Ep.22 不測の事態
「アマーリエが……いない……?」
学園から戻って来たエーレン女官長からの報告に、私は言葉を失った。
「はい。いつも通りに馬車寄せでお待ちしていたのですが、授業が終わった時間を過ぎてもお見えになりませんでした。校内で先生にお聞きしたところ一度は教室へ向かったようですが、授業には一度も出ておりませんでした」
「私もいなかったことには気付いたのですが、何か体調が悪そうだったと他の者から聞いて、てっきり王城に戻ったのかと……」
エーレン女官長と共に現れたシルヴァンは眉尻を下げて、申し訳なさそうにしている。
「いや、シルヴァンのせいではない。……父上が何か知っているかもしれない」
私は父上へ先触れを出し、シルヴァンたちと急いで向かった。
「アマーリエ嬢がいなくなった? 彼女は行くところなどないだろう?」
確かにそうだ。くそっ! こんなことになるなら影を付けておくべきだった。
本来、王族には影が付く。
だがアマーリエは王城に住んでいるとはいえ、未だ王族ではない。
本人が希望すれば付けられなくもないが、慣例通りに影は付けていなかった。
「兄上。一応、アイヒェン侯爵家へ尋ねてみては? 侯爵なら追い返すでしょうけれど、母親のアイヒェン侯爵令嬢なら分かりませんし……」
「……そうだな。私が行ってこよう」
万が一を考えて父上は近衛騎士と影を動かし、私は急いでアイヒェン侯爵家へと向かった。
……何故だろう。何だか胸騒ぎがする……。
侯爵家に到着し、急いで侯爵への取り次ぎを頼んだ。
しかし侯爵は領地に出ており、代わりに現れたのは小侯爵だった。
「殿下、どうなさいましたか?」
「突然すまない。ここにアマーリエは来ていないか? どうやら学園に登校した後、姿が見えなくなったようなのだ。もしかしたらここに来ているかと思って……」
「アマーリエがですか?! いえ、ここには来たという報告は受けておりませんが……おい、アマーリエはここを訪ねて来たか?」
「いえ、私はそのような報告は受けておりません」
小侯爵は驚きで目を見開き、家令に尋ねたが彼も知らないようだった。
一体、どこへ……。まさか、誘拐でもされたのか?
「ゾフィにも聞いてみましょう。誰かゾフィを呼んで来てくれ」
「お嬢様でしたら教会へお出掛けに……少しお帰りが遅いので、先ほど遣いを送りました」
「悪いが、ゾフィ嬢が戻るのを待たせて貰ってもいいだろうか? もしかしたら、何か知っているかもしれない」
家令の話によればゾフィ嬢は数時間前に教会へ向かったようだが、以前から教会の帰りにそのまま街へ出掛けることもあり、あまりに帰りが遅い為に迎えをやったそうだ。
小侯爵に頼み、執務室で待たせて貰うことにした。
先ほどから嫌な予感がして落ち着かない……。
しばらくすると遣いの者が帰宅し、教会の者へ尋ねたところゾフィ嬢は今日は訪問していなかったということが分かった。
遣いの者は街で彼女が行きそうな所も探したようだが見つからず、一度指示を仰ぐ為に戻ったようだった。
アマーリエだけではなく、ゾフィ嬢も姿を消した。
……これは偶然なのだろうか?
すると執務室の扉を叩く音がし、顔色を変えた家令が一人の使用人を連れて現れた。
「若様! 大変です! この者がお嬢様にアマーリエ様を会わせたそうです!」
家令が連れて来た使用人はどうやら下級メイドのようだった。
彼女の顔色は青白く、小侯爵だけではなく私が訪ねて来たことで怯えて不審な行動をしていたところを、違和感を持ったメイド長から報告を受けた家令が問い質したらしい。
「その者は下級メイドではないのか?」
本来なら下級メイドが主家族の前に姿を現すことなど滅多にない。
そのことに疑問を持った小侯爵が尋ねると、家令に促された彼女が恐る恐る口を開いた。
どうやらまだアマーリエがこの屋敷にいた際に、よく遣いを頼まれていたことで顔見知りだったようだ。
「遣いとは、何を頼まれていたのだ?」
「それは、その……手紙を出すようにと……」
どうやらアマーリエは私への手紙を彼女に頼んで出していたようだ。
……まさか、侯爵たちに隠れて出していたとは……。
恐らく侍女へ命じても、主である侯爵へ報告されることを恐れたのだろう。
「……なるほど。それを知ったら父は許さなかったでしょうからね。それでアマーリエとはどこで会ったのだ?」
「その……アマーリエ様が裏口の茂みに隠れており、どうしてもお嬢様にお会いしたいと……」
彼女は密かにゾフィ嬢へアマーリエが訪ねて来ていることを伝え、裏口まで案内したという。
「何を話していたのだ?」
「私は誰にも知られないように見張りをしており……ただ『アルバ』という言葉が聞こえたような……」
「アルバだと!?」
まさかその名が出てくるとは思わず、驚愕に大きな声を上げてしまった。
「……まさか……アルバ公爵領へ向かったのでは……」
思わず零れた言葉に、私も小侯爵も血の気が引いていくのを感じた。
まずい……まずい、まずい!!
王家とアルバ公爵家は今、距離が置かれている————。
そんな中、アマーリエが訪ねたら……。
「……一体、何の為にアルバ公爵領へ……」
今更アルバ公爵家を訪ねる理由が分からなかった。
ただ小侯爵いわく、ゾフィ嬢は以前密かにアルバ小公爵へ手紙を送ったことがあったようだ。
アルバ公爵から返送されてきたその手紙の内容を確認すると、小公爵に頼んで今回のことを穏便に済ませ、自分を助けて欲しいというものだったそうだ。
公爵の手紙も同封されており、『未来の王太子妃の生家が取り潰しにでもなったら都合が悪いだろう。今回は見逃すが、ご令嬢に関してはこれ以上の無礼は許さない。すぐに対応すべし』と書かれていたらしい。
こうなってはアマーリエが王太子妃になるまでは待っていられないということで、ゾフィ嬢の処遇を密かに進めることになった。
これ以上の醜聞はアマーリエに更に瑕疵を付けることになり、延いては私にも影響が出ることを考えた上でのことだった。
一度は除籍して平民として侯爵家から追放しようとも思ったようだが、彼女を自由にしてしまうと再びアルバ公爵家へ迷惑を掛けるかもしれない————。
それ故、二度と戻って来られないよう他国へ嫁がせるか、外部との交流を遮断している修道院へ送るかを選定していたようだが、最近他国の商家が第三夫人として受け入れてくれると決まり、近々そちらへ送る予定だったらしい。
ゾフィ嬢はそれに勘付いたのかもしれない……。
だからアマーリエに手を貸したのだろう。
「私は急ぎ城へ戻り、このことを父上に知らせる。何としてもアルバ公爵領へ入れるわけにはいかない」
「こちらも父へ報告し、すぐに騎士に連れ戻すよう命じます」
アイヒェン侯爵家も、王家も、後がない————。
侯爵家を辞し、私はすぐに父上へ報告した。
「……まさかアルバ公爵領へ向かったとは……」
「ゾフィ嬢は今後の身の振り方に関して、小公爵やアルバ公爵令嬢へ口利きをさせようとしているのは分かるのですが、アマーリエは何故……」
「ここで考えていても仕方がない。とりあえず、城下へ捜索に出した騎士たちや影に改めて指示を————」
そこへ二人の近衛騎士が報告にやって来た。
「先ほど城門の方へ怪しい者はいなかったか確認したところ、三時間ほど前に貴族らしい夫人と令嬢が乗った馬車が通過したそうです」
……最悪だ。
予測していたが、既に王都を出ていたとは……。
「すぐに何人か連れて追え。抵抗するなら少々手荒な真似をしても構わん」
……こんなことを仕出かして、アマーリエもゾフィ嬢もただでは済まないだろう。
今後のことを考えると私の脳裏には最悪な結果しか浮かばず、最早頭を抱えることしか出来なかった————。
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ




