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お心のままに動いた結果でしょう?  作者: シエル


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Ep.21 転換期





「もうすぐ出発するよー!!」




古びた馬車の御者台に立つ男が大声で叫んでいた。



領地にいた時は平民と接する機会の方が多かった。


けれど、王都に移ってからは使用人以外で会うことはない。



学園に通うようになってからは余計に。



目の前にある汚らしい馬車に乗るのは少し躊躇したけれど、背に腹は代えられない……。



「乗るわ」



呼び込みをしていた男へ銀貨を一枚差し出すと、それを受け取ると顎でクイッと後ろの方を指し示し『乗れ』と合図を出した。



馬車の後部に回ると中には簡易的なソファがあり、そこに何人か座っている。


床にそのまま座らなければならない普通の乗り合い馬車とは違い、椅子に座れるだけあって料金も高めに設定されていた。



乗り口に現れた私の姿に中にいる人たちの視線が一斉に向けられ、鼓動が速くなりビクッと肩も震えてしまった。



けれど今は、そんなことを気にしている場合じゃない——。


視線を逸らしながら中に足を踏み入れると、一番隅っこに腰を下ろした。



ここ数ヵ月は王城で暮らしていた上、侯爵家でもこんなに質の悪い椅子に座ったことはなかった。



一瞬眉間に皺を寄せてしまったけれど、露骨に不快感を顔に出してしまえば周囲の人たちから今以上に注目を集めてしまうかもしれない————。


私は違和感を与えないように、何事もなかったかのように表情を作った。



そんな事を考えている自分はたった五月(ごつき)の間に、本当に王城に染まったのだと感じる。


こんな所でも王太子妃教育で習った表情管理が役に立つなんて……と心の中で自嘲気味に笑ってしまう。



「おい、出発するぞ」



御者席からさっきの男の声が聞こえたと思ったら、馬車が動き始めた。



こんなにガタガタと揺れる馬車に乗るのは初めてで、椅子から転げ落ちないように必死に掴まりながら屋敷の近くまで耐えた。



馬車はしばらく走り続けて、ようやくアイヒェン侯爵家の近くまで到着すると停まった。


ここからは歩くしかないけれど、そんなに離れていないはず……。



記憶を頼りに進み続けると、やがてアイヒェン侯爵邸が見えて来た。


貴族家の屋敷らしく周囲は壁に囲まれており、外からは屋敷自体は見えない。



なるべく侯爵家の人間に見付からないように屋敷の中に入らなければ……。


表門には護衛が立っているはずだし、外壁を登れるはずもない。



……とするなら、目立たず入るには裏口しかない。



外壁伝いに裏口に向かったけれど、ここからどうやってお母様に会えばいいのか……。


勢いだけでここまでやって来たけれど、お母様に連絡を取る手段がなかなか思い浮かばない。



いくら裏口だからと言って、貴族の屋敷周辺を彷徨いていたら絶対に不審に思われる。



学園が終わる頃には、王城からエーレン女官長が乗った馬車が迎えに来るだろう。


いくら待っても私が現れなかったら、きっと校内を探した後に王城へ報告し、連れ戻しにやって来る。



私は裏口の茂みに隠れてお母様に会う方法を考えながら、誰か顔見知りの使用人が現れるように祈った。



しばらくその場で待ち続けると、下級メイドのアンが裏口から出てきた。



「アン、アン!」



見付からないように大きな声で呼ぶことが出来ず、囁くような声で名前を必死に呼び掛けると、辛うじて声が届いたのかアンが立ち止まり周囲をきょろきょろと見回した。



「アン! こっちよ! こっち!!」



ようやく茂みの影にいる私に気付き、驚いたように目を見開きながら口を開こうとしたのが分かり、慌てて唇の前に人差し指を一本立てて静かにするように合図を送った。



私が周辺を気にしていることが伝わったのか、アンは再びきょろきょろと辺りを見回してから私の方へ駆け寄って来た。



「アマーリエ様! どうしてここに……王城にいらっしゃるはずでは?」


「それは今は言えないの。とにかくお母様に会いたいの! どうにかならないかしら?」


「そうは言われましても……」



私の頼みに眉尻を下げて困ったように呟いた。



「お願い! どうしてもお母様に会わなくてはならないの!」



アンに髪飾りを売って得たお金の余りを握らせて、必死に頼んだ。


平民の下級メイドには十分な金額のはず。



無理やり握らせたお金にアンは一瞬目を丸くしたけれど、決心したようにそれをしっかりと握り締めた。



「必ず……とは言い切れませんが、出来る限り頑張ってみます」


「お願いね!!」



アンは裏口から再び屋敷の中に戻って行った。


下級メイドは本来、主家族の前に姿を見せることは滅多にない。



不安で鼓動が速くなり、私は祈るように両手を組んで裏口の扉を見つめていた。



————どのくらいの時間が経っただろう?



もう数時間は待っている気分だ。



すると突如ガチャッと音がして、咄嗟に茂みの中に身を隠した。



「アマーリエ様」



囁くように私の名前を呼ぶアンの声が聞こえて茂みから顔を出すと、そこにはアンとお母様の姿があった。



「お母様!」


「アマーリエ! 何故、ここに?」


「実は————」



お母様に事の経緯を説明している間、アンは周囲に気を配っている。



「……そう。アンネリーゼは今アルバ公爵領にいるはずよ。ここからだとかなり時間が掛かるわよ?」


「分かってるわ……。でもこのままだと私、廃籍されてしまうかもしれないのよ……」




お母様は目を伏せて私から体を背け、少し考えているようだった。


やがて決心したように視線を私に移して口を開いた。




「……いいわ。馬車を用意させるからアマーリエはわたくしが来るまで隠れていなさい。誰にも見つかってはダメよ?いいわね?」




お母様の言葉に頷き、言われた通りに私はまた茂みに身を隠した。



カーン、カーン、と教会の方から鐘の音が聞こえる。


一、二、三……六回……ということは、ちょうど学園は昼休みの頃————。



登校してすぐにここへ向かったから、約三時間ほど経ったことになる。


王城から迎えが来るまで、あと三時間————急がなければ。



しばらくして裏口の傍に一台の馬車が停まった。


普段使っているものではなく目立たないよう質素な造りで、どこの家の物か分かるような家紋も付いていない……。



馬車の窓に付いているカーテンの隙間からお母様の顔が見えて、私は辺りを確認してから馬車へ近付いた。



御者は私がいることを知らなかった為、突然姿を現したことに驚愕の表情を浮かべているけれど、そんなことに構っていられない。


急いで踏み台を出させて馬車に乗り込むと、ようやくホッと一息つくことが出来て、強張っていた体から力が抜けた。




「アルバ公爵領へ向かいなさい」


「で、ですが、旦那様からお許しが……」


「いいから向かいなさい。お父様には後で私の方から伝えます」




恐らく御者は近所か教会へ向かうと聞いていたのだろう。


お祖父様の命令でお母様は招待されない限り、他家に行くことも出来ないから……。



御者は躊躇していたけれど、雇い主の家族であるお母様の命令には逆らうことが出来ず、渋々馬車を動かし始めた。



アルバ公爵領まで約五日————。



何としてでも、この現状を変えないと……!




私の運命が、動き始めていた————。







誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ

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― 新着の感想 ―
どう考えても、良い方向には動いていない件について・・・・
世の中には「逆神」というやることなすこと全てがろくでもない方向に行く人がおりますが、それの思考を見ている気分です。
ハラハラして毎回楽しみに読んでいます 今回一番の被害者は御者と馬ですね
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