Ep.23 蝶の羽ばたき
窓の向こう側には、代わり映えのない景色が続いていた。
無事に城門を抜けて、王都から出ることが出来た。
城門から出たのはこれが初めてで、私は初めて領地を出て王都へ向かった時のことを思い出す————。
————
私はアイヒェン侯爵領の領地邸で生まれた。
成長していくと同時に、何となく自分は『貴族』で使用人たちとは違う立場なんだということが分かった。
たまに王都からお祖父様や伯父様がいらしたけれど、それは社交期間が過ぎた後で、再び王都へ戻って行く……。
『私も一緒に王都へ行きたい』とお願いしたことがあったけれど、お祖父様に一蹴されてしまった。
————従兄弟のヘンリーは許されるのに、何故私はダメなの?
その理由が分かるまで、そう時間は掛からなかった。
『アマーリエ様が王都へ行きたがったみたいよ』
『そうみたいね。まあ、王都へ憧れる気持ちは分かるけれど、ゾフィ様の醜聞を考えると……ね』
たまたま下級メイドが話しているのを耳にして、私が王都へ行けないのはお母様のせいらしいということを知り、お母様に直接聞いてみた。
まさか私がそのことを知ったとは思わなかったお母様は、気まずそうに視線を泳がせながらポツポツと話し始めた。
以前、お母様は『アルバ公爵夫人』だったこと。
けれど他の男性と遊んでいたら私を身篭り、それがアルバ公爵に露見してしまい離縁されたこと。
筆頭公爵家であるアルバ家の家門に傷を付けたことで、国王陛下から断罪されて一切の社交を禁じられたこと。
その頃、私はまだ幼くて何故他の男の人と遊んだら身篭るのか分からなかった上、そんなことで離縁されるなんて……と信じられない気持ちだった。
お母様が離縁されなかったら、私もアルバ公爵家の一員として王都に住めたかもしれない————。
私の心の中に『不満』のような黒い物が生まれた。
お母様は事情を語ったことで気が楽になったのか、その日からその話題を避けることなく話すようになった。
「貴女にはお兄様とお姉様がいるのよ。まだ幼い頃に別れてしまったけれど、きっと母であるわたくしに会えなくて寂しい思いをさせてしまっているわね」
その時、初めて私は異父兄と異父姉の存在を知った。
お母様と離れて寂しい思いをしているのなら、会えたらきっと私のことも妹として受け入れてくれるのではないかしら?
そんな期待が胸の中に湧き出てきた。
けれど、そんなことは幻想だったことをお祖父様から思い知らされた————。
「お祖父様! 私、お兄様とお姉様にお会いしたいわ!」
「……お兄様とお姉様だと? 誰のことを言っている?」
私の言葉に、今まで聞いたことのない低い声が響いた。
「……え、あの……お母様が『アルバ公爵家』には、私のお兄様とお姉様がいると……」
「それは違う。確かにアルバ小公爵とアルバ公爵令嬢はお前の母が生んだ。だが、お前の母は間違いを犯した。それ故、お前たちとアルバ公爵家は全く関係がない。二度と兄や姉と呼んではならん」
いつもは目を細めて優しく語りかけてくれるお祖父様はそこにはいなくて、真顔のまま氷のような冷たい視線を向けられ、何だか怖くなって体がガタガタと震えた。
一人私室へ戻って気持ちが落ち着いてきたら、やっぱりお祖父様の言葉が理解出来なかった。
同じお母様なら、仮令お父様が違っていても私のお兄様とお姉様ではないの?
夕食の時間になると食堂の空気はいつもより重苦しくて、お祖父様もお祖母様も微笑み一つ浮かべないまま————。
お母様はお祖父様たちに叱られたのか、何だか不機嫌そうで話し掛けられなかった。
その後、突如お祖父様が手配した家庭教師による貴族教育が始まり、礼儀作法や勉強の他に『貴族とは』『家門とは』ということを教えられた。
本来、貴族とは当主とその子に『貴族籍』が与えられる。
貴族の子は貴族だけれど、貴族の子のその子は当主から認められて初めて貴族籍に入ることが出来る。
そしてお母様のしたことは『家門』に傷を付ける行為で、貴族は代々続いてきた『家門』を守る為に体面を重んじる。
そして——家門が違えば、その家の者とは見做されない……。
それって……お母様は同じでも、私とお兄様たちは家門が違うから『家族』として認められないということ……?
きっと、お祖父様は私に『アルバ公爵家』とは何ら関係がないのだ、ということを分からせたかったのだ————。
それからは静かに過ごした。お母様はたまに『アルバ公爵夫人』だった頃の話をする。
それを聞きながら、私は自分が『公爵令嬢』になる夢を見る————。
「……アマーリエ、お前は王都へ行かなければならない」
十三歳になった頃————領地にやって来たお祖父様に突然そう告げられた。
貴族教育で、この国の貴族は十四歳から王立学園へ通わなければならないと教えられていた。
私はお母様のことがあるから、それは許されないのだと思っていた。
けれど貴族籍がある以上、義務を果たさなければならない。
王都に慣れる為にも一年早く、アイヒェン侯爵家の王都邸へ移ることとなった。
初めて領地から出て王都へと向かう馬車の中で眺めた景色は、思ったよりも代わり映えのないものだった。
けれど王都へ入る城門を潜り抜けた瞬間——目の前に広がる景色が急に輝き始めた。
領地とは違い、たくさんの人たちが笑いながら歩き、平民の店が連なっていた。
————これが、王都……。
私は一瞬でその光景に魅了された。
それからはアイヒェン侯爵邸で王都での決まりや過ごし方を教えられ、たまに街へ行ってみたりした。
見るもの全てが新鮮で、私の胸は高鳴っていた。
そして約一年後、ついに王立学園へ入学した。
学園の高等部にアンネリーゼがいることは知っていたけれど、そんなことよりもお母様の醜聞のせいで他の生徒たちから受け入れて貰えるかが心配だった。
最初は遠巻きにヒソヒソと陰で噂されていることが分かった……。
けれどその内、害のない者だと分かったのか少しずつ話してくれる人たちが増えてきた。
初めて出来た友だち、誰かと学ぶ楽しさ……全てが満たされて充実した毎日を送っていた。
そんなある日————初めて『アンネリーゼ』の姿を見つけた。
中等部と高等部は基本的に校舎が違う、その為アンネリーゼに会うことなんてそうはなかった。
けれどその日は、たまたま中等部の生徒会役員への連絡の為にこちらの校舎に来ていた。
————あれが、私の『異父姉』……。
忘れていたはずの、あの黒い物が再び込み上げてきた。
筆頭公爵家の令嬢、王国で一番の権力を持つ家柄、王太子殿下の婚約者、整った容姿、淑女としての評価、賞賛……。
同じお母様なのに……ほんの少し、蝶の羽ばたきほど違ったら————。
その思いはずっと燻り続けて、アンネリーゼが高等部の三年生になる——と思った瞬間、ついにそれは決壊した。
そして————その結果が今だ。
せっかく出来た友だちは、私がフェリクス様に夢中になっている間に、まるで波が引いていくかのように消えていなくなった。
不貞などしていないのに『結局、血は争えなかった』と遠巻きにされ、誰も私を助けてくれない。
私は視線を馬車内に戻して目を伏せると、深く溜め息を吐いた。
今の状況をどうにかする為には、業腹でもアンネリーゼに頼むしかない————。
そんなことを考えていたら、どこからか低く響くような音が聞こえてきた。
「な、何の音……?」
「……これは……馬の走る音だわ!!」
お母様はそう言うと後ろを確認した。
すると騎乗した騎士たちがものすごい勢いでやって来て、あっという間に私たちの馬車は囲まれた。
「馬車を停めろ! これは王命だ!!」
その言葉に御者は大人しく従い、馬車を停めてしまった。
————ああ、私はここまでなのかしら……?
諦めのような境地になり、目を閉じたら瞼の裏に——アンネリーゼの顔が浮かんだ————。
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