【1-22】 帝国の後詰動く 下
夜更けにもかかわらず、若君・レオンの天幕に、補佐官衆が集合している。
斥候兵からの報告は次のとおりだった。
後方に位置する帝国増援軍各部隊は、夜陰にまぎれ西へ出立したとのこと。その数は約7万。
【10月26日8時】ヴァーガル河の戦い 地図①
「7万だと……」
レオン以下、若者たちは息を飲んだ。
帝国軍は後詰について、そのほぼ全軍を移動させ始めたわけである。
前面河向こうの帝国陣営では、篝火が変わらず燦然としているが、その後方20キロの地点では、帝国軍兵馬は既にいないというのか。
【11月5日23時】ヴァーガル河の戦い 地図②
「西方へ動き出した――帝国兵は、ノーアトゥーンに引き揚げるつもりでしょうか」
補佐官・ブリアンが気を鎮めながらたずねた。
「旧都に撤退するのであれば、前衛を河辺に置き去りにしたまま、夜中にこそこそ移動などすまい」
トゥレムは持ち前の神経質そうな声を隠さずに続ける。西進は恐らく擬態であり、どこかで必ず北上か南下をするだろう――と。
「帝国増援軍の狙いは、あくまでも我等ブレギア軍であり……」
「申し上げます!」
筆頭補佐官による推論を遮ったのは、後続の斥候兵であった。
帝国軍後詰は一度西方に向かい、ヴァナヘイム旧都へ引き揚げるように見られた。ところが、突如進路を南方へ変更し、遠くヴァーガル河に平行するようにして南下しつつあるという。
【11月6日3時】ヴァーガル河の戦い 地図③
見事だ――と言わんばかりに、レオンは力強くうなずく。
帝国軍後詰は、筆頭補佐官の読み通りに動いている。彼に称賛の視線が集まっていく。
トゥレムは、泰然とした体を装っているようだ。しかし、最も手ごたえを感じているのも彼なのだろう。癖のある黒髪が得意げに揺れてしまうのは、どうしようもなさそうだ。
「南下する敵は、どこかでまた東進し、ヴァーガル河をこちらに向けて渡るでしょうか」
ハーヴァが質問を継ぐ。帝国軍はブレギア軍のどこを衝いてくるというのか。
御親類衆筆頭・ウテカ=ホーンスキンが敷いたブレギアの陣形に隙は見られない――図上、鳥が美しい翼を広げている。
【1-18】 形勢逆転 上
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「おそらくは……我が軍の左翼を側面から扼すつもりなのだろう」
トゥレムは絵図に指を添えながら答える。
最左翼……ナトフランタルとブイク両宿将の陣営である。
御親族衆に比べ彼らの自領は狭小であり、自然彼らが動員している兵数は多くない。
「帝国軍の狙いは、まずは薄い左翼を粉砕し、崩した同区域を梃子の起点にして、ブレギア本軍を突き崩すことにあろうかと」
トゥレムは、自軍の弱点を冷静に指摘して推論を結ぶ。
他の若者たちは、誰もが言葉を失っていた。筆頭補佐官は、最後に主人に対し黙礼する。
ややへの字に口を引き結んで、レオンが応じる。しかし、それは精一杯の強がりであった。
このまま筆頭補佐官の読みどおりに戦況が推移した場合、自軍は最左翼を皮切りに全軍が浸食されよう。
仕上げとばかりに、対岸の帝国敗残兵まで押し寄せてきたら、
――ぞっとしないな。
若者たちは一斉に息を呑んだ。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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レオンたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。
【予 告】
次回、「闇夜の行軍」お楽しみに。
今夜の偵察の難易度は、星空の下とは比べ物にならないだろう。御親類衆はもちろん他の部隊の斥候兵も、帝国軍の動きをまるで掴めていないようだ。
――掴めたのは、宰相の置き土産だけか。
レオンの口からは、無自覚にため息が洩れた。




