Ep.30 呑み込む
国王からの『譲位』の申し出には、「やはりか」としか思わなかった。
それはそうだろう。この国に普及させた『魔導具』には『魔石』が必要だ。
魔石は他国から多少輸入しているが、おおよそはアルバ領にある鉱山にもある。
。
鉱石が尽きた時の為に調査させて分かったことだ。
それまでもたまに採掘されたこともあったようだが、魔力のない我が国の者たちにはその価値が分からず、『屑石』として領地の一部に廃棄されていた。
魔石自体は鉱石よりも深い部分に埋まっている為、そう多く採れていたわけではなく、他国から調査員を呼び寄せた際にその廃棄場を見て叫び声を上げたことで発覚した。
本来ならば国に報告すべきことだろうが、アルバでさえ『屑石』だと思っていたのだ。
王族や他の貴族にその価値が分かるとも思えず、とりあえず先に『魔導具』を普及させた。
結果、それは平民たちにも浸透し、今では生活の一部として欠かせない物になりつつある。
調査員たちには他国で使用されている『魔法契約書』で『他言無用』と縛り、今までは他国から輸入している分に交ぜて商会などに卸していた。
アンネが王家へ嫁いだ暁には、その『魔石』の存在を明らかにして国に供給しようと考えてもいたが、それをあの愚かな第一王子が台無しにしたが。
これでアルバが『独立』すれば、ルクスフォード王国はアルバから輸入しなければならない。
しかし、第一王子の慰謝料や商会からの優先権、そして正規価格での購入などで資金も乏しい上、アイヒェン家の騒ぎで王家もそれどころではないだろう。
アルバが独立したら、それはより顕著になる————。
大なり小なり国民にも影響があるのは理解しているが、どうせなら不満が溜まり首が回らなくなったところで『併合』してやろうかと思っていた。
現状を見るに、そう長くは掛からないだろうからな。
…………さて、どうするか。
「……譲位に関して、他の王族や貴族たちは納得しているのですか?」
「ああ……一部反対している貴族家もあるが、その者たちも『魔導具』の恩恵を受けている。『魔石』が手に入らなくなるか、値が上がるとなれば納得せざるを得ないだろう……」
緊急会議でも開いて宣告したのだろうが、余程面倒な者たちがいたのか、国王は疲労を隠せていなかった。
「……陛下の話は理解しました。我々もこの場ですぐ『承諾する』とは言えません。一度、持ち帰っても?」
「ああ……もちろんだ。良き返事を期待している……」
私とライナルトは深く一礼して、その場を後にした————。
アルバの紋章が入った馬車に乗り込み、王城の表門から出た所で私は口を開いた。
「……国王の話、お前はどう思った?」
「そうですねえ……。まあ、悪い話ではないとは思います。一から仕組みを作り上げ、臣下にそれぞれ役割を持たせるというのはなかなかに労力が掛かりますから」
————ライナルトの言う通りだ。
さすが宰相補佐をしていただけあり、国の運営の面倒さを理解している。
アルバの寄子や、その周辺地域の貴族家を抱える程度であれば問題はなかったが、一国丸ごととなれば話は別だ……。
「……面倒だな」
私は深く溜め息を吐くと共に、本音を零す。
「まあ、この件に関してはアンネの意見も聞かなければなりません。……それに、現王家の始末もありますし」
ライナルトは飄々と答えているが、その瞳には鋭い光が宿っており、どこか好戦的な表情を浮かべている。
この状況を楽しんでいるのは分かるが、こうなると徹底的にやるだろうな…………。
どちらかと言えば私は力尽くでねじ伏せることも厭わないが、ライナルトやアンネは割と正攻法で相手を屈服させるタイプだ。
…………全く、誰に似たのか。
——————
屋敷に戻り夕食を終えた後、私の執務室で食後のお茶の時間を取った。
「——まあ、『譲位』ですか? 王家にしては思い切りましたわね」
「大方エヴァンス侯爵に焚き付けられたんだろうけれどね。どの道アルバが独立してしまえば、この国は保たないだろうしね」
私が国王から『譲位』の話を持ち掛けられたことを伝えると、アンネは意外そうに口を開いたが、あまり驚いているようには見えなかった。
そうしないと、この国に『未来がない』ことは分かっていたのだろう。
それに続いてライナルトは軽く皮肉ったが、アンネは仕方がない人だとでもいうように小さく笑っていた。
「……とにかく、我々の選択は二つだ。このまま『独立』して後にこの国を『併合』してしまうか、もしくは『譲位』を受けてルクスフォードの『新たな王家』となるか」
ごほん、と一つ咳払いをしてから、今ある選択肢を一つずつ告げながら一本ずつ指を立てた。
「…………いえ、選択肢はもう一つありますわ」
顎に指を当てながら少し考えるように沈黙していたアンネが、顔を上げて微笑みながら私に視線を向けた。
「もう一つ? どんなものだ?」
「新たなルクスフォード王家になる、というのは『アルバが現王家の血統に連なっているから』という理由もあるのでしょうが、『アルバ』は『ルクスフォード』ではありませんわ」と、アンネは淡々と話し始めた。
「————ですので、『アルバ』が『ルクスフォード』を呑み込んでしまえばいいのですわ。使える物は有難く使わせて頂きます。……ですが、それ以外はこれまでと同じようには致しません」
そう述べるとアンネは口元だけに笑みを残しながら目を細めたが、私と同じアッシュブルーの瞳には妖しい光が宿っている————。
こういう部分を見ると、アンネはライナルトとよく似ていると感じるな。
「つまり……『譲位』でも『併合』でもなく、国自体は貰うが全く別の国にする、ということか?」
私の問い掛けに、アンネは「ええ」と満面の笑みで答えた。
「……うん、それがいいね。このままルクスフォードを引き継いでしまうと、『不要品』も引き取る羽目になりそうだからね」
「何でも国王の宣告に対して不満を述べた家門がいたようだし、アルバに代わられると不都合なことがあるのかな?」と、ライナルトもにこにこと楽しそうに笑っている。
確かにライナルトの言う通り、国王の『譲位』に反対した貴族家には疚しいことがありそうだ。
それを放置すれば、今後の統治にも差し障りが出るだろう————。
「では、アンネの案を採用しよう。……あとは現王族の処遇だ」
私の言葉に、執務室内の空気が急に重くなった。
「……少なくとも、一貴族や平民として野に放つことは出来ませんわね。アルバに叛意がある者が担ぎ上げる可能性がありますもの」
「そうだね。……それにフェリクス殿下には責任を取って貰わないと、ね?」
先ほどまでの笑みを消し真顔のままアンネは言ったが、ライナルトは第一王子を見逃すつもりはないようで、瞳をギラギラとさせている。
……もちろん、私とて第一王子を見逃すつもりはない。
せっかくあのアマーリエと一緒にしてやったのに、予想以上にゾフィの影響が強かったようで、余計な言動をしてくれたせいで自滅してしまったからな。
「アンネは第一王子の処遇に希望はあるか?」
「正直、わたくしはどうでも良いと思っておりますの。担ぎ上げられるのは困りますが、処刑してしまってはアルバが『簒奪』したように見られても困りますでしょう?」
どうせならアンネの希望通りにしてやろうと思ったが、既に第一王子の行く末になど興味がないようだ。
「うーん……なら、こういうのはどうかな?」
満面の笑みを浮かべ声を上げたライナルトの提案を聞き、私もアンネも同意した。
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