閑話〜ゾフィside①
わたくしの名前は、ゾフィ・フォン・アイヒェン————アイヒェン侯爵家の長女として生まれた。
ルクスフォード王国の侯爵家の中で、アイヒェン侯爵家は筆頭と呼べるほどの家格はないけれど、高位貴族として貴族社会の中では上位には違いない。
高位貴族令嬢として蝶よ、花よ、と育てられ、当時の王太子殿下——現国王陛下の婚約者候補になったこともある。
わたくしにとって、それは当然のこと。
…………けれど、選ばれたのは同じ侯爵家出身の現王妃。
家格も、学園の成績も、何なら容姿だって、わたくしは負けていないはずなのに。
それでも選ばれたのは、わたくしではなかった————。
結局わたくしは婚約者候補から外され、次に候補とされたのが『アルバ公爵家』だった。
一貴族ではあるものの筆頭公爵家であり、アルバ家が持つ影響力は王家も無視することが出来ないほど。
それは屋敷の敷地内からも滲み出ているかのように、派手さはないけれど重厚感と荘厳さがあり、初めて足を踏み入れた際は思わず息を呑んだ。
義父母である前アルバ公爵夫妻は、お父様たちと共に訪れたわたくしを前に微笑みは崩さなかったけれど、その瞳は確実に『品定め』をしていた。
その際に初めてお会いした元夫————ヴァレン・フォン・アルバは、ラベンダー色の柔らかそうな髪にアッシュブルーの瞳を持ち、殿方には相応しくない言葉かもしれないけれど本当に『美しい』方だった。
ただ、その容姿のせいか言い寄る女性があまりに多く、一切反応を見せないどころか冷酷な言動で切り捨てるほど『女嫌い』という噂だった。
わたくしは一瞬で彼の虜になったわ。
二人で話すようにと、アルバ公爵邸の庭園を散歩した時も胸の高鳴りが抑えられなかった。
————きっと、ヴァレン様もそうに違いない。
そう思ったけれど、彼は突如足を止め、わたくしに向かって無表情のまま淡々と告げたの。
「はっきり言っておく。私が妻に望むことは『アルバの家門に傷を付けないこと』『アルバの血を引く子を生むこと』そして、『私の邪魔をしないこと』。これだけだ。君が傲慢が故に王太子の婚約者候補から外されたことは知っているが、この三つを守れるなら私は君が『妻でも構わない』」
『妻でも構わない』————つまり、わたくしじゃなくても構わないということ…………。
驚愕で思わず言葉を失ったけれど、我に返ると沸々と怒りが湧き上がってきた。
わたくしが傲慢だから王太子殿下の婚約者候補から外された?
そんなこと聞いてないわ!
わたくしが把握していなかったことを知られていたという羞恥心なのか、貶められた屈辱感なのかは分からない。
けれど、わたくしは決めたわ。絶対に『アルバ公爵夫人』になると。
当然そんな考えは見せずに、その場では「承知致しましたわ」と微笑んだ。
ヴァレン様はそんなわたくしの様子を黙って見ていたけれど、すぐに興味を失ったかのように視線を逸らして共に屋敷へ戻った。
…………見てなさい。ヴァレン様はわたくしが妻となったことに、きっと感謝するわ!!
正式に婚約すると、わたくしは義母のもとで公爵夫人となる為の教育を受けさせられた。
アルバの教育は一貴族の——いいえ、高位貴族令嬢でもここまで学ばないでしょうということまで学ばされた。
けれど、わたくしにそれを拒否する選択肢などなかったわ。
だって、そうでしょう? もしヴァレン様が仰っていた通り、わたくしが『傲慢』だったからという理由で王太子殿下の婚約者候補から外されたのだとしたら……ここで再び婚約がダメになってしまうとわたくしに瑕疵が付くもの。
だから堪えたわ。そしてようやくアルバ公爵夫人として合格ラインに達した時、わたくしとヴァレン様は結婚したの。
盛大な結婚式には王族はもちろん、近隣諸国の要人なども招かれ、王家に引けを取らないものとなった。
そして、結婚して一年も経たない内に嫡男のライナルトを身篭ったの!
正直、身篭った時はヴァレン様との約束を守れたとホッとしたわ。
こればかりは授かりものだもの。わたくしにも、どうにも出来なかった。
身篭って以来、距離感を感じていた義父母や屋敷の者たち、そしてヴァレン様の態度も軟化した。
アルバ公爵家の血を引く子を宿すわたくしを、みんなが大切に扱ったわ。
そして——ひと目で『アルバの子』だと分かるライナルトが無事に生まれた。
ヴァレン様は意外にもライナルトを、とても可愛がったわ。
それと同時に、わたくしにも笑みを見せてくれるようになった。
ライナルトが生まれて一年経った頃、義父が爵位をヴァレン様へ譲り、わたくしは正式な『アルバ公爵夫人』となった!!
揺るぎない家門、非の打ち所のない夫、そして生まれた瞬間から特別な息子————わたくしは『完璧』だった。
美しいドレスを身に纏い、高価な宝飾品を身に着け、社交界へ出たら誰もがアルバの名にひれ伏し、わたくしのご機嫌を伺う…………。
わたくしは微笑みながら、扇の裏で愉悦に浸った。
その頃のヴァレン様は、正式な公爵として外交の為に屋敷を空けることが増えていた。
それでも帰宅すればライナルトを可愛がり、家族の時間を大切にする方だった。
ライナルトが生まれて二年後——再びわたくしは身篭った。
全てが順調過ぎるほどだった……だからなのかしら? 少し代わり映えのない日々が、退屈に思えてきたの。
二度目の妊娠はライナルトの時とは違い、貧血気味だとのことで寝台の上から動かないようにと専属医から指導されてしまった。
体調が悪くなくても寝台から動けず、夜会どころかお茶会へ出掛けることも出来ず、わたくしのストレスは溜まる一方。
それに気付いたヴァレン様は気が晴れるようにと楽団を呼んで下さったり、わたくしの好みそうな書籍を取り寄せて下さったりと、色々気遣って下さったわ。
そうして生まれたのが、アンネリーゼだった。
本当ならまた男の子が良かったかしら? と思ったけれど、この国では女性でも爵位を継承することは出来る。
なら、スペアとしては十分かしら?と思い直した。
二人の子を生んだわたくしは、貴族夫人として一番重要な役割を果たしたことになる。
アンネリーゼもヴァレン様にそっくりで、わたくしに似ているところは髪がストレートなことくらい。
確かに娘は着飾りがいがあって楽しいけれど、それでも二人目だということで新鮮味は薄れていたように感じていた。
それよりも出産したことで、ようやく体が軽くなり、再び社交界へ復活出来る!!
子を生んだわたくしが今後力を入れなければならないのは、公爵夫人としての社交だもの。当然でしょう?
アンネリーゼは乳母に預け、たまにライナルトを連れてお茶会や夜会へ出席したわ。
社交界へ復帰したわたくしに、周囲は相変わらず阿る。
————けれど、それもすぐに飽きてきたわ。
何か、楽しいことはないかしら?
そんな愚痴を零したら、ある伯爵夫人が声を掛けてきたの。
少し趣向の変わった仮面舞踏会がある、とね。
仮面舞踏会は相手が分からない、もしくは気付いても気付かない振りをしなければならない、秘密の空間…………。
とても、甘美な響きだったわ。
ヴァレン様に知られたら反対されるかもしれないから、わたくしは彼が外交で留守にしている時を見計らって出掛けた。
いつもとは雰囲気の違うドレスに身を包み、仮面を着けて足を踏み入れた広間には、大勢の紳士淑女の姿があった。
紹介してくれた夫人と共に広間へ足を踏み入れると、すぐに殿方たちが寄って来た。
「レディ。よろしければ、一曲お付き合い願えませんか?」
ふと夫人に視線を向けると、彼女も別の殿方の手を取ってフロアへ向かうのが見え、わたくしもその手を取った。
わたくしも、こういう場が『男女の出会いの場』だということくらい、もちろん知っている。
一曲終われば自然と休憩室へと向かい、そこで共に過ごす————。
この秘密の空間と時間が、わたくしにはとても刺激的に感じられた。
————そして、わたくしの運命を変える人と出会ったの。
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ




