Ep.31 八方塞がり
夜の帳の中で行われた家族会議は、結審された。
話は早くに済ませるに限ると、私はライナルトを連れて翌日再び王城へ向かった。
急ではあるが断られることはないと分かっていた故、謁見申請するとすぐに受理され、国王の執務室へ通された。
「早かったな……結論は出たか?」
執務室の中には国王と王妃、そして王子たちの他に宰相のアステリア公爵も揃っていた。
挨拶もそこそこに、始めに口火を切ったのは国王だった。
「ええ……アルバは『譲位は受けない』」
「なっ…………! それは……!」
「第一王子殿下、そう焦らずに。まだ私の話は終わっていない」
私の第一声に第一王子が目を見開いて声を上げたが、『黙れ』という意味を込め視線を向けると、息が詰まったように言葉を呑み込んだ。
「私が言いたいのは『ルクスフォードの王位』は必要ない、ということだ。だが、それではこの国は立ち行かなくなるだろう…………それ故、この国そのものを『アルバ』へと作り変える」
私の言葉に、国王は眉間に皺を寄せ苦い顔を浮かべた。
お前たち『ルクスフォード王家の王位』はいらん。
代わりに国だけ貰い『アルバの国』とする、と言ったのだ。
王家には『ルクスフォード王家の王位』になど、『価値はない』とでも聞こえただろう。
事実、その通りだ。私は心の中で口端を上げた。
「……それは、ルクスフォードの名がなくなる……ということですか?」
「そういうことになる。別にアルバはルクスフォードがなくとも構わん。元々、独立するつもりだったからな…………その際は第二王子殿下、貴方が将来この国を導くこととなる」
声を震わせながら第二王子が問い掛けてきたが、私は当然のことのように答えつつ、『アルバ無き後、お前にこの国を治めることが出来るのか?』と言外に滲ませた。
正しく意味を受け取った王子は突き付けられた現実に瞳を揺らし、それを隠すように俯いた。
国という重石が自らの肩に乗せられる『恐怖』からか、それとも現王家、そして自らの力不足に対しての『悔しさ』からなのか……膝の上で拳を強く握り締めている。
どちらにしても結果は変わらない————。
王家はもっと早くに己の力不足から目を逸らさず、力を付けねばならなかった。
そして——何があろうと国を、民を、『どんな手を使ってでも守らねばならない』という気概がなければ話にならない。
第二王子にはその『覚悟』が足りない。
私が同じ立場だったなら——適当な理由を付けてアルバ一族を捕え、謀反の罪で処刑していただろうな。
…………まあ、そう出来ないように『魔石』の取引を私が全て握っているのだが。
「『アルバの国』に……とのことですが、具体的にはどうなさるおつもりで?」
重苦しい空気が流れる中、王族側で唯一平静を保っている宰相が淡々と問い掛けてきた。
「そうだな……使える物はそのまま使わせて貰おう。一から築くには手間が掛かる物も多いからな。法や人も同じくだ……だが、『不要品』はいらん」
「使えない物を抱えれば、同じことの繰り返しだからな」と、私はソファの背もたれに体を預けて平然と答えた。
それを聞いた宰相は目を僅かに細め、一度瞼を閉じた後、再び開くと静かに口を開いた。
「————では、現王家は?」
その瞬間——王族たちは息を呑み、室内にピリッと緊張が走った。
「そうだな……詳しい場所までは決めていないが、どこかの離宮などに移って貰う。少なくとも一貴族家としても平民としても放り出すつもりはない。外に出して愚か者に担ぎ上げられても面倒だからな」
「————あ、ただしフェリクス第一王子殿下は別です」
肘掛けに肘を突きながら無感情に告げると、それまで黙っていたライナルトが場に合わない明るい声を上げた。
だが、第一王子へ向ける視線は決して優しいものではなく、瞳はギラギラと光っている。
その視線を受けて第一王子は怯み、明らかに焦りの色を見せた。
「当然でしょう? 妹のアンネリーゼとの婚約破棄の際、父は『第一王子殿下とアイヒェン家のあの娘と添わせるように』と申し上げたはずです。それを解消する『許可』は出しておりません」
「きょ、許可など…………! 王家の縁組に一貴族家が口を出すなど————」
「その王家と貴族家との縁組に——当主と国王陛下の裁可も得ずに先に口を出したのは、どなたでしたか?」
その言葉に僅かに怒りを滲ませて第一王子は声を上げたが、それをライナルトは単調な声で遮った。
『全ては己が心のままに動いた結果だろう?』
ライナルトの瞳はそう語っていた。
本来であれば婚約破棄で、第一王子は廃嫡・廃籍とされていたはずだ。
それが今に至るまで王族のままでいられたのは、単にアルバが『そう望んだから』に過ぎない————。
それを、この第一王子は理解していない。
王族気分が抜けず、自分の意見が一貴族家よりも優先されると意識してか無意識なのかは知らないが、この期に及んでまだそれが通ると思っている。
「それに——確か、貴族たちからの支持が得られなければ『廃籍』と決められておりましたよね? つまり、その場合でも『解消』は認められていなかったはずです」
ライナルトが真綿で首を絞めるかのように一つずつ論理的に追い詰めていくと、その事実に気付いたのか、宰相を除く王族たちの顔が青ざめていった。
そんな事にも気付いていなかったのか…………愚かな。
顔色を変えないところを見ると、宰相は気付いていたのだろう。
ただそれを進言しなかったということは、アステリア公爵家は既に第一王子を切り捨てていたか……あるいは…………。
「……それは、つまりフェリクスをアマーリエの所へ送る、ということか?」
「ええ、夫婦は共にいるべきでしょう? 向こうで子を作られても困るので、奥方の元へ送る前に『断種』はさせて頂きますが」
再び微笑みを浮かべながら現実を突き付けるライナルトの言葉に、第一王子の顔色は真っ白に変わり、国王は噛み締めるかのように瞼をゆっくりと閉じた。
『断種』するのは第一王子だけではない。
気付いているのかは知らないが、国王と第二王子もだ。
余計な謀反などを起こさせない為にも必要な措置だからな。
こちらが言いたいことは全て伝えた。
あとは王家がそれを受けるかどうかだ。
「我々の考えは全て伝えた。あとは、そちらがどう判断するかだ」
「…………分かった。貴族院と相談しよう……」
この期に及んで議会に通そうとする辺り、律儀と呼ぶべきか優柔不断と呼ぶべきか…………。
私は密かに溜め息を吐くと、ライナルトを連れてその場を後にした。
「未だに貴族院を通そうとするなんて……議会は荒れるでしょうね」
馬車に乗り込み王城の表門を出た所で、ライナルトが溜め息交じりに呟いた。
「……己に後ろ暗いところがある者は騒ぐだろうな。ある意味、議会で騒いでくれた者は調査対象だと分かりやすい」
私は足を組んで背もたれに体を預けた。
「どうせ——どんなに貴族院が騒ごうと、あの第一王子が狼狽えようと、王家に残された選択肢は『このまま滅ぶ』か『国を明け渡す』かのどちらかしかない」
淡々と紡いだ言葉が、狭い車内に静かに溶けた。
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