閑話〜アンネリーゼside
アルバ公爵領に着いて三週間ほど経っただろうか……。
王都の喧騒とは無縁の生活に、すっかり慣れてきた。
ほんの一月前まで、学園と王城の往復で忙しくしていたのが嘘のよう……。
早朝に起きて身支度を整えると学園の準備と共に、公務に必要な書類をまとめ、学園へ登校し、終われば真っ直ぐ王城へ向かう。
王太子妃教育が終わってからのわたくしの生活は、その繰り返しだった。
「お嬢様、新しい紅茶をお持ち致しますか?」
「そうね、お願い」
そう答えるとエレンが新しく紅茶を供してくれた。
「……今頃、彼女は大変でしょうね」
クロイツ侯爵令嬢————マルガレーテから届いた手紙の内容を思い出す。
今まで『正式』な侯爵令嬢と認められていなかったアマーリエは、他家のお茶会や夜会に出席したことがなかっただろう。
王家主催も……彼女宛に招待状を書いた覚えがないわね。
アイヒェン侯爵令嬢は王家主催のお茶会、夜会への出席を禁じられている為、わたくしが会う機会もなかった。
新しく淹れ直したアールグレイの紅茶はベルガモットの香りが立ち上り、心を落ち着かせる。
「クロイツ侯爵令嬢からのお手紙は、例のお方に関してですか?」
「そうよ。 先日、王妃殿下のお名前で開催されたお茶会の出来事が書いてあったわ」
王都を離れる前に送った手紙の一つは、マルガレーテ宛だった。
クロイツ侯爵家は代々外交を担う家門で、その繋がりで侯爵も夫人も顔が広い。
マルガレーテ自身も両親に連れられ様々な催しに参加する機会が多く、国内外問わず夫人や令嬢たちとの太い繋がりがある。
母君であるクロイツ夫人がわたくしのことをよく気に掛けて下さり、幼い頃からの友人なのだ。
「国内の有力な貴族令嬢たちとの顔繋ぎの為に、公爵家や侯爵家の令嬢たちと同じ席に着いたそうだけれど、ホーエン伯爵令嬢がいらしたそうよ」
「それは……」
エレンは苦い表情を浮かべ、黙ってしまった。
それはそうだろう。
異父姉であるわたくしを『姉』と呼ぶのに、異母姉であるホーエン伯爵令嬢を『姉』と呼んでいるのを聞いたことがない。
周囲からしたら『やはり、身分狙いか……』と思われても仕方がないことだ。
まあ、母のことだから一度は『アルバ公爵夫人』だったことが忘れられなくて、彼女にもそう話していたのだろうけれど。
社交界から締め出された理由を、ちゃんと理解していない。
ホーエン伯爵家は我が家に支払った代償が大きく、多額の資産を失い、社交界での影響力もなくなった。
『お遊び』の噂がなくなった伯爵自身がどう考えているのかは知らないけれど、夫人や令嬢がアマーリエにいい感情を抱いていないことは間違いない。
何故なら、あれ以降伯爵家に子が生まれることはなかった。
夫人の精一杯の拒絶であり、復讐だったのだろう。
「わたくしが十年近くかけて身に付けた王太子妃教育を、彼女は学園に通いながら身に付けなければならない上、国内貴族たちからの支持も得なければならないわ」
貴族や王族は必ず王立学園を卒業しなければならない。
それはステータスの為というよりは、学園という小さな箱庭の中で社交や社会を学ぶ意味合いが強い。
特に王族や高位貴族は下位貴族をまとめる役割がある為、ここで自らより下位の者を掌握出来ないのは『無能』を証明するようなもの……。
特に王族の中でも王妃と王太子妃は社交界を牽引しなければならないのに、貴族の支持が得られないなどお話にならない。
「フェリクス殿下もアマーリエも、アルバの名を軽く見過ぎたわ。 そして、『王太子妃』という地位もね……」
わたくしが全ての貴族から支持されていたとは思わない。
それこそ、アルバを疎ましく思っている家門もあるだろう……。
けれどそれを置いても、アルバに真正面から牙を剥く者はそうはいない上、長年積み上げてきたわたくしへの信用、信頼、影響力は決して小さくない。
「あの方は、他の貴族たちから支持して頂けると考えていたのでしょうか?」
「只でさえ、母君の醜聞により遠巻きにされていたと言うのに……」と、相変わらず眉間に皺を寄せて『理解が出来ない』と言わんばかりの表情を浮かべている。
「さあね。『憐れな妹』を演じれば同情を得られると思っていたのかもしれないわね。何だったかしら?『断罪劇』ごっこ?実際に他国であったようだから、それを参考にしたのかもしれないわ」
隣国の向こう側にある国の王太子が、貴族学院の卒業パーティーで長年の婚約者に対して『婚約破棄』を宣告すると同時に、その妹を新たな婚約者として指名したそう。
その王太子は婚約者の妹を傍らに、有りもしない罪を並べ立て王都から追放した————。
後にその妹の奸計だったことが発覚し、元婚約者の無実が判明した。
わたくしの身に起きたことと似ているけれど、フェリクス殿下の言い分は言いがかりに近く、果たしてどちらがマシなのか……。
……いや、どっちもどっちだ。
有りもしない罪をでっち上げた妹と、それに騙された王太子。
自分の立場も理解せずに悲劇のヒロインを気取った異父妹と、騎士気取りの王太子。
どちらも、『不遇な立場の令嬢を救った』という己の自尊心を満たす為だけに犯した言動に過ぎない————。
歪んだ正義感が強過ぎたのか、自分の信じたものに対して盲目過ぎたのか……。
彼らの心情など分からないし、理解したくもないけれど。
一つ言えることは——自らの信念に従った結果、支払う代償は大きいということだ。
「……殿下も今頃大変でしょうね」
既に王太子妃教育を修めていたわたくしは、王太子妃に任される執務の一部とフェリクス殿下の公務の補佐を担っていた。
本来であれば、王太子妃の執務は王妃殿下と王太子が担い、王太子妃教育を修めた後、婚約者へと引き継がれる。
王太子妃教育を修めていないアマーリエが担うことが出来ない以上、再び王妃殿下とフェリクス殿下へ戻ることになるだろう。
学園を卒業したフェリクス殿下には、学生だからと今までは免除されていた公務や執務が増やされるはずだ。
マルガレーテの手紙によれば、現在王太子教育を再度受け直させられているようだ。
それが終わった時——果たして、フェリクス殿下は全てをまともに熟し、アマーリエの不足を補うことが出来るのだろうか?
わたくしは紅茶に口を付けると、密かに口角を上げて笑みを零した。
彼らの支払わねばならない代償は、まだ始まったばかりだ。
「最後まで、自分たちの責任を果たせるのか……楽しみね」
エレンへ視線を向けると、先ほどとは打って変わって微笑んでいる。
彼女もこの状況を楽しんでいるのだろう。
フェリクス殿下とアマーリエの行く末を思い、わたくしも静かに微笑んだ。




