91 努力する気のない女(シーラ編)
「はっ!」
あたしは……そう! あたしはシーラ! ここは王立学園で、あたしは学園に通う平民。
でもね、それは真実じゃないの。そう! あたしは前世の記憶を完璧に思い出した! あたしはこの世界の主人公よ!
裏庭にある階段から転んだショックで全てを思い出したわ! タイトルは忘れたけれど、あたしは優秀な平民として王立学園に入学して、隣国の王子様に求婚されて幸せになるのよ!
「ふふ。そうとなったら、さっそく行動しなくっちゃ」
あたしを幸せにしてくれるのは物語のヒーローだったデビット様! 王子様なのに平民にも優しくて、優秀だったら出自は関係ないって考えの人なのよね!
でもね、腹違いの兄弟に毒を盛られたり、実の母親に軟禁されたりした過去があって、人を完全に信用することができないの!
それを、あたしが救うってわけ! シーラの天真爛漫な姿に徐々にデビット様は惹かれていくのよね。
「ああーー!! やっと見つけた! デビット様!」
物語では簡単に出会えていたシーラとデビット様だけれど、現実には貴族が通うクラスに行くためには守衛の目を盗まなければならくて、少し大変だったわ。
でも、こうやって苦労をしてたどり着くからこそ、二人の愛が燃え上がるのよね!
「……どちら様かな? 私は見たこともないし、話しかけたこともないけれど」
ああっ! 物語の挿絵で見たデビット様も素敵だったけれど、現実のデビット様はそれを上回るわね!
ふふ。このイケメンが、あたしのものに……前世は思い出したくもないほど悲惨だったけれど、今世ではヒエラルキーの頂点! 勝ち組じゃない!
「あたしはシーラ。デビット様の恋人よ!」
そう口にして、これからの物語についても説明したのだけれど、あたしは気づいたら教師に引きずられて指導室に閉じ込められてしまった。
どういうこと? 物語ではシーラと出会ったデビット様は優雅に微笑んで、あたしに愛を誓うんじゃないの!?
指導室で、あたしはデビット様とあたしがどれほど愛し合っているのか、これからあたしがデビット様と一緒に幸せに暮らすのかを語ったけれど、教師は聞く耳を持たない。
しかも! デビット様が国王にはならないなんて嘘までついて! デビット様は国王! あたしは皇妃でしょ!
そう言ってるのに、デビット様の国は皇国で皇帝にはなっても国王にはならないとか、意味の分からないことを言い出すのよ!
解放されたら、すぐにでもデビット様に言いつけて、あんな教師は処分してもらうんだからっ!
なんて思っていたのに、あたしに告げられたのは退学処分だった。
正確には辺境にある姉妹校に転校させられるというなのだけれど、辺境の町から外には出られないってことだから、要するに退学よね。
どうして? あたしはただ幸せになりたかっただけなのに! なんで、みんなして邪魔するのよ!
それに、デビット様も! あたしが困っているんだから優しく微笑んで助けてくれるべきでしょ!
しかも、姉妹校を卒業したら労働施設に入れられるって……なによそれ! あたしが罪人みたいじゃない!
「王都から追放されて、この学校に通うことになったということね」
辺境に送られてしまったあたしの目の前には、いかにも意地悪ですという見た目のおばさんがいる。
どうも、この学校の責任者だとかで、あたしのことを舐め回すような目で見てくるわ。
「……なによ」
「貴族に対して妄言を吐いたと聞いたけれど。なるほど、マナーも常識もないようね。言っておきますが、ここには貴女のように妄執に囚われた人がたくさんいるけれど、問題を起こさないように。特に自分が物語の主人公だなんて、他の人には言わないようにしなさい。もめ事になるだけですからね」
「はあっ!?」
「なぜなのかを知りたいのなら、やってみなさい。……ああ、それと間違っても町から出ようなんて考えないように。街から出る際には身ぐるみを剝いでも良いと許可が出ていますからね。裸一貫で外に出たいなら止はしませんが」
「ちょっと! どういうことよ!」
「こちらからの通達は以上です。寮の部屋は入り口にいる管理者に聞くように」
学校の責任者だというおばさんは、言いたいことを言い切ると勝手に部屋から出て行った。
なによ! 責任者だというなら、あたしが不自由なく暮らせるように案内するべきでしょ! あたしは未来の王妃なのよ!
「あんたが王都を追放された困ったちゃんね」
なんとか寮にたどり着いて、荷解きをしていると、見慣れない女が部屋の中に入ってきて話しかけてきた。
「なによ、あんた! あたしにケンカを売ってるの!? あんたなんか、あたしが王妃になったら話すことすらできない存在なのよ!」
「……ぷっ……あははは、聞いた通り自分が特別だと思い込んでるのね」
「なによなによ! 笑うんじゃないわよ! あたしは主人公よっ!」
「あははは。ああ、ごめんごめん。この学校には自称・主人公がいるからね、面白くて。……で、あんたは何の主人公なの? 乙女ゲーム? それともラノベ?」
「……あんたも転生者なの?」
この世界には存在しないはずの乙女ゲームやラノベといった名称を口にできるということは、この女にも前世の記憶があるって言うのっ?!
「ええ、そうよ。ま、あたしは恥ずかしく口が裂けても自分が主人公だなんて言わないけどね。……で、あんたは何の主人公なの?」
「タイトルは忘れたわ。でも、あたしは……シーラはデビット様に求婚されて幸せになるのよ!」
「……シーラ、それにデビット。ああっ! メディア展開はされなかったけど、そこそこ人気のあったWeb小説ね、思い出したわ。なるほど、それであんたは、そのシーラなのね」
「ええ、そうよ! 隣国からデビット様が留学していたのに、他の人たちの邪魔があって……」
「隣国? ……ぷっ。あははは、あんた、それは勘違いだよ」
「なによっ!?」
「隣国はブラウン皇国よ。あの小説ではデビットはブラウン王国の王子だっただじゃない。それに思い出したけれど、物語の舞台はゴールド神国って名前だったわ。この国、テイラー王国とは似ても似つかないじゃない」
「……は?」
「それに、あの話はWeb展開だけで絵もないじゃない。なんで、自分が主人公だって言い切れるわけ? 単に名前が一緒って考えるのが普通じゃない?」
「……え? じゃあ、あたしはいったい誰?」
「知らないわよ。そもそも、この世界が前世の創作物の世界だって認識してるのがおかしくない? それに、前世の記憶だって妄想かもしれないし……なんにしても、自分を主人公だなんて、子供じゃあるまいし、恥ずかしい人ね」
気が付くと女はいなくなっていたけれど、あたしはそれどころじゃない。あたしは主人公じゃない?
じゃあ、あたしは何なの? 悪役令嬢? でも、平民だし。モブ? もしも、そうなら、あたしはどうやって幸せになればいいの?
物語の中なら簡単に幸せになれると思っていたのに、この世界でも前世みたいに努力しなければならないの!?




