Ep.20 背水の陣
「……え、第二王子殿下が……?」
「はい、一昨日お戻りになりました」
儀礼通りに起床して着替えなどを済ませ、いつも通りに朝のお祈りへ向かおうとすると、エーレン女官長が「第二王子殿下がお戻りになりましたので、本日から礼拝堂で共に朝のお祈りを捧げられます」と告げた。
第二王子のシルヴァン殿下のことは、よく知らない。
お母様が社交を禁止されていたこともあって学園に通う前までずっと領地にいた為、王家主催のお茶会などに参加したことがなかった上、殿下も他国へ留学していたから学園で会う機会もなかった。
年齢は私と同い年で、確かエヴァンス侯爵家のコーデリア様が婚約者だったはず……。
エヴァンス侯爵家はアイヒェン侯爵家と同じ侯爵位だけれど、家格としては向こうの方が上だとお祖父様が言っていた気がする。
先日、フェリクス様から王太子の座をシルヴァン殿下へ譲ると告げられたけれど……そのせいで戻って来たのかもしれない————。
誰も私がどうしたいか聞いてくれないまま、話がどんどん進んでいってしまっている気がする……。
もう私は、本当に王太子妃になれないの?
エヴァンス侯爵令嬢だって王子妃教育は受けているけれど、王太子妃教育は受けていないと聞いた。
確かにエヴァンス侯爵令嬢の方が早く王太子妃教育を修めるかもしれないけれど……でも、私とそんなに違うの?
何だか胸の中がモヤモヤとしたけれど、国王陛下たちを待たせるわけにもいかず、渋々朝のお祈りへ向かった。
「初めまして。第二王子のシルヴァン・フォン・ルクスフォードです」
「……初めまして、アイヒェン侯爵家次女のアマーリエ・フォン・アイヒェンと申します。お会い出来て光栄です」
儀礼通りの挨拶を述べながらカーテシーをすると「頭を上げて下さい」と言われ、体勢を戻すと殿下は微笑んでいた。
フェリクス様と顔の造形は少し似ているけれど、シルヴァン殿下の方が少し幼く見える。
それ以上は国王陛下と王妃殿下が現れたから特に言葉を交わすことはなかったけれど、何故か私の心に痼のような物が残った気がした————。
お祈りが終わった後、フェリクス様とシルヴァン殿下が穏やかに話しているのを見て、二人がいい関係を築いているのが分かった。
————フェリクス様は、私にあんな風に接してくれたことはあっただろうか?
ふとそんなことを考えてしまい、それと同時に胸の中のモヤモヤが膨らんだ気がした……。
——————
「アイヒェン侯爵令嬢」
学園へ向かう馬車へ乗り込もうとしていると、シルヴァン殿下が現れ、私はエーレン女官長と共に一礼した。
頭を上げてよく見れば、王立学園の制服を身に纏っていることに気付く。
「……第二王子殿下。その制服は……」
「急遽留学先から戻ったので、王立学園へ通うことになったんです」
シルヴァン殿下は穏やかに微笑みながらそう告げた。
王族は必ず学園、もしくは留学先の学園のような所を卒業しなければならないと決まっているのだから、考えてみれば当然のことだ。
改めてシルヴァン殿下をさり気なく観察してフェリクス様と似たところを探してみたけれど、見れば見るほど外見以外に似ているところが見つからない。
フェリクス様は初めて会った時から、キリッとしていて王太子として圧倒的なオーラのようなものを感じた。
けれどシルヴァン殿下は会う度に穏やかに微笑んでいて、『王子様』と聞いたら多くの人はこういう感じを想像するんじゃないかと思う。
殿下はにっこりと笑みを浮かべながら「エヴァンス侯爵令嬢を迎えに行く」と言い、王家の紋章入りの馬車へ乗り込むとそのまま去って行った。
それを見送りながら、私は言いようのないほど惨めな気分になる。
今まで留学しており、手紙のやりとりくらいはあったのかもしれないけれど会う時間は殆どなかったはず————それなのに帰国して学園へ編入初日から婚約者が迎えに来てくれるなんて……。
しかも王家の紋章入りの馬車で————。
それに比べて私は、フェリクス様の婚約者となってから、想像していた日々とかけ離れた生活を送っている。
何一つ思い通りにならない上に、フェリクス様との間に距離が出来てしまった。
更に王太子の地位はシルヴァン殿下へ譲ることになり、私は『王太子妃候補』ではなくなる————。
他の貴族たちからは蔑むような視線を向けられ、お祖父様たちも私を助けてくれない。
————何で?どうして?
憂鬱な気分のまま、私もエーレン女官長と一緒に王家の紋章が入った馬車へ乗り込んだ。
馬車が走り出しても相変わらず会話の一つもなく、空気が重苦しい……。
早く到着して……心の中でそう願いながら学園の敷地内に入り、馬車寄せで止まるとこの空間に我慢出来ずにさっさと降りた。
エーレン女官長が「行ってらっしゃいませ」と淡々と一礼するのを一瞥して、私は逃げるように校舎の中へと向かった。
やっと離れられた————少し肩の力が抜けたような気がして教室までの道のりを歩いていると、何だか周囲の様子がおかしいことに気付いた。
確実に私を見てひそひそと話しているのに視線を向けると急いで逸したり、いきなり立ち去ったり……そんなことをされる理由が分からず、心の中がモヤモヤする……。
教室に足を踏み入れると同じような視線を感じたけれど、廊下の時よりはかなりマシだ。
けれどそれは私に好意的だからというわけではなく、どうやら同じクラスとなったシルヴァン殿下へと注がれていたに過ぎなかった……。
周囲の視線を集めている殿下を見ていると、まるでこの世界で一人取り残されているように感じてしまう————。
「聞きまして?フェリクス殿下がシルヴァン殿下に王太子の座をお譲りになるそうですわ」
「ええ、わたくしも耳に致しましたわ。ある意味当然の結果ですわね……何でも卒業パーティーの際に近衛騎士に連れて行かれたと出席者の方からお聞きましたもの」
「まあ!フェリクス殿下もお気の毒ですわね。あの方に誑かされず、アルバ公爵令嬢と婚約破棄などしなければ、こんなことにはならなかったでしょうに……」
呆然とその場に立ち尽くしていた私の耳に、同じクラスの令嬢たちのそんな言葉が聞こえ、パッと勢い良くそちらの方を見ると、確かに彼女たちが話していたはずなのに、わざとらしく視線を逸らされた。
どうやらフェリクス様が王太子ではなくなり、シルヴァン殿下が新しい王太子となることが貴族たちの間で噂となっているようだった。
そして——その原因が私のせいだとでも言わんばかりに話しているのが至る所から聞こえてくる……。
……何なの……何で、私がこんな目に……。
そんな視線にも、声にも、耐え切れなくなって教室から飛び出すと、宛もなくただただ校内を走り回った。
『淑女は走ってはなりません』
侯爵家で貴族教育を受けた際に教わった言葉が脳裏に過ぎったけれど、それどころじゃなかった。
とにかく逃げたかった。
……けれど——どこへ逃げたらいいの?
どうしたら、こんな日々が終わるの……?
そんな時————急にアンネリーゼの顔が思い浮かんだ。
……アンネリーゼなら、この状況を変えられるかもしれない————。
私はその場にピタッと立ち止まると、自然と視線は足元に落ちて考えを巡らせた。
アンネリーゼに謝って許して貰えたと、皆に分かって貰えたら————。
そうしたら周りの人も、国王陛下たちも、フェリクス様も————。
私は顔を上げて急いでエントランスへ向かった。
王家の馬車は学園が終わる頃まで迎えには来ない……きっとアイヒェン侯爵家の馬車もお祖父様が使わせてくれない……どうしたら……。
その時、思い出したのはお母様の顔だった————。
……お母様に言えば、もしかしたら————。
私は手元にあった髪飾りを売ってお金を手に入れると、乗り合い馬車に乗ってアイヒェン侯爵家へと向かった。
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