Ep.10 模擬授業
王家の紋章付きの馬車に揺られ、私は学園へと向かっていた。
窓の外を流れる景色に目を向けているが、その瞳には何も映っていない。
卒業式から既に一月ほど経っている。
王太子妃教育を学ぶ為、昨日までは学園を休んでいたけれど、いつまでも休むわけにもいかなかった。
王族に名を連ねる以上、学園を卒業しないわけにはいかない。
本来であれば、婚約者であるフェリクス様が馬車で学園まで送迎してくれるはずだが、その許可は下りなかった。
フェリクス様が在学中はアンネリーゼが婚約者だったこともあり、共に登下校することは叶わなかった。
その代わりにと言ってはなんだけれど、婚約破棄の後はたまには送迎をして貰えることを夢見ていた。
結局、その夢は叶わなかった……。
今、フェリクス様の代わりに同乗しているのはエーレン女官長だ。
相変わらずの無表情で馬車内には重い沈黙が流れており、せっかく気分転換出来るかと思ったけれど、逆に気が重い……。
学園の表門を潜り抜け、馬車寄せに到着するとエーレン女官長が先に降り、私へ手を差し伸べた。
渋々その手を借りて降りると、周囲の視線が一斉に私へ注がれたのを感じる————。
「それではアイヒェン侯爵令嬢。学園が終わった頃にお迎えに参ります」
淡々と「それでは、いってらっしゃいませ」と一礼すると、再び馬車に乗り込み来た道を戻って行った。
少しの間、何とも言えない気分でその様子を見ていたけれど、一つ溜め息を吐いてから学園内へ入る。
教室へと向かう道中、まるで波が引いていくかのように大勢の生徒たちが壁際に寄って道を空けた。
王太子の婚約者として堂々としなければならないのに、向けられている視線には『嘲笑』『侮蔑』『憐れみ』が混じっている————。
王妃殿下主催のお茶会の時を思い出すと、自分がどう見られているかは覚悟していた。
けれど実際に体感すると、気まずいような苦しいような……そんな感情が混じり合い、俯いてしまう……。
教室へ入ると、それまでのざわめきが一瞬消えたが、すぐに何事もなかったかのように再び戻る。
「おはようございますわ」
「おはようございます」
私の席の近くにいた令嬢たちに挨拶をすると返してはくれたけれど、すぐに会話へ戻ってしまう。
まるで腫れ物に触るかのように、距離を置かれているのを感じた。
休んでいる間の授業内容は王城側で確認し、問題なさそうでほっとしたが、礼儀作法の授業だけは別だった。
「では、本日は『お茶会』の模擬授業です」
四人一組となり、その内二人が交代でホスト役をする。
私は『ホスト役』だった。
同じグループにいるのは、私と同じ侯爵令嬢とラングレー伯爵令嬢、そして子爵令嬢————。
侯爵家のお茶会に子爵家が招かれることは、そう多くはない。
何故なら、お茶会に出席する際には手土産の準備や身なりをそれなりに整えなければならない。
多くの下位貴族にとって、高位貴族のお茶会に相応しい手土産や服飾を整えるのは費用面で負担となってしまう……。
ただ王家主催のものは、そのことを当然理解しているので手土産を持参せず、他にも下位貴族を招待して浮くことがないように配慮をする。
……今まで、お茶会へ招待されたことも、もちろんホストとして招待したこともないので王太子妃教育で学んだばかり————。
今日の模擬お茶会で私が『ホスト役』を務めることは、学園から王家へ予め伝えられていた為、紅茶などの用意は整えていた。
最初のホスト役は、私より身分が下のラングレー伯爵令嬢だった。
席に着くと先日のお茶会のことが頭をよぎり、体が強張ってしまう————。
テーブルの上には真っ白なリネン、中央には硝子ボールに小ぶりのピンクや赤の薔薇が飾られている。
シンプルなアンティークの食器の上に、クッキーやドライフルーツがふんだんに使われた焼き菓子が乗せられ、学園側が手配した使用人たちがテーブルに並べていく。
私たちに供されたティーカップは硝子で出来ており、その鮮やかな赤い色がまた彩りを添えていた。
「本日はお越し頂き、ありがとうございます」
「……こちらこそお招き頂き、嬉しいですわ」
ラングレー伯爵令嬢が挨拶をすると少しの間を置いて、もう一人の侯爵令嬢がお礼の言葉を述べた。
彼女の家はアイヒェン侯爵家よりも家格が上だけれど、私はフェリクス様の婚約者なので、この席で最も格が上なのは私だ。
————本来であれば、私がお礼の言葉を言わなければならなかった。
彼女は私が何も言わなかった為、招待客として代わりにお礼をしたに過ぎない。
微妙な空気の中、気を取り直すかのように和やかに会話が続いた。
「まあ、こちらのお茶は初めて味わいますわ。 お色も鮮やかな赤で美しいですし……どちらの物ですの?」
「このお茶は実はハーブティーで、美容効果もありますの。 父が他国より定期的に仕入れることが出来るようになりましたので、これから販売する予定ですわ」
ラングレー伯爵家はこの国で一番大きな『ラングレー商会』を経営しており、他国から珍しい品を仕入れることから王家も利用している。
唯一、王家御用達の看板を掲げることが許されている商会なのだ。
「それは楽しみですわ。 そのティーポットも——繊細な硝子で作られていて、お茶の色が映えて素敵ですわ」
「ええ。 こちらは入手困難だったのですが、わたくしが一目惚れしてしまい父におねだりしましたの」
ラングレー伯爵令嬢は口元に片手を添えて、ふふっと小さく笑った。
その様子に他の二人も微笑んでいる……その輪に入ることが出来ず、どこか取り残された気分だ————。
「アイヒェン侯爵令嬢は、このハーブティはお口に合いますかしら?」
「え……? え、ええ! もちろんですわ。 美容にもいいだなんて、きっと人気が出るでしょうね」
突如ラングレー伯爵令嬢に話題を振られて戸惑いながらも、どうにか答えられてほっとする。
「それは良かったですわ」と微笑み返されたところで、一回目の模擬お茶会は終了となった。
次は私の番だ————フェリクス様の婚約者として、失敗は許されない。
エーレン女官長に教わったことを思い出しながら使用人に指示を出し、準備を進めた。
ラングレー伯爵令嬢と同じ真っ白なリネンを使い、花は百合をメインにグリーンも添えた。
中央にはスリーティアーズを置き、レモン風味のマフィンやドライフルーツを練り込んだ焼き菓子を揃え、紅茶はアッサムをベースにしたミルクティー。
自分でも満足のいく出来で、これなら完璧だろう——そう思っていた。
三人が席に着くと、微かに侯爵令嬢の眉間に皺が寄ったように見えたけれど、すぐに表情が元に戻ったので気にも留めなかった。
「皆様。 本日はお越し頂き、ありがとうございます」
「こちらこそお招き頂き、ありがとうございますわ」
私が挨拶すると、先ほどと同じく侯爵令嬢が挨拶を返した。
「ささやかですが、どうぞお楽しみ下さいませ」
微笑みを崩さないまま席に着くと、何だか百合の香りが強く感じる。
立っていた時には分からなかったけれど、座ると顔が花の高さに近くなり、香りが際立っていることに気付いた。
先ほどのことを思い出すと、ラングレー伯爵令嬢は薔薇を飾り付けていたのに香りは強くなかった。
どうして?薔薇も香りが強いはずなのに……。
顔には出さないように気を付けたけれど、内心は焦りでいっぱいだった。
ここで花を下げてしまえば、テーブルが貧相に見えてしまう。
かと言って、このままにしておくと紅茶の香りが百合の香りに邪魔される……。
どうする? ……どうしたらいいの?
何の対処も出来ないままお茶会は進んだけれど、話は弾まず微妙な空気が流れた。
「それでは総評を致します」
模擬お茶会が終わり、先生からホスト役への総評が始まる。
「ラングレー伯爵令嬢は茶菓子とハーブティーの組み合わせも良く、お茶の色が映えるようにクロスの色を選択し、新しい茶器とアンティークの食器を使用したテーブルコーディネートがお見事です。 更に薔薇も香りの少ない品種を選ぶなど、客人への細やかな配慮も感じられました」
厳しいと評判の礼儀作法の先生は彼女を絶賛し、最高評価を付けた。
「アイヒェン侯爵令嬢は伝統的なテーブルコーディネートでしたが、百合の香りが強すぎて紅茶の香りの邪魔になってしまいました。 また、ホストは客人を飽きさせない工夫が必要です。 年代に合わせた話題を準備してから臨むようにしましょう」
「……はい、ありがとうございます」
『落第』というわけではなかった。
ただ可もなく不可もなく——そんな中途半端な評価だった。




