Ep.12 制裁
アマーリエの私室から王太子専用の執務室へと戻り、私は執務椅子へドサッと体を投げ出すように座った。
目を閉じ、額に腕を乗せたまま天井を見上げる。
私の言葉に衝撃を受けたアマーリエは目を見開いたまま体を硬直させ、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。
「……これ以上は止めよう……。私も君も疲れているんだ。お互いに少し頭を冷やそう」
そう告げると返事を聞くこともなく、アマーリエの私室を退室した。
今の自分には、アマーリエをカバーするほどの余裕がない。
時間的にも、精神的にも————。
体勢は変えないまま、閉じていた目を開いた。
王太子妃教育が厳しいことは知っているつもりだった。
だがアンネリーゼは泣き言一つ零すことなく、涼しい顔でこなしていた。
ただ単に彼女が『優秀』だったということなのだと、今なら分かる……。
そして、それを私は『当然のこと』だと考えていたことも————。
昨夜遅く、いつまでも終わりが見えない執務を片付けていると、エーレン女官長が執務室を訪ねて来た。
「殿下。アイヒェン侯爵令嬢が、そろそろ限界のようです」
「限界?どういうことだ?」
その言葉を聞き、私の胸の中に疲労感が広がった。
王妃主催のお茶会での痛烈な『洗礼』、学園内での他の生徒たちからの『腫れ物扱い』、『実力不足』、そして王太子妃教育の厳格さによる『価値観の違い』……。
それらが重なり、アマーリエを追い詰めているのだろう。
ただでさえ今までよりも執務や公務の量が増え、必死にこなしてはいるが、片付けても片付けても毎日書類は途切れることなく積まれていく……。
慣れていないだけ——そうなのかもしれない。
それでも、毎日こなさなければならない。
国政は待ってはくれないのだから————。
そしてそれは、アマーリエにも言えることだ。
己の想像以上に厳しい内容だったのかもしれないが、それでも踏ん張って貰わねば二人とも『破滅』するしかない。
体勢を戻してデスクの上に積み上げられている書類を見つめると、深い溜め息が零れた。
——————
「殿下。ラングレー商会から、結婚式の際に使用する花と食材の一部が納品出来ないと連絡がございました」
そう言って、ダリウスが一通の手紙を差し出した。
受け取り急いで封を開くと、そこにはダリウスから告げられた内容が丁寧な言葉で記されていた。
「……今更……!ダリウス、ラングレー伯爵を呼べ」
「承知致しました」
ダリウスは淡々と返事をすると一礼し、その場を辞した。
アンネリーゼと婚約破棄をしてからというもの、予想外の問題ばかり起きている気がする……。
独り取り残された部屋の中で、私はデスクに肘を突きながら頭を抱えた。
「エドワード・フォン・ラングレー。王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「頭を上げよ」
さほど時間も掛からず、ラングレー伯爵は登城した。
私が応接室へ入ると伯爵は立ち上がって頭を下げ、口上を述べた。
「今日の用向きは、結婚式で使用する花と食材に関してだ」
「はい、存じております」
伯爵は全く動じる様子もなく、淡々と答えた。
「何故、今更になって納品出来ないなどと。もう結婚式まで半年もないんだぞ?」
伯爵の態度に苛立ちを滲ませながら問い掛けると、伯爵は真顔のまま私を真っ直ぐ見据える。
「……恐れながら、それは殿下がアルバ公爵令嬢との婚約を破棄されたからです」
「……っ!?」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
伯爵はそんな私の様子を気にも留めずに話を続ける。
「……アルバ公爵家は商人ではありませんが『商人ギルド』と懇意にしており、その繋がりで資金援助や便宜を図るなどされております」
「それは我が国で最大と言われている我が商会でも、賄いきれないほど莫大な金額です」と、目を閉じながら溜め息を吐いた。
『商人ギルド』とは無益な競争による市場の価格統制や商人の庇護、権利保護などを担っている。
基本的に全ての商人、商会は『商人ギルド』へ登録しなければならない。
営業、商品売買に関する権利に大きな影響を与える為、政治的にも一定の影響力がある。
商人ギルドにそっぽを向かれた国からは商人たちが消え、当たり前に手にしていた品が手に入らなくなり瓦解した例もあるほどだ。
「それ故、王家との取り引きは禁止はされておりませんが、今まで通りに優先的に手配するなどの優遇措置を取ることは出来かねます」
アルバ公爵家から、何らかの形で経済制裁が来るのではないだろうか?と予想はしていた……。
だが、それは思わぬ形でやって来た————。
他の商会に手配をさせたらいい——そう考える者もいるかもしれない。
しかし商人ギルドが絡んでいる上、ラングレー商会は国一番の大商会というだけあり、我が国では珍しい品も手配することが出来る唯一の商会だと言ってもいい。
結婚式には他国の要人も招待している。
こちらから招待している以上、各国の禁忌や配慮しなければならないことに対応しないわけにはいかない。
そうなると、他国から取り寄せた方が効率がいい物もある。
————そう考えたのは、アンネリーゼだったが……。
「……他国で禁忌とされていることや配慮せねばならないこともある……こちらから招待している以上、そのことを無視するわけにはいかない。それ故どうしてもラングレー商会に頼みたい」
心臓の音が耳元で響くほど内心は焦っていたが、王太子としての意地でそれを表情には出さなかった。
交渉事において感情を悟らせ、足下を見られることは避けなければならない。
王太子妃教育で『感情を見せてはならない』と指導されるのは、その為だ。
他国との外交の場で感情を悟らせることは、国政に大きな影響を与えかねない————。
ラングレー伯爵は黙って私の様子を見つめていた……いや、観察していたのだろう。
しばらくの沈黙の後、伯爵は一つ溜め息を吐き、目を閉じた。
「……一度、持ち帰らせて頂いても?この場ですぐにお返事は致しかねます」
「ああ、構わない。……良い返事を待っている」
ラングレー伯爵は一礼して扉に向かって数歩進むと、一度立ち止まり私の方へ振り返った。
「……残念ですな。何故、アルバ公爵令嬢へあのような侮辱をなさったのか……。殿下には能力はございます……ですが、感情に左右されやすいのか、思い込みが激しいのか——私には判断しかねますが……」
「少なくともあんなことをなさらなければ、こんなことで躓くことはなかったでしょう……」と言い残し、今度こそ去って行った。
『感情に流されやすい』
『思い込みが激しい』
それは私の浅はかさ、愚かさ、そして傲慢さが集約されているような気がした————。
王太子としての『能力』はあったとしても、それを己の愚かな行為で全てを壊してしまうとしたら……。
————果たしてそれは王族として、次期国王として相応しいのだろうか?
伯爵の言葉が頭の中でいつまでも反芻され、ソファから立ち上がることが出来ずにいた。
後ろに控えていたダリウスがただ黙って見つめていたことにすら、気付かないほどに……。




