86 あたしの真実(リサ編)
「なんで……なんで、こんな目に」
馬車で連れられてきたのは、どこかもわからない荒地。
そこで、あたしは荒地を耕すための道具を洗わされたり、汚れた衣服の洗濯をさせられている。
「うるさい! 黙って仕事をしろっ!」
「あたしはっ! こんなところでこんなことをする身分じゃないのよっ! あたしはこの世界の主人公よっ!」
そう主張したけれど、傍にいた監視人は呆れたような目を向けてくるだけで反応すらしない。
最初のころは笑われたり怒られたりしていてけれど、最近では誰も相手にしない。
なんでよっ! あたしは主人公なのよっ! 幸せになる権利があるのっ! あたしが幸せになれない世界なんて間違っている!
「なんで……なんでよ。あたしは幸せになりたいだけなのに」
ただ幸せになりたい……主人公であるあたしが幸せになるためにはヒーローと一緒に居なきゃいけないのに。
「あんたかい? 変な妄言を吐いてみんなを困らせてるってのは」
そんなあたしの目の前に中年の女がやってきて、いきなり話しかけてきた。
「何よ! あたしは真実しか言ってないわ!」
「あははは、自分が主人公だの、公爵夫人になるだのが妄言じゃなくて真実ってかい! 面白い子だよっ!」
「何よ! 全然面白くないわよっ! あたしが公爵夫人になったら、あんたみたいな無礼な女は死刑にしてやるんだからっ!」
「何をもって公爵夫人になるだなんて言ってるんだろうね。知ってるかい、お嬢ちゃん。この国では上位貴族に嫁げるのは貴族だけなんだよ」
「……は?」
「あははは、そんなことも知らないのかい。つまりね、ただの平民であるあんたが公爵夫人になるなんて土台無理な話なのさ」
「そんなわけ……」
そんなわけないわ。だって、初夢では平民の主人公が何の障害もなく公爵夫人になっていた……なっていたはずよね?
「大体、主人公って何さ。何かの歌劇でもやってるつもりかい?」
「そんなものじゃないわ! あたしはリサ・トランメル! 初夢の主人公よ!」
「初夢……ああ、あんた前世の記憶があるんだね。それにしても『初めての恋は夢のような君と』とは、懐かしい作品だね」
「……は?」
てっきり通じないと思っていたのに、この女。今なんて言った? 前世の記憶?
「あたしにも前世の記憶ってやつがあるんだよ。ま、あんたと同じ世界かはわからないけれど、あたしも読んでいたよ、初夢」
「……あたし以外にも」
「あははは、本当に何も知らないんだね。この世界にはね、前世の記憶を持った人間が意外と多くいるのさ」
「嘘よっ! だって、初夢の世界には異世界転生者なんて出てこないじゃない!」
「だったら、あんたが初夢の主人公ってのもおかしくなるねぇ。ま、そもそも初夢の世界じゃないしね」
「はっ!?」
ありえない! だって、主人公であるあたしがいるのに、ここが初夢の世界じゃないなんて!
「あんたの名前は確かに初夢の主人公と同じかもしれないけれどね、ヒーローがいないじゃないのさ。この国の高位貴族は大概が金髪だよ。ヒーローであるジェイソンは銀髪の独身公爵じゃないのさ」
「銀……髪?」
「ああ、あんた、まともに読まずに挿絵だけ見てたタイプだね。ちゃんと記載されていたよ。銀髪がトレードマークの女性嫌いな独身公爵って。……ま、モノクロの挿絵しかなかったから、ちゃんと読まないと金髪なのか銀髪なのか白髪なのか、わからないさね」
確かに表紙は主人公のイラストしか載ってなかったし、漫画にもアニメにもなってなかったけど……ヒーローが銀髪?
「つまり、あんたは自分を物語の主人公だと思い込んでる痛いやつってだけさ! これに懲りたら真面目に働くんだね」
「嘘よっ! ヒーローは……ジェイソンはあたしを妻にして幸せに暮らすよのよっ!」
「なんでそんなつまらない嘘をつかなきゃいけないのさ。大体、あんたが主人公なら、なぜこんなとこにいるんだい?」
「そ……それは」
「それにジェイソンって……まさか、グラース公爵じゃないだろうね?」
「そうよ!」
「あははは、これは傑作だ! ジェイソン・グラースといえば愛妻家で有名な公爵じゃないかっ! 初夢のヒーローとは似ても似つかないよ!」
「あ……あたしに骨抜きにされるのよっ!」
「まあ、なんだっていいけれど、他の人に絡むんじゃないよ。騒ぎが大きくなれば、話せなくなるように処置されることだってあるんだからね」
「嘘ばっかり! そんな非人道的なことできるわけないじゃない!」
「あははは、ここは前世とは違う法律なんだよ。この世界では貴族に逆らった平民に罰を与えることは非人道的でも何でもないのさ。ま、信じるか信じないかは、あんた次第だけどね」
嘘だ、信じないと思っていたけれど、監視人に恐る恐る尋ねてみれば、確かに騒ぎを大きくした罪人は話せいないように処置することもあるし、仕事を放棄し続けた罪人はもっと過酷な仕事場に連れていかれることを教えてくれた。
え? あたしは本当にここから出られないの?
最初は信じていなかったけれど、あの女と話した後から、あたしの頭は霧が晴れたようにいろいろなことが考えられるようになった。
そもそも、まともに読んでない本の世界に転生で来たなんて、それも主人公に生まれ変わったなんて、どうして信じられたのだろう。
しかも、いろんな人に迷惑をかけて……今となっては遅いけれど、後悔ばかりが頭の中を駆け巡る……あたしにできる罪滅ぼしは、ここで真面目に働いて賠償金を稼ぐことだけだとわかっているのに。




