Ep.14 特等席
————麗らかな午後のひととき。
アルバ公爵領内は今日も平和だ。
四月前まで、一日の時間がもう少し長ければいいのに、なんて考えていたことが不思議なほど時間がゆっくりと流れているかのように感じる。
——————
「王家が夜会を開くらしい」
朝食の席で、突如話し始めたのはお父様だった。
「夜会……? 社交期間は終わってますよ? わざわざ貴族たちを領地から呼び出すということですか?」
「そうしなければ体面が保てないのだろう。あの小僧の廃嫡を許さなかったからな。ならば取り繕わねばならない」
お兄様の怪訝そうな言葉に、お父様はナプキンで口を拭いてから淡々と答えた。
食後の紅茶が運ばれてきて、それにゆっくりと口を付けると少し苦めな味が口の中に広がる。
お父様は今回の件を、王太子殿下の『廃嫡』で終わらせることは許さなかった。
王家としては、それが一番傷の少ない後始末の方法だったろう。
けれど婚約者としての義務を果たさずわたくしを蔑ろにし、いくら知識は無駄にならぬと言えど王太子妃教育を受けた約十年という貴重な時間を無駄にした。
更に衆人の前でわたくしを侮辱した上、我が家とは無関係な異父妹のあの子を『妹』だと言った————。
いくらわたくしとお兄様が、あの子と半分血が繋がっていようと、貴族は体面や血を貴ぶ。
————それは家門を守る為だ。
アルバ公爵家はお父様の家門であり、お父様とあの異父妹は何ら関係ない。
そしてわたくしやお兄様もアルバの籍におり、あの子がアイヒェン侯爵家の籍にある以上、わたくしたちとの関係はないに等しい。
それを『妹』と認めるということは、あの子を『アルバと連なる者』、もっと言えば『養子』として迎えろと言っているようなものだ。
だからあの時、わたくしは尋ねた————『それは本気で仰っていますの?』と。
……まあ、理解していなかったのだろうけれど。
「アンネ。王家とアイヒェン侯爵家から慰謝料が入った。お前の好きに使うといい」
「まあ、別になくても構いませんでしたのに。あの方たちこそ、これから必要になるでしょうに……」
お父様の甘くとろけるような微笑みに、わたくしは眉尻を下げて困ったように小首を傾げた。
「そう言えば、アンネは何をしたんだい?」
わたくしの向かい側に座っているお兄様が、いたずらっ子のように楽しげに尋ねてくる。
「大したことはしておりませんわ。マルガレーテとエマ様……他にも少々ご報告しただけですのよ?」
「……マルガレーテ嬢とエマ嬢と言うと……クロイツ侯爵家とラングレー伯爵家か……なるほどね」
お兄様はわたくしの意図を理解し、口角を上げて意味ありげに笑った。
ラングレー伯爵家は商人ギルドに深く関係している為、商売人としても貴族としてもアルバに睨まれるような真似はしないだろう。
エマ様とも、アルバはラングレー商会において最重要顧客の関係で、顔を合わせたら会話をする程度の付き合いがあった。
マルガレーテに至っては幼い頃からの付き合いで、もちろん母のことも知っている。
その上で、学園内で『姉』と呼びながら近付いて来るアマーリエに元々不信感を抱いており、卒業パーティーの件で完全に拒絶した。
クロイツ侯爵家もラングレー伯爵家も——仮に王太子殿下が即位することになったとしても、国の為に尽くすことはあれど二人の為に動くことはない————。
「その二家だけでもだいぶ痛いだろうね」と軽く話すお兄様に、わたくしも尋ねた。
「お兄様も何かなさいましたの?」
「私は何もしていないよ。しいて言うなら……私がいないこと、かな」
お兄様はその優秀さを買われ、最短で宰相補佐にまで上り詰めた。
それを急に辞職したことで、今頃任されていた職務を残った者たちだけで回さなければならず、さぞかし混乱しているだろう。
「アルバの寄子も一家を残し、領地へ戻ったようだ。何かあれば残っている者から報告がくる」
「それは……せっかくの夜会が少し寂しいものになりそうですわね」
お父様は紅茶に口を付けながら、分家や寄子たちの動向を教えてくれた。
アルバの寄子は分家を合わせて五家ほど——どの家門もそれなりの役割を持っている。
王族としてはどれも押さえておきたい家たちだろう。
「父上。アイヒェン侯爵家はどうなりましたか?」
そもそもの元凶は『アイヒェン侯爵令嬢』だ。
何を思って除籍もせずに領地へ押し込むだけに留めたのかは知らないけれど、アマーリエは生まれた瞬間から瑕疵がある。
平民として生きた方が、本人も楽に生きられただろうに。
…………まあ、アイヒェン侯爵令嬢には無理だろうけれど。
哀れみをかけた結果がこれだとしたら、さぞやり切れないだろう。
ただでさえ十数年前の件でアイヒェン侯爵家の印象は底辺まで落ち、遠巻きに見る者が多かった。
それを侯爵家が一丸となって立て直してきたにも関わらず、今度はその孫が問題を引き起こした。
いくら当主を交代したところで、今回ばかりは降爵は避けられない。
「そう言えば、国王陛下がシルヴァン殿下を呼び戻したらしいよ」
「シルヴァン殿下をですか?」
第二王子のシルヴァン殿下は、王太子殿下の実弟だ。
現在他国へ留学していたはずだけれど、それを呼び戻すということは、国王陛下たちは王太子殿下たちを見限っているのかもしれない。
「シルヴァン殿下には既に婚約者がいるからないとは思うが……それでも別の形でアンネを縛ろうとしてくるかもしれない。もちろん、そんなものは私が撥ね除けるが」
シルヴァン殿下の婚約者はエヴァンス侯爵家————コーデリア・フォン・エヴァンス様だ。
シルヴァン殿下は婚姻後も臣籍降下せず、王族として国王となる王太子殿下の補佐をする予定だった。
それ故、コーデリア様も王子妃教育は受けているはず。
けれど王子妃教育と王太子妃教育では求められているものが違う為、追加で学ばなければならなくなる。
一から始めたアマーリエよりは早く進められるだろうけれど、シルヴァン殿下が成人とされる十八歳まであと一年半ほど……。
それまでに間に合うかと問われると微妙なラインだろう————。
ルクスフォード王国に基本的には側妃制度はない。
けれど子が出来ないなど、『どうしようもない事情』がある場合のみ認められる。
今回の件が『どうしようもない事柄』に含まれるかは、あちらの匙加減になるのだろうけれど。
かと言って、今更頼られても気分が悪い。
「わたくしも留学しようかしら……」
ぼそっと思い付きを呟いた瞬間、お父様とお兄様の視線が向けられたのが分かった。
「アンネが国を出るなら、私も行くよ」
「そうだな。いっそのこと他国に移り住むのもいいかもしれん」
お兄様は楽しそうにさらっと同行を宣言し、お父様は真剣に国を捨てることを考え始めてしまった。
「……ただ思い付きを言っただけですわ。決めたわけではありませんので、先走らないで下さいませ」
呆れたように告げたけれど……恐らく、このことも検討し始めるだろう。
迂闊だった……。
——————
今朝のことを思い出し、わたくしはこっそりと溜め息を吐いた。
他国へ行くのも選択肢の一つとしてはありだと思うけれど、どうせなら彼らの結末を見届けたいという気持ちもある。
行く末は想像がつくけれど、予想外の出来事があるかもしれない。
それを見逃すのは惜しい気もする。
「……さて、どうしようかしら?」
せっかくの特等席————楽しまなければ損でしょう?
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ




