Ep.17 曲解
「……え……?フェリクス様……今、何と……?」
「私は王太子の座から下りようと思っている、と言った」
夜会以降、フェリクス様とは数日間ほど会うことはなかった。
王城で暮らし始めて三月半は全く顔を合わせることもなく、ようやく会えるようになっても学園の時のように毎日会えるわけでもない。
学生の時とは違い、フェリクス様は成人し執務や公務が増えたことは知っている。
私と会う時間がなかなか取れないことも……。
夜会の日も慣れないヒールで足を痛めたのに、我慢しろというかのように連れ回された。
次々と色んな貴族家へ声を掛け、私のことを紹介されたけれど、相手の貴族は私を蔑んでいるのか、口から出た言葉は今思い出しても不愉快なものばかりだった。
『王太子妃教育は大変でございましょう。アルバ公爵令嬢も苦労しておりましたからな』
『学園の模擬授業のお話を耳に致しましたわ。初めてホスト役をされたそうで、色々学びがございましたでしょう?』
アンネリーゼと比べるばかりか、私が学園の模擬授業で評価を得られなかったことに触れてきたり……。
微笑みで流せば、奉仕活動や外交の話など、まだ知るはずのないことばかり話題を振って来た。
自分なりにしどろもどろに答えたけれど、相手の瞳には嘲笑の色が見えて、私は黙って拳を握り締めるしかなかった。
————広間へ入場する時には跪かれていたはずなのに、いざ目の前に立たれると侮られていることがよく分かった。
更に挨拶の際に会ったお祖父様たちも————淡々と挨拶の言葉を述べると、儀礼通りの言葉を私に掛けただけで、他には何もなく去って行った。
せっかくの夜会が最悪なものに変わり、どうしてもそのままフェリクス様とお話しする気が起きなかった。
翌朝、こちらから声を掛けるにも何を言っていいか分からず、結局フェリクス様の方から会いに来てくれるのを待つことにした。
夜会の翌日なのにも拘らず学園には通わなければならなかったし、王太子妃教育が休みになることもない。
心の中に鉛のように重いものがのしかかり、何だかすっきりしない気分のまま過ごしていると、突然フェリクス様が私の所へ姿を現した。
せっかく久しぶりに会えたというのに、フェリクス様の顔は強張っていて、どうしたのか尋ねたところ——先ほどの言葉を告げられた————。
え……?どういうこと……?
フェリクス様が王太子の座を下りる?
では、誰が新しい王太子になるというの?
それに————私はどうなるの?
頭が真っ白になり、やっと発した声も掠れて上手く言葉に出来なかった。
そんな私の様子を黙って見ていたフェリクス様は深い溜め息を吐くと、再び口を開いた。
「……先日の夜会……あれは私たちの『婚約披露』ではあったが、実質はアマーリエと他の貴族たちとの『顔繋ぎ』の場だった」
「……顔、繋ぎ……?」
「そうだ。貴族たちの支持を得られない王族、いや王太子妃を認めるわけにはいかないし、周囲からも認められるはずがない。だから父上と母上は夜会を開いたんだ」
……何それ……そんなこと、私は知らなかった……。
「そ、そんなこと……」
「知らなかった?違う、君は《《知ろうとしなかった》》んだ」
思ったことをそのまま口にしようとした瞬間、私が何を言おうとしているのか分かっていたかのように、先にその言葉を封じられた。
フェリクス様は厳しい視線を向けながら黙っている……。
こんな視線、フェリクス様から向けられたことなんて一度もなかった。
この視線を向けられていたのは、いつも————。
だって、本当に知らなかったんだもの……。
誰も教えてくれなかったじゃない……。
考えを見抜かれた悔しさからか、それとも周囲の空気が以前よりも厳しいことに今更気付いた恐怖からか……。
瞼の裏が熱くなり、涙が溢れ出しそうになるのを必死に堪えた。
「……フェリクス様が、王太子ではなくなったら……どうするんですか?……私は、どうなるんですか……?」
掠れた声で言葉を紡ぐと、涙が零れそうになるのを堪え切れなくなった上、フェリクス様の目を見ることも出来ずに思わず俯いてしまう。
ドレスのスカートにぽたぽたと零れた涙がいくつもシミを作り、私は膝上のスカートをギュッと両手で握り締めた。
そんな様子に何を思ったのか、俯いているせいで表情は見えないけれど、フェリクス様が一つ溜め息を吐いた音が頭上から聞こえた。
「……シルヴァンへ王太子の地位を譲ることになる。だから私は、シルヴァンに後継が出来るまではスペアとして王族に残らなければならない」
「後継が出来た後は臣籍降下し、王位継承権を放棄する」と話した。
それは……王太子ではなくなるけれど、王族ではあるということ?
スペア……ということは、もしかしたらフェリクス様が王太子へ戻る可能性もあるということ?
第二王子殿下に子が生まれなかったら、フェリクス様はずっと王族のまま?
聞きたいことが頭の中に次々と湧いて出たけれど、これを今口にしてはいけない……何となく、そんな気がした。
『王族たる者、自らの感情、考えを読まれてはなりません。外交の場では笑顔のまま、相手の表情や声色、言動を見て相手の考えを読み取ろうと致します。なので、自分の考えを顔に出してはなりません』
妃教育の先生の話を思い出し、考えを読ませないように表情を作る————。
————眉尻を下げて申し訳なさそうな表情を装い、恐る恐る顔を上げた。
「……あの、一つお聞きしても?」
「ああ、構わない」
「……私と、フェリクス様の婚約は……どうなりますか……?」
沈痛な面持ちを装うけれど、『婚約』という言葉を口にしただけで自然と涙が溢れそうになった。
フェリクス様と結婚したいのは本当だったから、それもなくなるんじゃ……?と思うと不安だったこともあるし、お祖父様から見捨てられた以上アイヒェン侯爵家へ戻れるかも分からない……。
しばらくの間フェリクス様は私を見つめた後、一度目を閉じ、僅かな間を空けて再び開いた。
「……婚約は継続され、私たちは婚姻することとなる。それがアルバ公爵からの、『希望』だからな……」
「アルバ公爵の……と言うことは……フェリクス様は、本当は私との結婚は望んでいない、と言うことですか……?」
「私の言動が悪かったのも一つの原因だ……きちんと責任は取るつもりだ」
『アルバ公爵の希望』『責任』————。
その言葉が並んだ瞬間、私は思わず自嘲気味に笑いたくなった。
もちろん、実際にはそんなことはしない。
「……フェリクス様は……もう、私のことを好きではないのですか……?」
あえて掠れた声で、先ほどと同じ沈痛な面持ちのまま問い掛けたけれど、フェリクス様は私から目を逸らした。
「……正直、分からない……この数ヵ月の間、今まで目を逸らしていたことや知ろうともしていなかったことを理解した上で君の様子を見ていたら……分からなくなった」
「……そんな……」
王城で暮らし始めてから、フェリクス様との間に距離を感じていた。
それでも、二人の為だと頑張ってきた。
けれどフェリクス様の様子が変わって、段々と私も以前よりは冷めてきていたと思う。
それが現実的に言葉にされた瞬間————悲しいような、虚しいような感情が押し寄せて来た。
「そう、ですか……分かりました……」
「アマーリエ……」
「すみません、少し一人にして頂いても……いいですか?」
涙を堪えて、無理矢理笑みを浮かべたように装う。
さすがに良心が痛んだのか、フェリクス様は何とも言えない顔のまま、黙って去って行った。
その後ろ姿を見送った後、エーレン女官長たちにも頼み、部屋で一人にして貰った。
「……何で……どうして……」
私はソファに顔をうずめながら、拳を握り締める。
悲しみ、苦しみ、虚しさ————それらが段々と怒りへと変わっていくと、脳裏にアンネリーゼの姿が浮かび上がった。
アンネリーゼ……貴女には、絶対に負けないわ————。
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