Ep.25 是正
王妃殿下の言葉が広間の中に響いた。
「そ、そんな……ことは……」
「そうかしら? エーレン女官長が学園内で調べたのよ? 貴女、学園内でかなり印象が良くないようね。当然だわ。学園の公式行事である卒業パーティーでフェリクスに婚約破棄を宣告させた。もちろん、それはフェリクスが愚かだったということもあるけれど」
「でも、貴女はそれを知りながらも止めなかったでしょう? むしろ、喜んでいたはずだわ」と、まるで見ていたかのように嘲笑した。
血の気が戻らずにずっと寒くて、体の震えも止まらない————。
顔を上げなくても、広間内の視線が私に向けられて突き刺さるのが分かる。
誰か……誰か、助けて…………。
隣にいるお母様も、フェリクス様も、誰も何も言ってくれない。
「学園での貴女の言動を見ていた者が多かったの。信用を得るには時間が掛かるわ。それなのに、貴女は信用を得られるような言動をするわけでもなく、アルバ公爵令嬢に口利きを頼もうとした————」
「…………アマーリエ……そう、なのか? 母上の言っていることは本当なのか!?」
超然と紡がれた王妃殿下の言葉に、フェリクス様が取り乱して声を上げ、今にもこちらに詰め寄りそうな様子だった。
それをシルヴァン殿下が「兄上!!」と落ち着かせながら、押さえている。
「……だって……だって! 誰も私を見てくれないんですもの!!」
今まで胸の中に詰まっていた物を吐き出すかのように、私は叫んだ。
ずっと……ずっと、我慢してた!
何を言われても、どんな目で見られても、フェリクス様の妃に————王太子妃になる為に必要なんだって!
言葉を呑み込む度に喉が詰まり、胸の奥でぐるぐると渦巻いて気持ち悪かった。それなのに……。
「それなのに……どんなに堪えても、どんなに頑張っても、誰も私を見てくれない! 私を認めてくれない!! どうしたら良かったと言うの!? お母様の娘に生まれたのは、私のせいじゃないわ!!」
「なっ……!!」
私の言葉にお母様が動揺して、怒りのような声が漏れた。
「だって、そうでしょう!? 不貞をしたのはお母様でしょう!? 私ではないわ!! なのに……なのに、何で私が責められなければならないの!?」
キッとお母様を睨み付けて、捲し立てた。
私がこうやって怒りをぶつけたのは初めてのことだったから、お母様は口をパクパクとさせ、言葉が出てこないようだった。
「お祖父様たちもそう!! 領地に押し込めて……王都に来るまで殆ど屋敷から出たことも、年の近い子と遊んだことも、話したこともなかったわ!! そんなに恥ずかしい存在なら、何で私をアイヒェン侯爵家の籍へ入れたの!?」
口から出てくる言葉は留まることを知らず、次々と溢れ出た。
「お姉様もよ……私と異父姉妹なのは事実なのに、家門が違うからって私を妹と認めない……。まるで被害者のような顔をして、私を拒絶した……。半分でも血の繋がった妹よ? それなのに、冷たく切り捨てるなんて……そんな人が本当に未来の王妃に相応しかったのかしら?」
もう、どうでもいい。何で、私だけが我慢しなければならないの?
そう思ったら、だんだんとこの状況がおかしく思えてきて、笑いが込み上げてきた。
一通り吐き出したら息が切れて、ハアハアと肩で呼吸をする。
「……言いたいことは、それだけか?」
広間の中に沈黙が流れ、少しの間の後に低い声が響いた。
その声にハッとして正気を取り戻し、顔を上げると——国王陛下が肘掛けに頬杖を突きながら、凍てつくような瞳で私を見下ろしている。
その視線と交わった瞬間、肩が震えて再び血の気が引いていく。
…………私は……一体、何を言ったの……?
「答えないのか? 言いたいことはそれだけか? と聞いた」
「……あ……」
陛下の威圧感に、どうしても声が出ない————。
「何も言わないなら、先ほどの其方の言葉の間違いを正してやろう……まず、母親の不貞は確かに其方には罪はない。 アイヒェン侯爵家の対応も辛かったのだろう。 そこには同情する……」
陛下は目を一度閉じ、淡々と先ほどの私の叫びへの感想を口にした。
けれど、その後に「だが……」と言葉を継いだ。
「先ほども王妃が言っていたが、其方が周囲から認められないのは母親のせいでも、アイヒェン侯爵家のせいでもない。全て其方の行いの結果だ。婚約者のいる王太子へ近付いたこと、卒業パーティーで王太子の隣に立ち、私の許可なく婚約破棄を宣告するのを黙って見届け、婚約者の座を得た」
国王陛下は一つ一つ、私の間違いを挙げていく。
「アルバ公爵令嬢を『被害者のような顔をして』其方を受け入れなかったというが、事実被害者だ。其方の母親が不貞を犯したせいで、アルバ公爵令嬢は『家門に傷を付けられ』『瑕疵を付けられ』そして——『母親を失った』 」
最後の言葉に私は目を見開き、思わず息を呑んだ————。
今までお母様は私の『お母様』で、それでいてアンネリーゼの『お母様』でもあると思っていたから、そんな風に考えたことなんてなかった……。
傍にいなくても、それは変わらない事実だと思っていたから————。
「貴族が家門を重んじるのは、その家に守らなければならない者が大勢いるからだ。家族、使用人、領民……それは爵位が上位であればあるほど数は増す。王家も同じだ。王家も国を守らねばならない」
「だからこそ体面を気にする。それによって、その家の信用や信頼が揺らぐからだ」と告げた。
「信用も、信頼も、積み上げるのには長い月日が掛かりますが、崩れる時は一瞬です。貴女を『妹』とアルバ公爵令嬢が認めていたら……悪意のある者が、『本当はアマーリエ嬢はアルバ公爵の実の娘だったのに、ゾフィ嬢を捨てる為に見捨てたのでは?』……と邪推する者が現れるかもしれません」
国王陛下に続くように王妃殿下も口を開いた。
ふと、王太子妃教育で先生が話していたことが脳裏を過った。
『社交界はどんなことで、足を引っ張られるか分かりません。だからこそ、自らの言動には慎重にならなければなりません』
『アルバ公爵令嬢がアマーリエ嬢を『妹』と認めれば、アルバ公爵家が貴女を庇護下に置いたとみなす者が現れます。そうすると、自分に都合のいい要求をしてくる者がアルバ公爵家のみならず、アマーリエ嬢の周囲にも群がってくるでしょう。そうなった時、今の貴女ではそれを見極めることも、退けることも出来ないでしょう』
————そう言われた時、それの何がいけないのか分からなかった。
だって、王家よりも力を持つアルバ公爵家が私を守ってくれるなら、私は誰にも負けないでしょう?
そうしたら、私の地位は————安泰でしょう?
私は両陛下の言葉に体が硬直して動けず、どうやって呼吸をしたらいいのかさえ分からなくなった。
何も答えない私に痺れを切らしたのか、ふうと一つ溜め息を吐くと国王陛下は真っ直ぐ私とお母様を見据えた。
「これより、ゾフィ・フォン・アイヒェンとアマーリエ・フォン・アイヒェンの処分を言い渡す」
「なっ…………! お、お待ち下さい!! 何故、わたくしまで……!!」
広間に響いた声にお母様は納得がいかないと声を上げ、高壇へ詰め寄ろうと足を踏み出したけれど、傍にいた騎士たちに両腕を掴まれ、「無礼者! 離しなさい!」と叫んでいる。
「……貴女はアルバ公爵家への接近禁止の命令を破りました。それに……全ての元凶は貴女です。ゾフィ・フォン・アイヒェン」
淡々と告げる王妃殿下を憎々しげに睨み付け、ギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえた。
お母様からしたら立場こそ王妃殿下の方が上位だけれど、アルバ公爵家は王家よりも力がある。
それ故、アルバ公爵夫人である自分の方が上だとでも思っていたのかもしれない……。
そんなことをお母様を視界の端で捉えながら、呆然とした頭でそう思った。
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ




