Ep.19 悟る
弟のシルヴァンが留学先から急遽帰国したと報告があった。
「シルヴァンが……」
恐らく……いや、間違いなく父上が呼び戻したのだろう。
シルヴァンが留学していたのは隣国の向こう側にある国だ。
急遽呼び戻すにしてもそれなりに日数が掛かる。
私にあの選択肢を与える前に、既に連絡をしていたのは明らかだった。
それほど父上たちをがっかりさせたのだと思うと、自分が情けなくて仕方がない……。
「殿下、シルヴァン殿下がお見えです」
「通してくれ」
執務室の扉が叩かれ、廊下に控えている近衛騎士からシルヴァンの来訪を伝えられた。
「兄上、失礼致します」
「ああ、シルヴァン。よく戻ったな」
部屋に入って来たシルヴァンの顔は強張っており、父上たちから私のことを聞いたのだろうと感じた。
恥ずかしいような、情けないような……自分の感情なのに上手く表現出来ず、笑みを浮かべようとしても自然と眉尻が下がってしまった。
一度休憩を取ることとなり、お茶の用意をさせて互いに向かい合ってソファに座った。
室内には気まずい空気が流れており、私は紅茶に口を付けてからシルヴァンに何気なく問い掛けた。
「留学先はどうだった?魔力を持つ者が多い国だったのだろう?」
「……はい。授業の際に初めて魔法を見ましたが、あれは想像以上でした」
始めは口が重くポツポツと言葉を紡いでいたが、だんだんと留学中のことを思い出したのか少し肩の力が抜けたように見えた。
「シルヴァン……すまない。お前に迷惑を掛けることになった」
話して喉が渇いたのか冷めた紅茶に口を付けたのを見計らい、私は視線を足元へ落とし、膝に肘を突いて両手を組んだ。
「……本来なら卒業まで留学先にいられたのに、私のせいで呼び戻されたのだろう?」
「……起きてしまったことは仕方がありませんし、今まで兄上が重責を背負っていたのです。ですので、そのことに関しての謝罪は不要です」
シルヴァンの言葉に思わず顔を上げ、目を見開きながら私と同じオレンジ色の瞳を見つめた。
まだ子どもだと思っていた弟が気付かない内に成長していた——という事実に、いかに周りが見えていなかったのかを思い知る。
「私のことよりも、問題はアルバ公爵家です。他国を見て改めてアルバ公爵の有能さが身に沁みて分かりました」
シルヴァンは溜め息を一つ吐きながら、そう言葉を継いだ。
————アルバ公爵家。
久しぶりに聞いたような気がした。
最早アルバ公爵家の話題は禁止事項のように、王城でその名を口にする者はいなくなっていた。
「……兄上、改めて聞かせて下さい。何故、アルバ公爵令嬢を貶めたのですか?アイヒェン侯爵家がアルバ公爵家にとって因縁の元だということは分かっていたでしょう?それなのに何故……」
「……何故だろうな……。今思うと私にもよく分からない。アンネリーゼを、アルバ公爵家を蔑ろにしてはならないということは、よく分かっていたはずだったんだ……だが……」
学園でアマーリエと出会った時のことが脳裏に浮かんだ。
突然私たちの前に姿を現したアマーリエは苦しそうに、そしてどこか必死にアンネリーゼを『姉』と呼んでいた。
——————
『あの……お姉様、ですよね?』
『……失礼ですが、貴女はどなたかしら?わたくしには『妹』はおりませんが』
淡々と返したアンネリーゼの瞳は冷え切っており、その言葉に怯えたようにアマーリエは肩を震わせていた。
『あ、あの!私はアマーリエ・フォン・アイヒェンです!私の母のゾフィはお姉様のお母様でもあって……』
それを聞いた瞬間、この令嬢があのアルバ公爵家の『不可侵領域』なのだという『理解』と、この状況がいかに『不味い』か、ということが同時に頭に浮かんだ。
——————
「……始めは『非常識』だと思っていたんだ。貴族家にとって血筋というのは重い。いくら母親が同じでも家門が違えば……しかもアマーリエの場合は実母の不貞による『托卵疑惑』が原因だ……絶対的に『姉妹』であるということを認めるわけにはいかない」
「それをした瞬間、アマーリエはアルバ公爵家に連なる者と認識されるからな」と続けながら、どの口が言うのかと自分の言葉に思わず鼻で笑った。
そう……確かに非常識で、何と愚かなのか……そう思い、むしろ不快に感じていたはずだった。
——————
『……そうですか。貴女が……。確かにアイヒェン侯爵令嬢は血縁上は母ですが、我が家とは既に縁の切れている方です。仮令異父妹だとしても、貴女とわたくしは関係がありませんので、以後『姉』と呼ぶのはお止め下さい』
一切の感情も乗せず言葉を返したアンネリーゼは、アマーリエへ背を向けた。
その瞬間、アマーリエの顔が悲痛な表情へと変わり涙を浮かべた。
アマーリエの姿に先ほどまでの不快感が憐憫へと変わった。
『アンネリーゼ……もう少し優しく話してやってもいいんじゃないか?』
同情心から出た言葉に、アンネリーゼは怪訝そうな表情のまま私へ視線を向けた。
『……殿下、これは曖昧にしてはならないことです。アルバは、父は彼女を『義娘』とも『アルバの者』とも認めておりません。同情はむしろ彼女にとっては毒となります』
きっぱりと言い切るアンネリーゼの姿を見て、何故か胸の中にドス黒い物が湧き出てきた。
——————
「……その後アマーリエを庇護し、アンネリーゼを遠ざけ、そして卒業パーティーでの出来事だ……今思えば何故あんなことをしたのか、自分で自分のことが分からない」
胸の辺りが酷く痛み、顔を歪ませてそう吐き捨てると、それまで黙って聞いていたシルヴァンが重く口を開いた。
「……兄上は、もしかしたらアルバ公爵令嬢に嫉妬していたのではないですか……?」
「……私が……嫉妬……?」
予想外の言葉に目を見開いてしまう。
「アルバ公爵令嬢は家柄も能力も申し分ありません。それ故、隙を見せたら足を掬われることもあるでしょう。兄上は彼女のその『正しさ』や『完璧さ』が羨ましかったのではないですか?」
呆然としたまま視線を手元に落とし、掌を見つめた。
私は王太子として常に正しく、完璧でなければならなかった。
その為にシルヴァンには許されることも我慢したし、正しくある為に努力もした。
だが私の理想とする者が、すぐ傍にいた————アンネリーゼだ。
彼女はいつも正しく、揺れず、完璧だった。
王家よりも影響力のあるアルバ公爵家の令嬢。
アンネリーゼに『不可能』という言葉はあるのだろうか?と思ってしまうほど、彼女に隙はなかった。
そこへ現れたアマーリエは、そんな彼女と母が同じなのにどこか貴族らしくなく『不完全』だった。
自分の力では何も出来ず、アルバからも社交界からも認められていない者————。
そんなアマーリエを庇護下に置くことで、私はアンネリーゼに対抗していたのだろうか?
だが、そう考えると、その事実が自分の中にストンと落ちたことが分かった。
「……そうか。私は、アンネリーゼが羨ましかったのか……」
瞼の裏が熱くなるが、必死に堪えた。
己の卑屈さを他人にぶつけていたなど、人として最低なことだ。
そんな私に泣く権利などあるはずがない————。
膝の上で組んだ両手に頭を乗せて固く目を瞑り、落ち着くまでの間、室内には沈黙が流れた。
ようやく顔を上げると、シルヴァンは眉尻を下げて心配そうな表情を浮かべている。
「……ありがとう。シルヴァンのおかげで自分の気持ちが少し分かった気がする……責任を取らねばならないということが、ちゃんと理解出来た」
微笑む私の目は赤くなっているだろうが、不思議と気分はすっきりしていた。
すぐには無理かもしれない。
許されることでもない。
だが、次会う時にはアルバ公爵令嬢に心から謝罪をしよう。
————その前に、私は責任を取らねばならない。
自分のこれからへ固く誓った————。
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ




