Ep.28 譲位
「……エヴァンス侯爵と、コーデリア嬢が?」
アイヒェン子爵家の処罰が終わり、どうにか無事に後始末を終えたと思っていた。
あとは兄上の『廃嫡』と私の『立太子』を公表し、どうにかアルバ公爵家との関係改善を模索出来たら…………そんな事を考えていた頃だった。
私の婚約者であるコーデリア嬢と、その父であるエヴァンス侯爵が、父上へ謁見申請をしたと報告を受けた。
アイヒェン子爵家の処罰が終わった今、一体どんな用件があると言うのか…………。
「殿下、国王陛下がお呼びです」
侍従からそう告げられ、私は父上の所へ向かった。
国王の執務室へ足を踏み入れると、中には父上の他に母上、兄上、そしてエヴァンス侯爵とコーデリア嬢が座っていた。
父上から促され空いた席へ座ると、エヴァンス侯爵が重い口を開いた。
「——実は陛下にお聞きしたいことがございまして、罷り越しました」
「ふむ。何だ?」
「陛下は……アルバ公爵家をどうなさるおつもりですか?」
「……侯爵、質問の意図が分からん。どういう意味だ?」
エヴァンス侯爵は真剣な面持ちのまま、淡々と語った。
我が国はアルバ公爵によって普及した『魔導具』が貴族のみならず平民たちの生活にも根付いており、その魔導具に必要な『魔石』はアルバ公爵が手配し、管理されている————。
「現在、王家とアルバ公爵家はほぼ断絶状態と言っても過言ではないでしょう——では、『魔石』はこれまで通りに王国内へ回るのでしょうか?」
父上の顔は険しく歪み、兄上も同時に苦い表情を浮かべた。
現段階では商会などの優先権や、以前のような金額で手に入れることが出来なくなった物がある程度で、『魔石』に関しては民の生活にも影響が出ることもあってか、今のところ制限などはない。
……だが、今後も制限が設けられないとは言い切れなかった。
だからこそ、どうにかアルバ公爵家との関係改善を図りたかったのだ。
「……正直、わたくしはアルバ公爵令嬢以上の王太子妃、ひいては王妃となる自信がございません」
父であるエヴァンス侯爵の問いに続き、コーデリア嬢が淡々と告げた。
それは決して悲観的な声ではなく、『事実を述べているだけ』とでも言うかのように————。
彼女の真剣な視線が私へ真っ直ぐ向けられた瞬間、思わず体が囚われたかのように強張ってしまった。
「————殿下は、自信がお有りですか? アルバ公爵家を御することに……」
その問い掛けに、心臓がどくんと大きく跳ねた。
——そう、あくまでもアルバは一貴族家であり、『臣下』なのだ。
将来的には国王となった『私』が従えなければならない————。
アルバ公爵家を? 私に、そんな事が出来るのだろうか……?
急に体から血の気が引いていき、『恐怖』が湧き上がってくるのを感じた。
「……本来でしたら、わたくしが殿下の婚約者の座を退き、アルバ公爵令嬢を据えることが一番良いと思いますが、恐らくそれは叶わないでしょう」
コーデリア嬢は目を伏せて片頬に手を添えると、小さく溜め息を吐いた。
確かに国にとっても、王家にとっても、それが一番の解決法だった。
だが、それをアルバ公爵から先立って塞がれた。
兄上と婚約破棄をした際に王家から距離を置いたのは、それを言わせない為ということもあったはずだ……。
それ故、こちらからその申し出をすることが出来なくなった。
正直、コーデリア嬢とは政略的に婚約した上、私が留学していたこともあり、手紙のやり取りは多少あれど互いに交流を持ったことが殆どない。
だからこそ、彼女も『婚約者の変更』を平然と口に出来るのだろう。
それが王太子としての責務と言うのであれば、私としてもアルバ公爵令嬢へ婚約者が代わることに異論はない。
まだ兄上の婚約者だった留学前に何度か交流したこともあり、知らない仲ではない為、彼女が王太子妃に相応しいことも理解している。
……だが、その申し出はきっと受け入れられないだろう。
「……侯爵たちの言いたいことはよく分かった。だが今更別の婚約者、となってもそれらしい候補はない。ましてやコーデリア嬢のように王子妃教育を受けた者もいない故、一から王太子妃教育を仕込むとなるのも……」
父上は眉尻を下げて「難しい話だ」と言いつつ、こめかみに手を当てた。
「陛下、正直そんなに呑気に構えていられないかと存じます。アルバ公爵がこのまま黙っているとお思いで?」
「…………それは、どういう意味だ?」
エヴァンス侯爵が淡々と告げると、父上は目の色を変えて鋭い視線を向けた。
「アルバ公爵家が今まで黙っていたことの方が不気味でした。公爵であればフェリクス王子殿下のことも、アイヒェン子爵家のことも、簡単に片付けることが出来たでしょう……それを何故しなかったのか……」
「……つまり公爵がこちらの対処を見ていた、ということか?」
父上の硬い声に、侯爵はゆっくりと頷いた。
「恐らく公爵は、ゾフィ嬢とアマーリエ嬢が王都を抜け出したことをご存知だったと思います。アルバ公爵領へ辿り着いたとしても良し、それ以前に王家が二人を抑えても良し……どちらにしても、アルバ公爵にとっては煩わしい羽虫を払う程度のことだったでしょう」
その言葉が執務室内に響いた後、暫し沈黙が流れた。
確かに、侯爵の言う通りだ……。
アルバ公爵家は『出来ること』よりも、『出来ないこと』を数えた方が早いほどの力がある。
臣下として弁えていたからこそ王家の顔を立ててくれていたに過ぎず、国を荒らしたいわけではない故に無闇矢鱈に力を振りかざすこともなく、私的な報復なども控えているように見えた。
だとするなら、アルバにとって煩わしい『羽虫』がいなくなった今……
「…………独立か…………」
どうやら同じ考えに至ったらしい父上の言葉が零れると、「……恐らく」と侯爵も同意した。
アルバが独立したら……今まで普及していた『魔導具』も『魔石』も、全てアルバから『輸入』することとなる。
それは、ただ一公爵家の事業の一環として国内に浸透するのとはわけが違う。
アルバが独立するということは、それに追従する寄子もいるということだ。
アルバの寄子たちは爵位こそ低くとも、国にとって重要な事業や役割を持つ者が少なくない。
それらが全てルクスフォードからいなくなると、その分税収も減る。
アルバだけでも全ての税収のうち、三分の一以上を占めているはずだ…………。
そんな事になったら、一体どうすれば…………。
「侯爵は、何か案があるのか?」
父上は真っ直ぐエヴァンス侯爵を見据えると、ゆっくりと問い掛けた。
侯爵もその視線をしっかりと受け止めつつ、言い出しにくそうに口を開くと————。
「……陛下。アルバ公爵家に、王位を……お譲りなさいませ…………」
————『譲位』。
まさか——そんな言葉が出てくるとは思わず、私は……いや、私たちは息を呑んだ。
侯爵の顔を見れば平静を装いつつもどこか苦しそうで、僅かに額に汗が滲んでいる。
その隣に座るコーデリア嬢はそれすらもなく、黙って座っていた。
ただの聞き間違いでも言い間違いでもなく、本気で進言しているということが伝わってきた————。
「……そうか。最早、そこまで考えねばならぬか……」
「……はい。このままですと、民にまで影響が出るでしょう——そして、その頃には国が保たないかと……」
父上の呟くような声に、侯爵が近い未来の予想を続けた。
父上と母上は力なく肩を落とし、兄上は顔を青ざめさせて俯いている。
その中で私は頭が真っ白になり、ただ黙っているしかなかった————。
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