閑話〜シルヴァンside
国王である父上から急遽帰国命令が出た。
私の母国————ルクスフォード王国は小さくはないが、大きくもない。
だが富んだ国ではある……アルバ公爵のおかげで————。
隣国の向こう側にある国には『魔力』を持つ者が多くおり、魔法による多大な恩恵を受けていると聞いた。
しかし我が国には、魔力を持つ者が殆どいない。
いたとしても、婚姻で嫁いで来た者やその者との間に生まれた子くらいだった。
当然だ。 魔法があれば大抵の問題は解決出来るのに、わざわざ好き好んで不便な所へ移住する理由はない。
彼らからしてみれば、魔法も使わずに原始的な方法でしか物事を解決出来ないのだから————。
そんな印象を払拭したのが、アルバ公爵だった。
公爵は『そもそも魔力がないのだから、別の方法を使えばいい』と言って、他国で開発されたという『魔導具』を普及させた。
魔導具は『魔石』という核を使用することで、魔法には劣るがそれでも魔力を持たない者からしてみたら『魔法』のような代物だった。
井戸から汲んでいた飲み水は、水属性の魔石を使うことでハンドルをひねるだけで水が出てくるようになった。
火を起こし薪で火力を調節していたものが、火属性の魔石を使えば簡単に火が着き、火力の調節も楽に出来るようになった。
平民でも手に入れやすい安価な物から王侯貴族向けの物まで揃え、国内の生活環境が一気に向上した。
魔石の輸入などはアルバ公爵が一括で行っており、それも公爵家が富んでいる理由の一つでもある。
父上たちも、もちろん私も『魔導具』の存在など知らず、その情報を以て導入を進めたアルバ公爵の圧倒的な手腕に感服するしかなかった。
自国しか知らない私は、今までの暮らしが『普通』のことなんだと思っていた。
だがそれは我が国だけでの『普通』で、他国では『普通』ではないかもしれない————。
アルバ公爵は、そう教えてくれた。
「父上、お願いがあります。 私を他国へ留学させて下さい」
世界は広い——我が国で取り入れられる技術が他にもあるかもしれない。
私が学べば、いずれ兄上が国王となった時に力になれるかもしれない。
そう考えて私は身分を隠し、魔導具を開発した国へ留学することにした。
留学先は隣国の向こう側にあり、『魔力』を持つ者が多い国だった。
平民はそこまででもなかったが王族や貴族は基本的に魔力を持っているのが当然のことで、始めは魔力や魔法のことが分からない私には戸惑うことばかりだった。
だが同時に、いかに自分が狭い世界で生きていたのかということを思い知らされた。
許されるなら、学院卒業後も他の国を回ってみたいと考えていたのだが————。
連絡を受けて留学の終了の手続きを済ませると侍従と共に急いで帰国し、すぐに父上に謁見した。
「父上、只今戻りました」
「……ああ、急にすまないな」
国王の執務室の中には父上だけでなく、母上と宰相もいた。
三人とも顔に疲労感が滲み出ており、どこか不審に思った。
……一体、何があったんだ?
父上に促されソファに座るが、何やら言いようのない不安が押し寄せて来る————。
「……フェリクスが、アルバ公爵令嬢との婚約を破棄した」
「は?」
思わず漏れた間抜けな声など気にしていられなかった。
「ちょっと待って下さい! 何故、今……結婚式までもう三月ほどしかないのですよ!? 招待状だって……」
「……分かっている……全て話そう……」
父上は兄上が起こした一件を一から話し始めた。
学園の卒業パーティーでアルバ公爵令嬢に婚約破棄を宣告し、その際よりにもよってアルバ公爵家と因縁の深いアイヒェン侯爵家の令嬢を隣に立たせ、挙句に『姉と呼ばせてやれ』と口にするなど……。
「……一体、兄上はどうしてしまったのですか? アイヒェン侯爵家との因縁はご存知のはずでは?」
「どうやらその居候……もう養女となったから正式にアイヒェン侯爵令嬢だが、彼女の口から聞いた境遇に同情したようだ。 卒業式までの一年ほどは婚約者としての役割も放棄していた」
頭の回転が止まってしまい、全く何も言葉が出てこない。
「そ、それで婚約破棄に? そのアイヒェン侯爵令嬢とはどうなったのです?」
「……婚約はフェリクスの有責で破棄した。 アルバ公爵がやって来て『娘より優秀なのだろうから、二人を婚約させてやれ』と言ってな……そしてアルバは社交界からも国政からも身を引いた……」
それを聞いた瞬間——体から血の気が引いたのが分かった。
アルバ公爵家は軍事力、経済力を持ち多方面に影響力があるのはもちろんだが、『魔導具』のような物を取り入れるなど先見の明もある。
そして兄上の婚約者だったアルバ公爵家長女————アンネリーゼ・フォン・アルバ嬢。
彼女以上に王太子妃に相応しく、優秀な令嬢などいるはずがない。
王太子妃教育を通常よりも早く修められるほどの能力は当然のこと、公爵譲りの先見の明や的確な判断力も持っている。
そのアルバ公爵令嬢を切り捨て、更にアルバ公爵家を侮辱するなど……正気の沙汰ではない。
「……それで、兄上とその新しい『婚約者』はどうしているのですか?」
「フェリクスには再教育を施し正気には戻ったようだが……あの令嬢、アマーリエ嬢は話にならない。 そもそも母親の醜聞により只でさえ印象が悪いのにも関わらず、あの一件だ。 王太子妃教育の進みも思わしくない」
————最悪だ……。
急遽呼び戻されたことで、何かあったのだろうということは予想がついた。
だが事が余りにも大きすぎる……。
「……私の補佐をしておりましたアルバ小公爵も辞職し、家族で領地へ戻りました。 更にアルバ公爵家の寄子も一家を残し、全て王都を去っております」
アルバ公爵令嬢の兄君である小公爵は宰相の補佐官だった。
最短でその地位まで上り詰めたことから、その優秀さが窺える……。
つまり王家は国の重要人物を三人も失ったのか……。
思い切り頭を抱えたくなったが、必死に堪えた。
……ということは、つまり私が呼び戻された理由は————。
「……父上、私が呼び戻されたのは……」
「ああ……察しの通りだ。 フェリクスは王太子の座から引く……急な話だが国の為にもお前には王太子として立って貰わねばならない」
「……そうなるのは仕方がないとは思いますが、私はまだ王太子教育を修めていません。 それに婚約者コーデリア嬢も王子妃教育は受けていますが、王太子妃教育となれば話はまた別でしょう……」
私が成人するまで、あと約一年半程度だ。
それまでに私とコーデリア嬢が教育を修められるか……正直微妙なところだ。
「分かっている……だがやって貰わねばならない。 最早、あの二人に任せるわけにはいかない……」
父上の疲れ切ったような低い声が執務室に響き、母上も、宰相も、そして私も——先の見えない暗いトンネルの中に取り残されたような気分だった。
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