【1-23】 闇夜の行軍
「ジャルグチ様はご就寝中です。どなたであっても起こすなとの御命令です」
「馬鹿な、一大事なのだぞ」
「たとえ若君であろうと、お通しするわけにはまいりません」
ホーンスキン家の老執事による突き放すような言動からも、金髪の若者を新国主として認めていないことが、ひしひしと伝わってくる。
挙措こそ慇懃だが、腹の中ではこう思っているはずだ。妾の倅風情が、こんな夜更けに無礼であろう。早々に立ち去れ、と。
【1-5】 妾腹の子 上
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レオンはしばらくこの執事を睨みつけていたが、勢いよく視線を外すや馬に飛び乗った。そして、若い部下たちとともに、来た道を戻り始めていく。
幕内からは、聞き覚えのある男の甲高いあえぎ声と、女の嬌声とがわずかながら聞こえてくる。11月6日に日付も変わる時刻だというのに、お盛んなことだ。
レオンは振り返らず駒の足を速めた。
夜空を覆う雲は厚みをなし、星々はおろか月すらもその姿を隠している。それは、月齢の都合もあるだろうが、いずれにせよ辺りは完全な闇である。
目が暗夜に慣れれば山の稜線や林の木々がほんのりと浮かび上がってくるものだが、この日は3メートル先も見えなかった。カンテラの光が足りず、仲間の駒同士ですらぶつかりそうになる。
今夜の偵察の難易度は、星空の下とは比べ物にならないだろう。御親類衆はもちろん他の部隊の斥候兵も、帝国軍の動きをまるで掴めていないようだ。
事実、どの天幕も最低限の篝火だけを残し、寝静まっている。
――掴めたのは、宰相の置き土産だけか。
レオンの口からは、無自覚にため息が洩れた。
初戦から、ラヴァーダが預けていった斥候騎兵は優秀過ぎた。彼等は、敏速さ正確さ豊富さ――情報集めのすべてにおいて、御親類衆が抱える者たちを上回った。
采配の主導権を握りたいホーンスキン家の者たちにとって、情報収集を制されることは、さぞや不快なことであっただろう。この斥候騎兵によって戦況がもたらされる度に、ウテカの表情が強張り、歪んでいったのを覚えている。
今宵、聴く耳を一切貸そうとしないウテカの態度は、意趣返しといったところだろうか。
レオンは、月どころか星すらない頭上を見つめる。
この時分、帝国軍後詰の将兵たちも同じ漆黒の空の下を進んでいるのだろうかと、若者は思った。
西進から南進――闇夜の行軍の難しさは、斥候の比ではない。なかなかどうして、帝国軍にも見事な将帥が居るではないか。
将兵にはいかなる発声も禁じ、返照しがちな銃剣は取り外させ、馬には枚を噛ませて進んでいるらしい。
暗夜に守られているとはいえ、7万もの大軍をこうも静かに移動させることができるとは――実戦経験わずかな若者は、敵ながら感心してしまう。
「我が君、ここからならバンブライ将軍の陣営もそう遠くはありません」
それまで後に続いていた補佐官・ユーハが、夜空を仰いでいた主君に駒をならべ声をかけた。
【11月6日3時】ヴァーガル河の戦い 地図③
「そっか、バン将軍……」
夜空から補佐官に視点を合わせたレオンは、咳払いして言い直す。
「……バンブライか。あの老人に意見を聞いてみるのも、まぁ悪くはなかろう」
普段は悪しざまに接しているが、剣術の師でもある宿老筆頭のことを、この若者は内心敬っていた。
【1-6】 妾腹の子 中
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金髪の主人を乗せた馬がくすぐったそうにたてがみを振るった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
帝国軍が動き出しているというのに、ブレギア軍はなかなかそれに気が付かない――そのことが気がかりな方、このページの下側にある「ブックマークに追加」や「いいね」ボタン、【☆☆☆☆☆】をタップいただけましたら幸いです。
レオンたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。
【予 告】
次回、「寂しさと嫉妬と」お楽しみに。
帝国後方軍が動くとの報を聞かされるや、バンブライは垂れ気味の目をわずかばかり大きく開いた。白い眉も同時に上下する。
「さすが若君、よくぞ敵の動きを察知されましたな」
「……ラヴァーダが、斥候騎兵を預けてくれていた」
レオンは老将軍から目をそらし、つぶやくようにして応えた。




