Ep.26 沙汰
国王の執務室内には父上と母上、宰相、そして私とシルヴァンがいた。
五人とも何度溜め息を吐いても止まることがなく、父上とシルヴァンはソファへ身を預け、母上は眉尻を下げていつもよりも姿勢が崩れている。
宰相も先ほどから溜め息を吐く度に眼鏡の位置を直し、私はといえば頭を抱えながら顔を上げられずにいた。
今日という日ほど、自分の愚かさを悔やんだことはない…………。
見る目がない、で済む話ではない。
アルバ公爵令嬢を切り捨てアマーリエを選んだ結果、周囲を巻き込み、挙げ句の果てがこれだ…………。
謁見の間で聞いたアマーリエのあの醜悪な叫びに、私は言葉を失った。
…………いや、どこかで気付いていたのかもしれない。
彼女は私や私との未来よりも、『アルバ公爵令嬢』に拘っていたということに————。
「……さて、彼女たちの処罰だが…………」
————あの後、ゾフィ嬢が『何故、自分も処罰を受けなければならないのか!?』と騒ぎ始め、これでは落ち着いて処罰を伝えることも出来ないと一度牢へ放り込んだ。
一応まだ貴族令嬢の為、地下牢ではなく二人とも貴族牢だが。
「とりあえず、アイヒェン侯爵家からは『二人を除籍する』という奏上が届いております」
「……あれを除籍して平民にしたところで、何かしら別の形で周囲に悪影響を与えそうです……」
宰相の報告に、溜め息交じりでシルヴァンが続けた。
「今言えることといえば……最低限ゾフィ嬢は『このまま』にしておくわけにはいかぬであろうな」
————父上の言葉の意味は、『これ以上、生かしておくわけにはいかない』ということだろう。
…………当然だ。彼女は間違いなく、また何か仕出かすだろう。
しかも、その矛先がアルバ公爵家へ向かえば『最悪』では済まなくなる。
「アイヒェン侯爵家の降爵は避けられん。管理不足にも程があるからな……かと言って、小侯爵たちに罪があるわけではないから潰すまでは避けたい」
親であるアイヒェン侯爵たちは、ゾフィ嬢を抑えきれなかった。
そこへ私がアマーリエを婚約者としたことで、余計に拍車をかけてしまったのだろう……。
恐らくアイヒェン侯爵家は最低でも『伯爵位』、下手したら『子爵位』への降爵となるかもしれない。
「…………最後にアマーリエ嬢をどうするか、だ」
その言葉に緩慢に頭を上げると、父上が私を真っ直ぐ見据えていた。
婚約が破棄されるのは間違いないが、今回の騒動の責任も問わねばならない。
「アマーリエも、ある意味ゾフィ嬢の『被害者』ですわね。だからと言って罰を避ける理由にはなりませんわ」
「その通りです。元々、『貴族たちから支持を得られなければ廃籍』される予定でした。ですが、今回の件でそれでは済ませられません」
母上が一定の理解を見せたが表情は厳しいままで、宰相もその言葉に同意した。
「ゾフィ嬢は昔から、ご自分に大層自信をお持ちで傲慢でいらしたわ。陛下の婚約者となってから、どれ程絡まれたか」
母上の淡々とした口調に、父上の顔がげんなりとして見えた。
どうやら二人は、ゾフィ嬢から色々被害を被っていたらしい。
……卒業パーティーの件だけでなく、それもあってアマーリエに厳しい面もあったのかもしれない。
彼女の貴族籍を抹消し平民として放逐したところで、アルバ公爵家を再び頼らないという確信を、ここにいる誰もが持てずにいた。
それだけアマーリエの言動の根本には、アルバへの執着が感じられたのだ。
「北の辺境にある修道院はいかがでしょうか? アイヒェン侯爵もゾフィ嬢の送り先候補の一つに入れていたようです」
外界から閉ざされたその修道院は、一度入ると出ることが難しい所だ。
平民として放り出されたところで、今まで貴族令嬢として生きてきたアマーリエが生き延びられるとは思えない。
しかし、あそこなら貧しいながらも平民として人生をやり直すことが可能だ…………本人に立ち直る気があれば、の話だが…………。
「……うむ。そこが妥当であろうな。アイヒェン侯爵家を呼べ。先に沙汰と二人の処罰を言い渡そう」
父上の言葉に宰相が一礼して退室して行った。
私はゆっくりと目を閉じて、胸の中にある虚しさを噛み締めた。
「……国王陛下にご挨拶申し上げます。この度は我が娘たちがご迷惑をお掛けしたこと、父親として、また侯爵家当主として、お詫びのしようもございません……。大変申し訳ございませんでした」
侯爵を始めとしたアイヒェン侯爵家の者たちが、跪きながら深く頭を下げた。
「……頭を上げよ。此度のこと、さすがに侯爵家へ責任を問わぬわけにはいかない」
「もちろんでございます。処罰は如何ようにも……」
チラッと小侯爵の子であるヘンリーへ視線を向けると、床についた手がギュッと強く握られていた。
…………悔しいのだろう。小侯爵にも、ヘンリーにも、何ら咎はないのだ。
貴族家において最終決定権は当主にある。
小侯爵たちは侯爵へ諫言は出来ても、それを執行する権利はないのだから————。
「先に侯爵家への処罰を伝える。まず爵位を『子爵位』へと降爵すると同時に、領地の一部を国へ返還せよ。また、侯爵は息子のロドリックに当主の座を明け渡すこととする」
「畏まりました。陛下のご恩情に感謝申し上げます……」
もっと最悪な状況を想像していたのか、侯爵と小侯爵は少し安堵の色を滲ませた。
「——そして、ゾフィ・フォン・アイヒェンの処罰に関してだが……」
父上の声が先ほどよりも低くなり、ゾフィ嬢の名前を出した瞬間——侯爵たちの顔が強張った。
「彼女はあまりにも多くの問題を起こしすぎた。これ以上は看過出来ぬ……よって、『秘薬』を遣わす」
『秘薬』とは、王家の中で今回のように『不都合』があった際に使用される一種の『毒薬』だ。
運が良ければ死ぬことが出来るが、大概は意識がある状態で身体は麻痺状態となり、動くことも話すことも出来なくなる。
ただ聴覚と痛覚は残っており、『秘薬』の影響で損なわれた内臓の痛みに死ぬまで苦しめられる。
……どこまで持つかは本人の精神力や体力次第だが、彼女と会うことは二度とないだろう。
高位貴族であれば、王家の『秘薬』のことは知っている。
父上の言葉に侯爵の瞳が僅かに揺れたが、それでも泰然自若としていた。
「次に、アマーリエ・フォン・アイヒェンは貴族籍を剥奪し、北の辺境にある修道院へ送ることとする。何か異論はあるか?」
「……何もございません。お手を煩わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。ゾフィに秘薬を与えるのは私が致します。これが、親としての最後の責務となるでしょう」
侯爵が父上にそう伝え再び深く頭を下げると、他の者たちも同様に続いた。
そして、侯爵と小侯爵は父上の侍従から『秘薬』を受け取ると、そのままゾフィ嬢の貴族牢へと向かい、本人には何も告げずに飲み物に混ぜて飲ませたそうだ。
崩れ落ちるように倒れたゾフィ嬢を『病に倒れた』とし、侯爵が抱きかかえて屋敷へ連れ帰った。
爵位の継承が済めば、彼女を連れて侯爵夫妻は領地で隠居することになる。
華やかな社交界や、アルバ公爵夫人だったという虚栄心の塊であったゾフィ嬢は、これから死ぬまで自らの理想とは違う生活を送ることになる————。
アマーリエにも処罰内容が伝えられたが、彼女は感情がごっそりと抜け落ちたかのような顔で、ただ黙って聞いていたらしい。
彼女が今、何を考え、何を感じているのか……私には分からない。
ただ自分の過ちと向き合い、普通に生きていってくれたらいい————私は報告を聞きながら、ぼんやりとそんなことを思った。
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