閑話〜ゾフィside②
何度目かの仮面舞踏会を訪れた時、一人の殿方が目に入ったわ。
「あれは…………」
あのシャンデリアの光を吸い込んだかのように輝くブロンドの柔らかそうな髪、目元だけ隠された仮面をしていても分かる顔立ち————ホーエン伯爵だわ!!
ホーエン伯爵はわたくしがまだ学生だった頃、令嬢たちの間でとても人気があり、年を重ねて爵位を継承した今でも夫人たちは扇子の裏で頬を染めている。
わたくしも容姿は好みだったけれど、爵位が我が家よりも低いし、その時は王太子妃になると思っていたから遠くから眺めるだけだった。
…………確か、彼は結婚した今でも女性関係が派手だと聞いたわ。
互いに伴侶がいて、それを壊すつもりがない——ある意味、『ちょうどいい』お相手ではあるわね。
わたくしは何気なく彼の傍へ寄ると、彼はわたくしに気付き微笑みを浮かべた。
「こんばんは。いい夜ですね」
「ええ、本当に。お相手がいらっしゃらないようでしたら、一曲お付き合い願えないかしら?」
そう言って手を差し出すと、わたくしの瞳を少し見つめた後で手を取った。
さすがに慣れているだけあって、ダンスはとても上手だったわ。
そして曲が終わり休憩室へと促すと、彼はわたくしの腰を抱いて二人で広間を後にした。
「……さて、私に声を掛けた理由をお聞きしても? アルバ公爵夫人?」
「あら、無粋ですのね。……まあ、よろしいわ。ホーエン伯爵がよろしければ、お時間が合う時にわたくしのお相手になって頂きたいの」
わたくしの言葉を聞いて、彼はゆっくりと仮面を外した。
仮面の下から出てきた素顔は、学生の時よりも大人の男性としての色気が滲み出ていて、ミントグリーンの瞳には情欲のようなものが見えた。
「私は構いませんが、ただ条件があります。私は友人が多くおりますが、これでも伯爵家の当主です。妻以外を夫人とするつもりもありませんし、外で子を生ませるつもりもありません。ですので、私と関係を持っている間は貴女にも『避妊』をして頂きたいのです」
「構いませんわ。わたくしも公爵夫人の座を捨てるつもりはありませんもの」
わたくしたちは互いの条件に合意をし、『契約』を交わした。
それからは刺激的で甘い時間を過ごしたわ。
————けれどある時、自分の体の変化に気付いたの。
胸がムカムカしたり、匂いに敏感になったり…………そして月の物が、止まった————。
二度も経験があるから、すぐに分かったわ。
————『妊娠』したのだと。
その頃のヴァレン様は他国へ行くことが多く、房事は一切なかった。
だから、お腹の子の父親候補はただ一人…………。
ヴァレン様が急にお帰りになることがあったせいで、いつもの高品質な避妊薬を手に入れることが出来ず、侍女が手配出来る物を一、二回だけ服用したことがあった。
マズイ……マズイ、マズイ!!
ヴァレン様に知られたら、間違いなく離縁されてしまう!!
気付いてから密かに街医者に診てもらったら四月に入っていて、堕ろすにもリスクがあると言われた。
わたくしは侍女に言い含め、何とか露見しないように手を尽くしたわ。
けれど、お腹はどんどん膨らんでくる…………。
理由をつけてアイヒェン侯爵領へ引き篭もって生むしかない。
そう考えていた時————ヴァレン様に知られてしまった…………。
ヴァレン様は初めて出会った頃と同じ凍てつくような視線をわたくしに向け、ホーエン伯爵の子だということまで知られていた。
恐らくもっと前から気付いていたから、わたくしと閨を共にしなかったのかもしれない…………。
後になって、そのことに気付いた。
離縁を言い渡されて謝っても許して貰えず、たまたま執務室を訪ねて来ていたライナルトたちに縋ったけれど、強制的にわたくしはアイヒェン侯爵家へと連れ戻された。
「お前は一体、何をしているんだ!!」
懐かしい侯爵家へ戻されるなり、お父様に怒鳴られた。
今まで、怒鳴られたことなど一度となかったのに。
「……少し、魔が差しただけなの。けれど、謝ってもヴァレン様は許して下さらなくて…………」
「当たり前だ!! 貴族家の夫人が他の男の子を身篭るなどあってはならぬことだ!!」
「……せっかくいい家門へ嫁ぎ、跡取りも生んで、貴女の地位は安泰だったのに、何てことっ…………!」
お父様も、お母様も、険しい顔で怒りを隠そうともせず、お兄様は黙っていたけれど冷ややかな視線に嫌悪感が滲み出ていた。
除籍して屋敷から追い出したいけれど、お腹の子に罪はないからと謹慎を言い渡され、その間にホーエン伯爵とも話し合うことになった。
公爵夫人から伯爵夫人に格下げされるのは屈辱だけれど、子が出来た以上仕方がないもの。
ホーエン伯爵の妻は確か没落気味の子爵家出身だったはず。
それなら、わたくしが夫人になった方が彼の為にもなるでしょう。
確か彼には娘が一人いたけれど、スペアはいなかった。
子爵家出身の母親を持つ娘と同列になるのは不満だけれど、そんなことは後からでもどうにでもなるわ。
数日後、お父様から執務室へ呼ばれ行ってみれば、ホーエン伯爵から契約を盾にわたくしを娶ることを『拒否』されたと言われた。
たとえ第二夫人だとしても断ると。
『夫人……いえ、ゾフィ嬢は華やかな方ですからね。我が家のような伯爵家では彼女が好むような生活は難しいですし、私の妻とゾフィ嬢では上手くいかないでしょう』
彼は遠回しに『わたくしは金遣いが荒く、第二夫人にしても第一夫人を敬うことはない』と言ったのだ。
互いに合意した証である契約書もあり、ホーエン伯爵が言うことも否定が出来ない上、ヴァレン様が国王陛下へ伝えてわたくしを社交界から追放することと、アルバ公爵家への接近禁止を命じられた。
これ以上の醜聞を避ける為、お父様にアイヒェン侯爵領へ送られ、そこから出ることを禁じられたまま、わたくしは数ヵ月後——彼と同じミントグリーンの瞳を持ったアマーリエを生んだ。
生まれたアマーリエは『子に罪はないから、せめてまともな家に嫁がせよう』と、お父様たちの判断でアイヒェン侯爵家の籍に入れられた。
あまり手元で見ることがなかったアンネリーゼとは違い、一応乳母はいたけれど、アマーリエはわたくしの手元で育てるしかなかった。
わたくしが、まともに見た赤子はライナルトくらい。
何となく懐かしさを感じ、アマーリエが成長するとわたくしは王都やアルバ公爵家について教えてあげたの。
だって、アマーリエの『兄』と『姉』なのだから、知らなかったら可哀想でしょう?
最初の頃は王都やライナルトたちの話に目を輝かせていたのに、お父様が家庭教師を付けた辺りから目に見えて喜ばなくなった。
…………つまらない子。
その内、アマーリエはこの国の義務である学園へ通う年頃になり、わたくしも『アマーリエの為に』という名目で王都へ戻れたわ。
ただ、屋敷から出るのは教会へ行くくらいしか許されなくて、仕方がないから教会に行ってから途中で街へと抜け出した。
それも毎回は出来ないから、たまにだったけれど。
そんな退屈で代わり映えのない日々を送っていたある日——突然アマーリエが、アンネリーゼが王太子殿下に婚約破棄されたと言い出した。
しかも、アマーリエが次の婚約者となると…………。
さすがにわたくしも血の気が引いたわ。
ヴァレン様が、アンネリーゼから婚約者を奪われて黙っているはずがないもの…………。
やはりアルバは王家から離れ、アイヒェン侯爵家はまた他家から距離を置かれたみたい。
何とかしたくて久しぶりにライナルトへ手紙を送ったら、『抗議』が来て今度は『接触禁止』となったわ。
わたくしが母親なのに親子を引き離すなんて、陛下もヴァレン様も酷いわ!
結局アマーリエの立場が良くなることはなくて、ある日突然屋敷に現れたと思ったら、「学園でも皆から距離を置かれている。お姉様に助けて貰いたい」と言われた。
それを聞いて、わたくしは考えたわ。
最近お父様たちが他国へ追いやろうとしていることに気付いていたから、ライナルトたちに助けて貰おうと……。
————それなのに……何故、こんなことになってしまったのかしら?
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ




