Ep.18 期待外れ
「久しぶりね、アンネ」
「ええ。久しぶり、マギー」
アルバ公爵家の領邸に姿を現したのは、クロイツ侯爵家嫡女————マルガレーテ・フォン・クロイツ。
わたくしの最も親しい友人だ。
マルガレーテは社交期間が終わった後も王都におり、そこへ王家からフェリクス殿下の『婚約披露パーティー』の招待状が届いた為、渋々出席したそう。
「……全く、あれほど領地に戻っていたら良かったと思ったことはなかったわ」
「ふふっ、そうでしょうね」
「アンネは良いわね。わたくしも行かなくて済むなら、行きたくなかったわ」
クロイツ侯爵領は北方にあり、今の季節は雪に阻まれ王都との移動が難しいことが多々ある。
そのせいで雪が降る前に領地へ向かうと、基本的に雪解けまで王都には戻らない。
今回はたまたま、他国との外交関係で王都邸に滞在していたそうだ。
わたくしはマルガを庭園の側にある温室へと案内した。
アルバ公爵領は南に位置するので雪は降らないけれど、今は大寒の二月。
ここの温室は庭園でお茶をするには寒過ぎる日でも、外の景色も楽しめるようにガラス張りで作られている。
室内は程よく暖かく、二人だけのお茶会用にテーブルの上には花や茶菓子などが既に準備されていた。
席に着くとエレンが紅茶を供し、わたくしから先にカップに口を付けた。
紅茶の苦味の中に、ほのかにシナモンの甘みを感じる。
そう言えば先日、お父様が商人ギルドから取り寄せていたことを思い出す。
わたくしの様子を見て、続けてマルガも紅茶に口を付けるとシナモンの味に気付いたようだ。
「さすがね、もうシナモンを手に入れたの?」
「お父様がね。でもマルガもシナモンの味に気付くなんて、さすがだわ」
互いに褒め合いながら「ふふっ」と微笑み合うと、マルガは自分を落ち着かせるように深く息を吐いた。
マルガの表情から察するに……夜会で相当おもしろい出来事があったようだ。
「——それで?何があったのかしら?何もなしにわたくしの所にまで来たわけじゃないでしょう?」
「あら、分からなくてよ?親友が領地に引き篭もっているのだもの。心配して様子伺いに来てもおかしくないでしょう?」
何でもないように冗談交じりに話したけれど、すぐに本題に入った。
「……どうやら、フェリクス殿下は王太子の座から下りるそうよ」
「あら、それは急なお話ね」
アルバが表舞台から身を引いたのだから、決して急なことではない。
むしろ、遅かったくらいだ。
それを理解しているマルガは呆れた表情で見つめているけれど、わたくしは気にせずに紅茶に口を付けた。
「婚約披露の夜会……とても見れたものではなかったわ」
「貴女がいた時なら、あんなパーティー許さなかったでしょうね」と眉間に皺を寄せている。
マルガいわく、いつも通り王城の大広間で開催された夜会は、まず会場内の装飾から違和感を覚えたという。
今までならわたくしが手配をして設置の指示を出し、王妃殿下へ確認して頂いていた。
けれど、わたくしがいなくなったことで、その役割が担えるのは実質王妃殿下のみとなった。
招待状の手配と確認、会場の設営、料理やお酒の確認……ざっと挙げただけでもやらなければならないことは多くある。
アマーリエが少しでも手伝えたら良かったのだろうけれど、各貴族家の当主や夫人、そしてその子女たちの名前など覚え切れていないだろう。
ともすれば、招待状の本文はもちろん宛名書きなどを任せて不備があれば失礼に当たる上、王家の恥となる。
結局、王妃殿下と王妃宮の侍女たちが手分けしてやるしかなかったはずだ。
そして、会場設営に必要な花などの装飾。
お父様の影響で、今までのように王城に『相応しい』品は入りにくくなっている。
ラングレー伯爵家のエマ様から、『お情けを掛けて差し上げても宜しいですか?』というご機嫌伺いのお手紙がわたくしに届いていた。
伯爵が直接お父様へお伺いを出せば、その返答はお父様が『圧力』を掛けたことになる為、あえて娘のエマ様に確認させたのだ。
さすが商人なだけあり、状況を正確に把握している。
『アルバの名は使わせない』という条件で、取引をすることに口は出さないと伝えたけれど、『アルバの名が使えない』ということは、商人ギルドを通して他国の品を取り寄せるには時間とお金が掛かるということ————。
只でさえ、わたくしへ慰謝料を支払ったことで王家の私費は大きく減少した上、今まではわたくしの交渉により費用を抑えられていた物が正規の価格で請求される。
とてもじゃないけれど、今まで通りとはいかない。
恐らくマルガが感じた違和感というのは、そういう部分なのだろう。
「……なるほどね。それで当人たちはどうだったの?」
「……口にするのも悍ましいほど、不愉快極まりなかったわ」
手に持った扇子がミシッと音が鳴るほど強く握り締め、マルガは先ほどよりも顔を歪ませている。
招待客の貴族たちが頭を下げ国王陛下たちをお迎えし、頭を上げてみればアマーリエは頬を上気させて、どこか恍惚とした表情を浮かべていたそうだ。
……本当に、あの子はアイヒェン侯爵令嬢の娘だということがよく分かる。
きっと彼女も、同じ状況なら同じような反応をしただろう。
その後の挨拶の際も、自ら進んで声を掛けることもなく、ただ微笑みながら立っているだけ……。
ファーストダンスは完璧に踊りきったようだけれど、慣れないヒールで足を痛めたのか、それ以降は姿勢が崩れ、笑顔が歪んでいたようだ。
今まで夜会に出たことなどなかった上、夜会用のヒールが高い靴も履いたことがなかったことが予想出来る。
ならば靴擦れしないように工夫するなり、万が一痛めた場合の対処法などを考えておくべきだった。
……エーレン女官長に伝えていたら、きっと対策方法を教えてくれただろうし、むしろ対処出来るように準備も整えてあったはず。
まあ、どうせ自ら人に『尋ねる』ということはしないのだろうけれど。
何にせよ、王太子妃教育を受けているはずなのに感情や考えを顔に出し、周囲に気付かれるようでは話にならない。
「どうやら、王太子妃教育は全く進んでいないようね」
わたくしが淡々と言うと、マルガは呆れたように紅茶に一度口を付け、アマーリエの現状を話した。
「進んでいない、なんてものじゃないようよ?何度言っても感情を顔に出すし、各貴族家の家紋、当主夫妻やその子女の名前、姻戚関係、事業関係……もう殆ど覚えられないようだわ」
「……あの子、勉強は出来るのではなかったの?」
「勉強と教養は別物だったということね。どうやら、自分が納得出来ないことは覚えられないそうよ」
……何と傲慢なのか。自らが納得出来るかどうかを基準にするなど、そんなことがあっていいはずがないのに。
特に王太子妃教育など、最初は納得のいかないことばかりだ。
けれど実際に外交や人前に立つようになると、その意味が理解出来るようになることが多くある。
……もう少し、骨があるかと思ったけれど。
とんだ見込み違いだったようね。
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ




