Ep.15 夜会
国王陛下と王妃殿下から夜会の話を聞いた翌日、既に生地やお針子の手配は済んでいた。
「アイヒェン侯爵令嬢には、青みがかった紫色の生地にレースをあしらったドレスがよろしいかと存じます」
『紫色』はこの国では王族しか身に纏うことが許されていない色だ。
フェリクス様の婚約者である私は『準王族』扱いの為、紫色の生地を使うことが許されている。
「……ねえ、もう少し淡い紫色の生地はないのかしら?」
自分の顔立ちが可愛らしいことが分かっているからこそ、濃い色よりも淡い色の方が私の可憐さを引き立ててくれる。
あまりレースで飾り立てなければ、そこまで『幼い』印象は持たれないだろう——そう思っての発言だった。
「……恐れ入りますが、王族の、しかも王太子殿下の婚約披露の夜会でございます。多くの貴族たちの前に立つ以上、堅実さを示さねばなりません」
エーレン女官長の言葉は、まるで私が『軽率』だと言うかのように聞こえた。
結局、暗い青紫色の生地に銀糸で刺繍を施し、少しだけレースをあしらったプリンセスラインの大人っぽいデザインに決められた。
髪飾りはフェリクス様が用意してくれるけれど、他の宝飾品は王家の持ち物を使用するとエーレン女官長に告げられた。
自分のドレスなのに、デザインを決めてもいいと言われたのに——結局、私に決定権などなかった……。
そんな私の様子にエーレン女官長が冷たい視線を向けていたことなど気付きもせずに、私はただ胸の奥に自分でもよく分からない澱のようなものが沈んでいくのを感じていた。
——————
そして、とうとう夜会当日となった。
儀礼通りに起床して身支度をしてから王城内にある礼拝堂で国王陛下たちと朝の祈りを捧げ、その後は部屋で朝食を摂り、今日の妃教育をいつもよりも短く受けた。
太陽が最も高く昇る前から夜会の準備が始まった。
湯を浴びて香油を塗りながら全身をマッサージした後、軽食を摘みながら髪の毛を整えて化粧をする……これだけで数時間掛かる。
ドレスに着替えて宝飾品を着け終わった頃には、太陽は完全に沈み夜の帳が下りていた。
今夜の夜会の出席者リストを確認していると、欠席するのは相変わらずアルバ公爵家とそれに連なる四家だけだった。
アルバ公爵家が欠席するのは分かるけれど、分家や寄子までもが欠席するのは『王家への叛意あり』と見做されないのだろうか?
————これも、アルバ公爵家の権勢によるものだとしたら……やはり、不公平だと思う。
アンネリーゼは自分の意志を貫いても家が守ってくれる。
けれど、私にはそんなことは許されない————。
私が、アイヒェン侯爵家が、そんなことをしたら間違いなく『王家への叛意あり』と見做されて罪に問われるだろう。
私の意見など全く反映されなかったドレスを身に纏い、鏡の前に立ち竦みながら、そんなことを考えていた。
ドレスや髪が乱れないように大人しく椅子に座って待っていると、扉を叩く音がしてフェリクス様が入って来た。
「……アマーリエ、今夜は特に美しいな」
「……ありがとうございます。フェリクス様も素敵ですわ」
フェリクス様の言葉に嬉しいような、自分でも形容しがたい複雑な感情を押し殺し、妃教育で身に付けた『淑女の微笑み』を返した。
————あんなに嫌悪感のあった『作り物の笑み』が、こんなところで役に立つなんて……何て皮肉なんだろう。
そんなことを心の中で自嘲気味に呟く。
フェリクス様のエスコートで王族の控室へ向かうと、室内には既に国王陛下と王妃殿下が待機していた。
「父上、母上」
「国王陛下並びに王妃殿下にご挨拶申し上げます」
「頭を上げよ。時間まで座っているといい」
仮令親子であろうと儀礼を守らなければならない為、フェリクス様と私が一礼すると、国王陛下からソファへ座るように促された。
「……ふむ、王族の色で作ったドレスか。アイヒェン侯爵令嬢によく似合っているな」
「ありがとうございます」
本気なのか、気を紛らわせる為にただ口にしただけなのか————判断はつかないけれど褒められたので礼を伝える。
王妃殿下は微笑みながらその様子を黙って見守っているけれど、どことなく目の奥が笑っていないような気がした。
……私がドレスに不満を持っていることを知っているのかもしれない……。
王妃殿下の視線が気になり体を強張らせていると、侍従から招待客の貴族たちが全て入場したことが告げられ、私たちの番となった。
他の部屋とは違い、優美な装飾が施された大広間の大きな扉が、ファンファーレと高らかな入場の声と共に開かれた。
「国王陛下、王妃殿下並びに王太子殿下、アイヒェン侯爵家アマーリエ・フォン・アイヒェン嬢の入場でございます!」
国王陛下たちの後ろを、妃教育で叩き込まれた姿勢と表情を意識しながら、フェリクス様のエスコートで歩みを進める。
チラッと視線をホールへ向けると、全ての貴族たちが頭を深く下げ跪いている光景があった。
その瞬間————先ほどまでドレスのことで憂鬱だったのが一気に吹き飛び、気分が高揚した。
あと少しでフェリクス様と結婚し王太子妃となれば、いずれはこの国の女性たちの中で最も貴い存在になる————。
そのことが急に身近に感じられた。
国王陛下と王妃殿下が正面の玉座に立つと、フェリクス様と私は一段低い位置に立った。
「皆、頭を上げよ。社交期間が終わったにも拘わらず、今日は王太子の婚約披露へ来てくれたことに感謝する。紹介する、新たな婚約者のアイヒェン侯爵家アマーリエ・フォン・アイヒェン嬢だ。二人はあと四月後に婚姻することとなる。まだ若い二人を支えてやってくれ」
国王陛下の言葉に、全ての貴族たちが再び一斉に頭を下げる光景は圧巻だった。
その後はそのまま立ち続けたまま、貴族たちの挨拶を受けなければならない。
身分の順に挨拶する慣例があるけれど、筆頭であるアルバ公爵家が欠席の為、アステリア公爵家から始まりライヒス公爵家、クライスト公爵家が続けて現れた。
その後は侯爵家となりクロイツ侯爵家から現れたけれど、アンネリーゼ……というよりアルバ公爵家と付き合いが長いせいか、どこか言葉が冷えているように感じた。
……いや、クロイツ侯爵家だけじゃない——他の高位貴族たちも、どこか距離を感じさせる……。
「アマーリエ」
一通り挨拶が終わると、今夜の主役である私たちのファーストダンスの時間となった。
フェリクス様から差し出された手に自分の手を重ね、二人でダンスホールの中央に立つと音楽が奏でられ始めた。
音楽と共に踊り始めると、まるで世界に二人だけしか存在していないかのようだった。
互いに見つめ合いながら踊るダンスは楽しくて、いつまでもこの時間が続けばいいと願う。
二曲目が始まると、他の高位貴族たちも踊り始めた。
三曲目は夫婦でなければマナー違反となる為、そこで一旦王族席へ二人で戻った。
慣れないヒールで立ったまま貴族たちの挨拶を受け、二曲も踊った私の足はそろそろ限界だ……。
夜会に出席したことがなかったので、こんなに立ち続けなければならないとは思わなかった。
妃教育の先生からは夜会前に「王族は貴族の前に立ち、何があろうと堂々と微笑みを絶やさずに立ち続けなければなりません」と言われていた。
長時間立たなければならないとは聞いていたけれど、まさか一度も座る間もないとは思わなかった。
フェリクス様に頼んで一度下がって足を休めたいけれど、顔を覚えて貰う為に重要な貴族家当主へ声を掛けに周り始め、とてもそんな時間はない……。
「……フェリクス様」
「どうした?」
「慣れない靴で足が痛むので、一度下がりたいのですが……」
「もう少しだけ我慢出来ないか? 今日はアマーリエの顔繋ぎの為に開いた夜会だ。君がいないまま私だけ挨拶に周ると意味がないのだが……」
こんな時にでも、我慢しなきゃいけないなんて————。
結局、挨拶しなければならない人たちに声を掛けたけれど、足の痛みで上手く受け答え出来なかったばかりか、誰と話し、その内容さえ覚えていなかった————。
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