ぶと、祖父は顔を上げて目を見開いている。
何故、今そう呼んだのか?そう思っているのだろう。
「ルクスフォード王家を壊したのは私の責任です……いえ、正確に言えば、元々亀裂が入っていたのでしょう。それをアルバが埋めてくれていただけなのです。それなのに、私が台無しにしてしまいました……」
祖父は、私の話にただ黙って耳を傾けてくれている。
「……ですので、悪いのは『アルバ』ではないのです。ルクスフォード王家、そして——私の責任なのです」
祖父は私の話を聞き終えてから視線を落とすと、噛み締めるかのようにしばらく沈黙すると、「……そうですか」とだけ呟いてその場から去って行った。
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ




