Ep.13 我に返る
エーレン女官長から「国王陛下がお呼びです」と告げられ、お祖父様と養子縁組をした時以来に陛下へ謁見することになった。
何を言われるのか……。
王太子妃教育が思うように進んでいないこと?
それとも王妃殿下のお茶会で騒ぎを起こして、先に退席してしまったこと?
それとも、それとも…………。
考えれば考えるほど、陛下から求められている基準値に達していないであろうことに焦ってしまう————。
……フェリクス様も呼ばれているのだろうか?
フェリクス様とも、こないだ私の部屋でケンカ別れのようになって以来、顔を合わせていない……。
王太子妃教育について愚痴を零した時——フェリクス様の瞳からは以前のような熱を感じなかった。
アンネリーゼと婚約破棄する前は、あんなに冷めた瞳で見られたことなどなかった。
————あの時のフェリクス様は、明らかに『面倒』だということを隠し切れていなかった……ううん、もしかしたら隠す気もなかったのかもしれない……。
『頭を冷やそう』と言われてもう二週間くらい経つけれど、フェリクス様が会いに来ることもなければ伝言すら届かない。
————本当に、私を選んだことを後悔しているの?
そんな……今更……?
フェリクス様に捨てられるかもしれないという『恐怖』と、皆に認めて貰わなきゃという『焦燥感』で、妃教育も学園でも何もかもが上手くいかない。
何で……どうして……?
アンネリーゼと私……何が違うと言うの?
私よりも身分が上だから?————でも、私だって高位貴族としての教育は受けた。
王太子妃候補としての年月?————そんなの仕方がないじゃない。まだ半年も経ってないんだから。
お母様の醜聞のせい?————そんなの、私のせいじゃない!!
答えの見えない自問自答を繰り返して、頭がおかしくなりそうだ。
エーレン女官長の後に続き、国王陛下の執務室へ到着すると、扉の前に直立している近衛騎士へ取り次ぎを願った。
「どうぞ、お入り下さい」
入室許可が下り、エーレン女官長と共に執務室内へ足を踏み入れると、ソファには国王陛下と王妃殿下、そしてその向かい側に——フェリクス様が座っていた……。
久しぶりに見る姿に、瞼の裏が熱くなる。
「アイヒェン侯爵令嬢、そこに座りなさい」
陛下からフェリクス様の隣に座るように促され、私は重い足取りで回り込むと、少し間を空けて腰を下ろした。
その微妙な距離感か、私たちの間に流れている空気に違和感を感じたのか——王妃殿下の眉が一瞬ピクリと動いたけれど、表情は変わらなかった。
「今日二人を呼んだのは、来月に夜会を開くことにしたからだ」
「来月ですか……?」
陛下の言葉にフェリクス様が怪訝そうな声を上げた。
それは当然のことだ。
普通、王家主催の夜会を開く場合は少なくとも二、三ヵ月前には招待状を出し、貴族たちに準備の期間を設ける。
下位貴族や財政的に厳しい家だと難しいけれど、伯爵家以上の貴族たちは通常、一度袖を通したドレスを人前で二度着ることがない為、夜会前に新しく仕立てることが多い。
高位貴族のドレスはオーダーメイドが多く、生地や装飾に拘っており、着なくなった物はドレスショップへ売ったり下位貴族へ譲ったりする。
売られたドレスは少しデザインを変えて中古の既製品として売られたり、譲られた物も手直しをするのが通常だ。
それ故、ドレスを準備するのには時間が掛かる——それを知らないはずがないのに……どうして?
「どこかの国の王族でも来訪するのですか?」
「いや、今回はお前たちの婚約披露だ」
私とフェリクス様は陛下の言葉に息を呑んだ。
「仮令国内貴族たちであろうと、王太子妃教育を全く受けていない状態で衆人の前に立たせるわけにはいかないからな」
「もう四月ほど経つ……完璧でなくとも、結婚式前に夜会の経験は積んでおいた方が良いだろう」と、陛下は目を細めて淡々と告げた。
「お茶会と夜会では全く違いますもの。女当主が少ないので、お茶会に各貴族家の当主は殆ど出席しておりません。貴族家当主たちにも顔を覚えて貰わねばならないでしょう」
陛下の言葉を継いだ王妃殿下の声を聞きながら、鼓動がどんどんと速くなるのが分かり、耳元でどくんどくんと鳴り響いている。
息も浅くなって、どうやって呼吸していたのか分からなくなり、体が硬直した。
「夜会の日までに作法を見直しておくといい」「ドレスも作らなければならないわ」「最低限、貴族家の当主と夫人の名前は覚えるよう教育係に伝えておこう」
国王陛下と王妃殿下の声が何だか遠くから聞こえてくるように感じて、まるで現実感がない————。
「……エ…………ーリエ…………アマーリエ!!」
ハッと意識を引き戻すと、目の前にはフェリクス様がいた。
辺りを見回すと、いつの間にか私室へと戻って来ていたようだ。
「……私……」
「大丈夫か? ずっと声を掛けても反応がなかったぞ」
どうやら陛下の執務室を辞した時はちゃんと礼を尽くしたようだけれど、その後は亡霊のように私室まで歩いていたらしい。
フェリクス様は、そんな私の様子が心配で後をついてきたようだ。
「……申し訳ありません。心配をお掛けしました……」
視界が歪み、思わず俯くと涙がポロポロと零れた。
情けないような悲しいような——そんな気分でいっぱいな私を、ふわっと温かい何かが包んだ。
「……こないだはすまなかった……少し気が立っていて、君に当たってしまったようだ」
「フェリクス様……」
フェリクス様の胸の中で、静かに泣いた。
声は押し殺した。多分、それが正解だから————。
「もう、落ち着いたか……?」
ソファの隣に座るフェリクス様が、私の顔を覗き込むように恐る恐る問い掛けた。
「はい、もう大丈夫です。……すみません、またフェリクス様のお洋服を汚してしまって……」
しゅんと落ち込むと、フェリクス様はふっと小さく笑った。
「気にするな。色々溜まっていたのだろう」
以前のような優しいフェリクス様が戻って来てくれたみたいで、私の心は温かくなっていく。
微笑み合い、幸せを噛み締めていると、フェリクス様の顔が急に真剣なものに変わった。
「——アマーリエ。君が妃教育で辛い思いをしているのは分かる。だが、私たちにはもう後がない……。夜会で失敗は許されない……分かるな?」
私の手を両手で包み込むように握りながら話した言葉に、ハッとする。
————そうだ。王太子妃として認められなかったら、私たちは廃籍されて『平民』となる……。
そのことを思い出すと、血の気が引いていった。
「大丈夫だ。私もフォローはする。だから辛いのは分かるが、アマーリエも頑張ってくれないか?」
フェリクス様の問題だけでも、私だけの問題でもない————。
————二人でやり切らなければならないのだ。
そのことにようやく気付き、私はフェリクス様の手をしっかりと握り返して、深く頷いた。
王太子妃になるのはアンネリーゼじゃない————この私なのよ。
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